5.そこそこ緊張の放課後
放課後になり、待ち合わせ場所である学園南門前に立つファルステールとヴェント。
ラーフォもさすがに、今日の放課後と明日一日は罰清掃を免除してくれた。
お陰で、すぐに出かけることができる。
ルノと出かけるのは、一体いつ以来だろうか。
少なからず三年近くはない。
もちろんその時もヴェントや他の友達も一緒だった。
この思いがけない好機に、心臓は痛いくらいに鼓動する。
二人の服装は当然ながら制服ではなく、ファルステールはTシャツにジーンズと味気ない格好をしている。
隣に立つヴェントは薄手のパーカーにジャケットを羽織り、カーゴパンツと自分とさほど大差ない。
が、傍目から見ても醸し出されるオーラ的なものは全く違う。
「お待たせ、二人」
「ういーす! お待たー!」
女子寮側から現れるのは、私服姿のルノとチェーロ。
チェーロは動きやすさメインなのか、七分袖のポロシャツとショートパンツ。
実に彼女らしく、似合っている。
ただ、ファルステールの瞳の隅っこの方に、辛うじて映っているくらいだ。
彼の視界の中心には当然のことながら、ルノがいる。
水色のスカートも膝上までの長さ。制服の時も同じくらいだが、私服であるためか一段と破壊力がある。
しかし、それ以上にファルステールの心を掻き乱すもののお陰で、まともに彼女を見ることができない。
まあ、ピンクのカーデガンから覗ける白い肩紐くらいは、ちらちら盗み見しているが。
そんなファルステールの心境を読んでいたわけではないだろう。が、チェーロが彼を冷静でいられなくする理由を代弁した。
「にしても、るーのん意外と立派なものを……」
「えっ?」
言われた当人は、何を指摘されているのか分からず困惑する。
ただ、ファルステールは察していた。何せ、心をかき乱す原因がそれなのだから。
勘通り、チェーロはそれに顔を近づけた。
ファッションには疎いので分からないが、キャミソール的なものへ。
要は、ルノの胸。
「制服マジック恐るべし」
わきわきと、チェーロが両手の指を開閉する。
ようやくルノも理解し、顔を真っ赤にしながら両腕で抱えるように胸を隠す。
わざわざ男の目があるところでやるのは、果たしてどちらに向けた悪意だろうか。
(さっきから、やたら俺と目が合うんだから……そういうことなんだろうな)
いやらしい笑みのチェーロに、ファルステールは表面上こそ呆れてはいるが、内心冷や冷やものだ。
もしかしたら、ルノへの恋心がバレているのではないかという疑念で。
むふーっ、というチェーロの荒い鼻息を一つ。
何故かご満悦な彼女は、今度は腰に手を当て、ルノと比べて明確に見劣りする胸を反る。だが、態度はでかい。
「るーのんへの個人的妬みも晴らしたところで。早速どこかに連れて行って下さい!」
しかし、敬語。
しかも、その格好のまま深々と頭を下げた。角度は九〇を越している。
「でもあんた、三か月サボりにサボって観光してたんじゃないのかよ?」
『えっ!?』
「ふふっ。眼鏡キャラ全てが真面目と思うなかれ」
驚く角とヴェントに対し、上体を戻しながらチェーロは見せつけるように眼鏡をくいっと上げる。
どうやら、必ずやらなければいけないようだ。
「まぁ、それとなく周ったけど。でもさ、一人よりみんなで周った方が楽しいじゃん」
この屈託のないチェーロの笑顔は、正直ずるい。
そんな楽しそうにされたら、誰もが彼女を受け入れてしまう。
「じゃあひとまず、『アグラブラ』はどう?――少し遠いけど、あそこなら色々あるし」
「んじゃ、そこにけってー!」
ショッピングモール『アグラブラ』を経由するバスに乗るファルステール達。
日が天壌からやや西に傾き始めた、この時間。バスの中には片手で足りるほどの人しかおらず、最後席を四人が占拠していた。
「あんたがいた鉱石の渓谷と、なんか大きな違いとかあんのか?」
主な話の内容は、鉱石の渓谷に関することだった。
他〈星域〉に行くことなどまずないため、額面の話よりもやはり生きた情報の方が新鮮である。
「そうだね。なんといっても、あっちは圧倒的に娯楽が少ないんだよね。〈星域〉の三分の一が採掘所のようなものだからさ」
「でも、〈星域〉最大級のテーマパークがあるんじゃないの?」
「一カ所に濃い~のが集まってるだけ。あとは過疎化の一方だよ。星間列車の方がよっぽどスリルがあるね」
ルノの問いに、チェーロが苦笑いを浮かべた。
〈星域〉間を行き来する際、船や列車などが使用される。
ただ当然、人類の文明は〈星域〉外を出てしまえば『拒絶』されてしまう。故に、〝魔石〟によって製造されたものでしか、移動はできない。
言うならば、星間列車を始めとした〈星域〉間の移動手段は全て、〈魔法少女ファルサコロソ〉である。
そのため、対『天吏』用のいくつかの武装も装備されている。
「鉱石の渓谷はさ。琥珀の庭園みたいに新世代宇宙開発計画の初期段階に造られた、居住目的のとは違うから。〝魔石〟を効率よく採掘するために造られたようなもんだからね。それに外からの観光目的であのでっかいテーマ―パークを造ったんじゃなくって、住民の不満の解消のために、半ばやけくそで造られたようなもんだし」
鼻で笑うチェーロ。口調と態度から鉱石の渓谷の住人が抱く不満が垣間見えた。
元々、〈星域〉開発は新世代宇宙開発――〝魔石〟製の居住施設による、完全地球外進出――の一環であり、世界の『拒絶』を想定したものではなかった(大規模災害の非難場所として試験運用はされていたが)。
幸いだったのは、多くが宇宙空間内でも地球からの援助を受けず、自給自足を可能とするための実験施設であったこと。
そのため、『拒絶』後も〈星域〉内だけで生活できている。
ただしそれでも当初は困窮し、〈星域〉の一つを完全に衣食に特化させたが。
「こっちに来る時は、襲撃はあったのかい?」
「んや。話だと『天吏』に襲われる方が少ないんだってさ。それよりも、星間植民に警戒していたよ」
「授業や話では聞いていたけど、どうも実感が湧かないね。僕にはとてもじゃないけど、〈星域〉の外で生活をしようとは思えないよ」
「まぁ、昔っから続いたりすしてる、宗教やら思想やらがあるんだろうね。歴史上はさ、〈魔法少女〉同士の戦闘は[星間蜂起]以来、一度もないってされてるけど。でも実際は、星間列車の襲撃があるんだから。ほとんど嘘っぱちだよ」
それからもチェーロが口にする知らないことだらけの話は時間を忘れさせ、あっという間に目的へと辿り着かせる。
ちなみに。停車の際、いち早く停車ボタンを押そうとするチェーロよりも早く、ファルステールは押してやった。
目的地である『アグラブラ』に降りてまず向かったのが、飲食フロア。
チェーロの一言で唐突に始まった『間食タイム』によって、女子の間で人気が出ているカフェだった。
ファルステールはそういった場所に来たことがなかったので妙な緊張感に苛まれていた。
次に文具店に行き、チェーロはよく分からない、もはや文房具なのかすら分からないものを買った。
それから書店、電化製品、衣服、ファンシーショップ、ゲームセンターなどなど。
行きなれた場所や普段なら見向きしもしないところに足を運んだ。
そして、今。ファルステールは恐ろしいほど緊張している。
理由は単純。
ルノと二人きりなのだ。
ヴェントは彼の携帯端末に技術科から連絡があったため、少し離れたところで対応している。
チェーロはゲームセンターで調子に乗り過ぎてお金を使い過ぎたので、かなり遠くで鉱石の渓谷にいる両親に通話をしていた。
凄く気が重そうだったが、食費にまで手を出してしまったが故に、背に腹は代えられないとのこと。
様子からして、あまり仲が芳しくはないことを察したが三人は触れることはできなかった。
このチャンスをどう活かすべきか。
ファルステールの脳内に埋め尽くされる案だが、どれも現実味がない。
悶々と悩むファルステールと、虚空を見つめるルノ。
人の往来する音が二人を包む。
その静寂の中、ぽつりと、零すようにルノが呟く。
「ところでさ。ファルステールくんは、パートナー決めた?」
「――っ!?」
驚きのあまり、もはや声にならない。
これはもしかして……期待に心を取り乱さぬよう、ファルステールは努めて言う。
「いや、まだだけど……」
「そうだよね。なんか、決めづらいよね?」
苦笑いをするだけのルノに、少しだけ――と、自分に言い聞かせる――がっかりする。
シミュレータ内でファルステール達が乗っていた機体〈ファルサコロソ〉は、人造であるが故に単独操縦も可能な特殊な機体である。
しかし、真なる〈魔法少女〉は男女の二人乗り。
どうして、男女のペアでなくてはいけないのか。
一説には〈魔法少女〉が『完全なる人間』の姿を模しているためとある。
ただ実際は不明であり、一種の後付けのようなものだ。
そもそも、〈魔法少女〉に関しては分からないことだらけだ。
〈魔法少女〉とは、〝魔石〟によって召喚され、〝魔石〟で造られた人型兵器。
言ってしまえば、それくらいしか分かっていない。
何せ、その大本である〝魔石〟自体ですら、その存在のほとんどが不明なのだ。
数少ない判明していることの一つは、『真なる〈魔法少女〉の召喚は搭乗者の内、一人以上が死なない限り解除することはできない』という点。
言い換えるなら、死ぬまで一緒に戦い続けなければいけない。
今回の訓練でペアを組んだ者同士は、原則として長期間に渡って同じ〈魔法少女〉に乗ることとなる。
卒業まで相性が合えば、進路によっては真なる〈魔法少女〉を召喚する正式なパートナーになることも。
それ故か、この時期に異性への告白が自然と増える。
そういった特別な関係になるということは、一種の赤い糸で結ばれた者同士と捉えてしまうものだから。特に若い内は。
ただ、今訓練で必ず決めなくてはいうことではない。
「……ヴェントくん、どうすんだろう?」
「えっ!?」
「あっ、誤解しないでね! ほら、ヴェントくんと私は幼馴染で家族みたいなものだから! だから、どうしても心配になっちゃうの……ヴェントくんと私達のパートナー選びって、意味は全く違うものでしょ?」
ファルステールの表情が俄かに強張る。
そう。自分達とヴェントのパートナー選びの意味は全く違う。深刻なほど。
「だから、気になっちゃうの。今の学年が終わったら、ヴェントくんは必ず〝魔石〟受け取らなくちゃいけなくなるだろうし……」
邀撃科の第一等に上がり進級の時期になると、各学年の主席と第二席(及びそのパートナー)までは学年が一つ上がるのではなく、軍に所属することとなる。
当然、軍が定めた規定水準成績を満たしているという条件はつくが。
その過程で受け取るのが、〈魔法少女〉の召喚に必要不可欠な〝魔石〟(オクルタ・ユヴェール)。
ルノは一度どうするかと尋ねたが、はぐらかさせてしまった。
それについてはファルステールも傍にいたので知っている。
(確かに、パートナーを選ぶことを躊躇うのは当然だよな……ヴェントは、特に)
〝魔石〟所持者に選ばれたパートナーは、ほぼ確実にそれを受けなければならない。
技量よりも操縦者の意志を優先させるのは、〈魔法少女〉の操縦が技術面よりも精神面が重要とされているためである。
パートナー選びとはつまり、死地をともに駆ける者を選ばなくてはいけないということ。選んだ者は、相手の命を預かるという責任感があるのだ。
「どうして、いつも大事なことを自分の中で解決しちゃうんだろう……?」
「多分、ヴェント自身も分かっているんだよ。巻き込んでしまうって。少なからず、学園内にはあいつと肩を並べられる人間がいないから……」
「そう、だね……」
歯痒さと、ルノをさらに暗くさせてしまった後悔に苛まれるファルステール。
「お待たー!」
どこか重苦しい空気に沈む二人を救ったのは、チェーロの能天気さ。
「ちょー怒られた! でも、その甲斐はあったぜ!」
Vサインを向けながら、駆け込む彼女が合流した。
それから数分後にヴェントも加わり、四人は再度モール内を歩く。
自然とルノがヴェントの隣に立ち、いつものように会話をする。
もしかしたら、彼の心の内を探っているのかもしれない。
そう思うと会話に耳を傾けてはいけないような気がして、二人の後ろ姿を黙って見守ることしかできなかった。
と、チェーロが正面を見据えたまま、まるで密事の交渉でも始めるかのように、静かで感情の見えない声色で問いかけてきた。
「ファルにゃんてさ、るーのんのこと好きなの?」
「――ぶっ!?」
突然のことに、ファルステールは吹き出す。
「なっ!? 何を言っているんだ、あんたは?」
「ほんと、分かりやすい子だにゃー」
平静を装っているつもりだったが、自分でも嫌になるくらい分かっていた。動揺のあまり声が上擦り、震えていることに。
「ファルにゃんはさ、るーのんと乗りたいの?」
「……いや。まぁ……その……」
「正直言うよ。やめた方がいい」
逡巡する隙を突くかのような断言に、ファルステールは言葉を失う。
「あくまでも一般論だけど、最初の訓練って大抵は――というか絶対――上手くいかないんだってさ。〈ファルサコロソ〉とはいえ、〈星域〉外の操作っていうのはシミュレータなんて比べ物にならないくらい制御が複雑なんだよ。ファルにゃんがどれくらい操縦が巧いのか分かんないけど、どんなにシミュレータでいい成果を出しても、全く違うの」
滔々と、一切の悪ふざけの含まれない真摯なそれら。
チェーロという人間の意外な一面に、ファルステールはただただ面を食らうだけ。反論や疑問など、浮かべることさえできずにいた。
ふと、いつものチェーロの猫のような面持ちに戻る。といっても、表情自体に変わりはなく、変化した雰囲気がそのように錯覚させたのだ。
「で、ボクが何を言いたいかといえば。仮に運よくるーのんと一緒に乗ることができたとしてもだ。そりゃもう滅茶苦茶カッコ悪い、もはや醜態と言えるくらい無様な姿を見せるわけ。るーのんの前で。そんなみっともない姿に最悪、嫌われちゃうかもしれないってこと――ま、それ以前にカッコ悪い姿を目一杯見せていれば別だけど」
ファーストコンタクトで尻を、昨日はヴェント戦で無様な姿を見せているはいえ――格好いいところなど見せたことがないが――、好きな人に情けない姿は晒したくない。
その戸惑いに、チェーロが止めを刺しに来る。
「だからボクと乗ろう」
「は? なんでそうなるんだよ?」
「考えてみて。いずれは二人乗りの訓練をやらなきゃならないんだから、早々に慣れていおいた方がいいでしょ? それに経験を積んでおけば、るーのんに手取り足取り教えられるかもしれないよ?」
そして、それこそ密書でも渡すかのように、幾重にも織り込まれた紙をファルステールのポケットに忍び込ませた。
「一応、志願書は用意してあるから。その気があるなら、提出しておいて」
最後に。
それは言ったのかどうか分からないほど小さく、はっきりとしないものだった。
が、それは頭よりも先に胸で分かる。
分かり切っている。でも、何故か重みのある言葉が。
――いくら望んでも、〝魔石〟は恋を叶えてはくれないよ?




