星空の歌姫
文字通り、夜闇に覆われた天蓋。
煌びやかに輝く星々の下で、少年が独り歩いている。
影として伸びるその容姿が大きくないのは、決して光の当たり具合だけではない。
瞳と髪は、どこにでもある茶がかった黒色。
特出したものは何一つないのは、決してその顔だけではない。
むしろ、『特徴がないのが特徴』と言った方が正しいのだろう。
そんな彼、ファルステール・クヴィンデクドリは、見た目からも分かるようにどこにでもいる十六歳の少年だ。
暖色の灯りが照らす学園ツィトロンの中庭でこの時間までふらふらとしていたのは、少し寝つきが悪かったから――これもまた特別性なものはない。
(しかし、いい加減戻らないと明日に響くかな?)
見上げれば瞳に入る、中庭の中央にそびえる巨大な時計塔。
一つの巨大な時計と、そのすぐ下に輪のように連なる色取り取りの時計が十二ある。
巨大な時計を見れば、十二時を指そうとしていた。こちら側の時間では。
時計塔に備えつけられた、計十三在る時計。
一つ減ったのは確か、自分が生まれてすぐのことだから十五年くらい前になる。
そのどれもが、刻んでいる時が違う。
現在時刻はもちろん、進む速さもわずかだが同様に。
ちらりと横目で見る一つだけデジタル表記された、とある場所の時間を刺す時計。
その時刻は、十九時三九分……八七秒。
八八、八九、九〇……
九六秒を過ぎると、時計は十九時四〇分に変わった。
一方、他の時計はみな、五九秒を過ぎればゼロへと戻る。
それに対し、特に何を思うわけでもない。
生まれた時からそうだったのだから。
戻ってきた眠け。欠伸をかきながら部屋へと戻ろうとした。
その時、ふと月明かりの下で何かが動いていることに気づく。
(……きっと、鍛錬をしているんだろうな。うん。そうしておこう。むかつくから)
影の主が男か女かは分からない。が、どこかで分かっていた。
恐らくは、なんかこう……
そう。青春ぽいこと――愛の告白とか――が始まるのだ。
この時期はあれが控えているため、愛の告白がやたらと増える。
一種の恒例行事。あるいは季節ものと言ったところであろう。
しかし予想に反して、影の主から何かが聴こえる。
よく耳を澄ますと、歌のようなものが静かに響く。
どこかこちらの胸が締めつけられ、涙さえ出そうな悲しさが……
(何やってんだか……)
美しい歌声なのだが、その歌詞がいまいち分からない。
もしかしたら、過去に使われていた言葉なのかもしれない。
歌詞こそ聞き取れないが、静かで厳かなその抑揚は、少し聴くだけでも胸が締めつけられるような悲しさが伝わってくる。
これ以上耳にすれば、こちらが泣いてしまいそうだ。
振られでもしたのかな。そう取り分け深くは考えず、その場を後にした。
その歌主の名を知るのは、そう時間はかからなかった。




