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なまえのないうた  作者: pu-
第三章 恐らくは美しさを守るもの。恐らくは美しさを壊すもの。
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6.危急事態

 位置の確認できぬ『天吏(リフューゾ)』に恐怖しつつ、ファルステールは帰還するため〈ファルサコロソ〉の歩を進める。

 さっきまで必死に歩んだ道を決死の覚悟で戻る。

 実習時とは違い、当然ながら焦燥が混じるため動きはさらに悪い――それを常時、チェーロが冷静に修正をする。

 襲撃の恐怖を全身で感じながらも、シーフィネハ城と〈星域〉の中間辺りまで戻った。

 と、そこで奇妙な〈ファルサコロソ〉を見つける。記憶が正しければ、拠点襲撃用試作機〔ツェンタウロ〕だ。


《僕は迎撃科担当教師のハイル・クヴァルデクセプです。七番機、繋がってしますか?》

「はい!」

《怪我はありませんね? では僕が殿になります》


 後ろに教師がいる。それだけで安堵が湧く。

 が、塗り潰すかの如く、相互『拒絶』領域に反応が現れる。

 急速に『天吏(リフューゾ)』が接近していた。


《僕が止めます。仮に僕に何か起こっても、絶対に応戦しないように。はっきり言いますと邪魔になります》


 拡張視覚の後方から迫る敵。容姿は恐竜と言うよりもむしろ怪獣に近い。

 それを成しているのは象やキリン、鷲やスズメ、猫や犬などの大小様々な動物だ。そこに生息域、草食肉食、捕食被食、天敵といった本来の関係性は一切ない。

 さながら『ブレーメンの音楽隊』にあるのは、ただ外敵(にんげん)の『拒絶』のみ。


 迫り来る『天吏(リフューゾ)』に対し、待ち構える〔ツェンタウロ〕。

 その姿はどんどん遠ざかる。

 モニターの片隅の《瞳》に映るハイル教師の戦闘を見守ことが今できる精一杯だ。


 まだ怪獣のような『天吏(リフューゾ)』との交戦距離が詰まる前。突如〔ツェンタウロ〕が装備するフレシェットランサーが虚空を突き刺す。

 槍にある微小の砲門から、無数の針弾が射出された。

 三〇センチほどの針弾一つ一つの攻撃力は低い。

 故に、主な使用法としては強襲索敵用の兵装だが、たとえそれほどでも動物達にとっては高速で突き刺されば致命傷に値する。

 衝突が始まりすらしない段階で巨大な怪獣はその形を崩し、数多の断末魔が響き渡る。

 即死できずに苦しみ悶えている獣達の悲鳴だ。


 針弾は当然〝魔石〟(オクルタ・ユヴェール)で製造されている。そのため傷ついた獣達を『拒絶』し、惨たらしい姿のまま息絶えさせていく。

 だがそれでも敵は止まらない。

 獣達を〔ツェンタウロ〕は問答無用で踏み潰し、弾き飛ばす。

 一匹一匹の特攻によるダメージは小さい。

 ただそれも、数千数万の積み重ねと他の『天吏(リフューゾ)』の物理的補助が加わると目を瞑っていられなくなる。

 フレシェットランサーだけでなく、チェーンダートや隠蔽式(コンシール)脚部回転鋸(レッグソウ)などで応戦している。


 それでも『天吏(リフューゾ)』の勢いは衰えない。

 相互『拒絶』領域から導き出される敵の数は『2』を示している。それは怪獣の『天吏(リフューゾ)』だけでなく、目視できない何かとも戦っているということ。


 これが戦い。

 人類と世界との戦い。


 シミュレーションで何度も経験しているとはいえ、実際に目の前で生き物が殺され、血で染まる光景は悍しい。

 己が命を呈してまで人類を『拒絶』する姿は常軌を逸している。

 ましてや、目に見えぬもの。

 自然摂理にまで命を狙われるなどその局面に置かれてもなお、理不尽さに事実を容易には受け入れきれない。


 琥珀の庭園(スクツェーノ)は未だ遠いものの、脇目も振らず全力疾走できるお蔭で他の〈魔法少女(マギスティーノ)〉達との距離は近づく。

 このまま何もなければ――事は起こっていると言えばそうだが――、自分達は明日を迎えることができる。


(何が邀撃科だよ! 逃げてるだけじゃねぇか!)


 戦闘経験のない自分など足手まといになるのだから、それが最善だ。『浄玻璃の鏡』もそう結論づけている。

 だがそれでも、何もできない自分が悔しい。

 敵を倒したいとか、一矢報いたいとかではない。

 単に幾年もの間、この時のために訓練し、学んできたことがなんの役にも立てないこと。それどころか、邪魔ものになることを認めるのが辛いだけだ。

 がむしゃらに走る中、視界に他の〈ファルサコロソ〉の姿が映る。


 18。


 肩の数字が見えたまさにその時だ。

《瞳》から、突如として〔ツェンタウロ〕の姿が消えたのは。

 拡張視覚範囲を広げるものの、どこにもいない。

 共感チャンネルから送られてきたその答えは、一秒もかからなかった。しかし、理解はそれよりも早い。


(『天吏(リフューゾ)』!)


 すでに敵に追いつかれたことに恐怖するよりも、どう離脱すべきかという焦燥が勝る。

 目視できないどころかセンサーにさえ感応がない。

 こちらの相互『拒絶』領域外から、瞬時に攻撃してきたということだろうか。

 そうなると、自分達にはまるで対処できない。

 先程まで〔ツェンタウロ〕と交戦していた怪獣は、こちらに向かって来ている。


「ファルにゃん! このまま行くのはマズイ! 直線上には十八番機しかいないから、このまま逃げると、その子も巻き込まれちゃう!」

「だからって!」


『浄玻璃の鏡』もファルステールと同意見だ。練習生が勝てるはずなどない。

 しかし、『思考概括外の共感』とでも呼ぶべきか。チェーロの堅い意志が崩れることはないことははっきりと分かる。

 最善とは何か。

 一秒一刻を争う事態でファルステールは即決するしかない。


「ああもう!」


 髪を掻き毟ろうとするが、ヘルメットに阻まれる。

 代わりというわけではないが、縁を軽くなぞった。


「ヤバくなったら、何がなんでもとんずらすっかんな!――ほんとはもう、充分なほどにヤバイんだけどさ!」


 ただ逃げるために、学んできたわけではない。

 無謀をするために学んできたわけでもはない。

 この三年間で積み重ねてきたのは、ただ一つ。

 生き残る(・・・・)ために、この日まで学んで来たのだ。

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