2.曇りの日は頭が痛くなる
いつも通りの一日のはずなのに、その日は何か違和感があった。
何かあると言えば入学式だけで……。
なんだろうか。
昨日は魚を食べてないはずなのに、喉の奥に魚の骨がつっかえてる気分だ。
ずっと心の中に正体のつかないもやもやが燻っている。
昨日残しておいたプリンを料理長に食べられたからだろうか。
ローデン・カレッジの門をくぐればさらにその違和感が大きくなった。
――この景色、どっかで見た事ある。
いやいや、入学前から何度か来てるから見た事があって当然だ。
しかしその後も何度か同じようなことが起きた。
名前を呼ばれたとき。
ギルバートの名前を呼んだとき。
令嬢たちに騒がれたとき。
校長のハゲを見たとき。
まるで夢に見た光景をまさに今現実で見ているようだった。
デジャヴというやつだ。
そして、ついに決定的な瞬間が訪れた。
「ごきげんよう、ギルバート様、ルイス様」
――あ。
特徴的すぎるドリルのような巻き髪、人形のように綺麗だが、キツイ印象を与える鋭い瞳、そして自信に満ち溢れた存在感。
まだ幼さの残るその少女――もっと詳しく言えばドリル――を見た瞬間。
何度も会っているはずなのに、その日は全くの別の人物として映った。
――ヴェロニカ・カスティーリャだ。
カスティーリャ家のヴェロニカ嬢ではなく、『ロイヤル・トロイメント』という乙女ゲーに登場する悪役令嬢、ヴェロニカ・カスティーリャとして自分の目に映ったのだ。
認識してしまえば、ドミノ倒しのように次々と色んなことを思い出した。
前世のこと、最期のこと、そしてこの世界が乙女ゲーム『ロイヤル・トロイント』の中だということ。
なるほど。違和感の正体はこれだったのか。
妙に納得した。
衝撃を受けている間にヴェロニカは満足したのか、ドリルと共に……じゃない取り巻きと共に去って行った。
さすがドリル。全てを思い出させるほどの魔力を持っていたとは。
あの形状維持のすごさから、只者ではないと常々思っていたんだ。
『ロイヤル・トロイメント~王子たちとの夢の花園~』
通称ロイトロ。
近代のヨーロッパをイメージした世界観に、長い歴史を持ち、いわゆる国の金持ち達はもちろん、国の王子も通うほどの超名門マンモス校ローデン・カレッジが舞台の乙女ゲーである。
物語は主人公がこの学校に転校してくるところから始まり、6人の金持ちイケメン達と恋に落ちるシンデレラストーリーという在り来たりな設定なのだが……一大ブームになるほど人気を博した。
が!
その中での自分の立ち位置を思い出すと頭が痛くなった。
自分の名前、「ルイス・シェパード」
なんと6人の攻略キャラのうちの一人なのだ。
メインヒーロー「ギルバート・エイブラム」の幼馴染であり、プレイヤーからの人気もギルバートと二分するほどだった。
なんという……。微妙な気分だ。
それに、ギルはあのギルバートなんだよなぁ。
うっわぁ、すっごい違和感。
ゲームの中のギルバートといえば、クールで容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、エイブラム家始まって以来の天才児とまで言われていた。
まさに王様という貫禄は、現在本人を前にしてみると見る影もない。
確かに、カッコいいし、頭もいいし、運動神経もいいけど、それら全てを台無しにするくらいアホだバカだ。
俺様何様ギルバート様を地でいくような奴だ。
残念と言わずして何と言えばいいのか。
さすがに人前では大人しくして、皆が憧れる〝ギルバート・エイブラム〟を演じているけど、気を緩めるとすぐに地が出てくる。
主人公が出てくるまでに治るのかな……。
いや、それよりも自分はもっと大きな問題を抱えてるじゃないか。
心配するギルバートになんとか誤魔化を入れて歩き出す。
周りを改めて見てみると、ゲームの絵で見たような光景が何か所かあった。
本当に、ここはゲームの世界なんだと実感した。
寮に戻って制服を着替える。
寮は上流階級の生徒ほど大きな一人部屋を与えられる。
そこそこ上流階級の家である僕も例外じゃない。
たかだか学生一人に広すぎると思うが、この部屋には専用のバスルームとキッチンが付いている。
一番心配していたことがお風呂だから、ある意味そこは良かった。
小さい部屋だとバスルームが付いていないから、公衆のシャワールームへ行かないといけないのだ。
シャツを脱ぐと、おおよそ普通の男子ならつけないようなものが胸を覆っている。
白く細長い布。
日本で言うところのさらしのようなもの。
何のために付けているのかと言うと……膨らみを抑えるためのもので。
はあ、と思わず溜め息が出る。
さっさと部屋着に着替えて、制服を片付ける。
自分の意志に反して、どんどん身体は成長する。
体格差もどんどん出てくる。
声はなんとか鍛えてそれなりに低くできるようになったけど、いつまでも騙せるものじゃない。
まさか、プレイヤーなら夢にも思わないだろう。
あのルイス・シェパードが……女だなんて。
今のは少し語弊があるな。
もう少し付け加えると、ゲームのルイス・シェパードは正真正銘の男だった。……多分。
彼が半裸のシーンがあったけど、ちゃんと引き締まった筋肉でできていたはずだ。
そしてこの世界にも、その本物のルイス・シェパードは存在していた。
コンコン
「ルイスー俺様が来てやったぜ!」
返事も待たないうちに、ギルが部屋に入ってきた。
さんざん返事を待てって言っているのに、一向に聞く気がないな……。
でも今日のところは、おいしそうなスープに免じて何も言わないでやろう。
「どうだ?おいしいだろ!」
「うん、おいしい」
「だろー!さすが俺!将来は料理長になるのもいいかもな」
「うんうん、いいかもねー」
スープを飲みながら話を聞き流す。
ほっこりするおいしさだ。
ギルは貴族なのに料理もする。しかも驚くことにおいしい。
一人暮らしとなれば普通なのだが、貴族の坊ちゃんやお嬢様はだいたいメイドを数人連れて来る。家事をやってもらうためだ。
でもギルは誰も連れて来てない。
なんでも、『居たって邪魔だろ』とのこと。
どうなんだろうそれ……。
僕も連れてきてないけど、週に一度は来てもらって掃除を手伝ってもらってる。
最初は断ったけど、『ルイス様はゴミ山に住みたいのですか?』と真顔で言われては、何も言い返せなかった。
「元気出たか?」
飲み終えると、ギルが伺うように聞いてきた。
どうやらかなり心配をかけたみたいだ。
確かに今日の僕は、かなり僕らしくなかった。
このくらいで動揺するなんて。
「おかげさまで。ありがとうギル」
ギルは満足そうに頷いた。
そう、ルイス・シェパードではこのくらいでは動じない人間だ。
記憶の中のルイスを掘り起こす。
攻略キャラの中でも、一番優しく紳士的だが、すぐに懐の中にいれることはなく、自分の弱みをなかなか見せない。そして常に周りをよく見ていて、周囲との調整役でもあった。
成長した姿がそれなら、僕もそうならなければ。
これはいい見本が出来たかもしれない。しかもご本家様だ。
しっかし、これから色々考えないとなぁ。
とくにこれから台風の目になるであろう、あの縦ロールについて。