勇者の伝説TA
思いついたから書いてみました。
ありがちなお話です。
あと三十秒
後堂佑一はベッドの上で横になり、頭の下に腕をやって、目を瞑りながら、静かに思った。
もはや日常生活の一部と化している非日常、いや、この場合、ただの日常生活の延長にあるわけで、非日常とは呼ばないのかもしれない、を待っている。
祐一の持つ唯一の趣味であり、おそらく、未だ誰もしたことの無いものだ。
ほとんど自己満足な行為であるが、しかし、その実、多くの意味を持つこと。
「ん、来た」
佑一がそう声を漏らすと同時、佑一の身体が発行する。
いや、正式には、佑一の身体の下から光が漏れ、その光が、まるで意志を持っているかのように佑一の身体に纏わりついているのだ。
これほどの異常を前にしても、佑一はまったく慌てていない。
それどころか、むしろ当然のことと流している。
もはや、佑一にとって、ありふれたことだから。
そして、佑一の身体は透けていく。
光と一体化していっているのだ。
「さて、今回はベストタイムを更新できるかな……」
そんなことを呟いて、佑一の姿はベットから、そして、世界から、完全に消えた。
都合、72回目の、佑一の存在の消滅した瞬間である。
その日は日本時間で言う0時00分、土曜日。
学生にとって、二日の休みが開始され、佑一にとって、もはやお馴染みとなった、趣味が開始された。
※ ※
異世界に勇者として召喚される。
なんてことを経験した奴は、そうはいないだろう。
しかし、現実に、佑一はそれを経験した。
高校一年の夏休み開始直後の出来事だった。
学校も休みで、さぁ、ゲームでもしようか、と、ゲーム機に電源を付けた瞬間、体が発光し、気付くと見知らぬ世界の見知らぬ場所で、見知らぬ人々に囲まれ、見知らぬ美女に見知らぬ魔王を倒して欲しいと頼まれた。
佑一はその場の空気を読んで、頷いた。
そうして始まる、勇者佑一の冒険。
当然のように存在する見知らぬ世界法則(魔法)を使い、見知らぬ生物(魔物)を倒していく。
悲しいことがあった。苦しいこと、辛いこと、様々な葛藤があり、勇者を辞めたいと心から思ったこともあった。
しかし、その逆も、嬉しいことや、楽しいこと、この世界を守りたいと、心底思えることもあった。
割愛させていただく。
数々の困難が待ち受け、幾度の戦場を超え、伝説の武具を手にし、仲間の死や、裏切り、その他諸々を乗り越えて、佑一は魔王と対面した。
召喚されてからおよそ14年後のことである。
もはや佑一の身体はボロボロでありながらも逞しく、また、力強い意志を秘めていた。
散っていった仲間たちのため、そして、愛すべきこの世界のため、今、世界を滅ぼさんとする魔王を相手に、佑一は立ち向かう。
何十時間にも渡る激闘。
伝説とされていた武具は折られ、しかし、魔王は満身創痍。
最後の力を振り絞り、佑一は、それまでの全ての想いをこめ、片方しか残っていない、拳を突き出した。
そしてそれは、見事、魔王の命に達する。
もはや動かぬ体の中で、もはやかすかに残る元の世界の記憶を思い返す。
悪くない、人生だった。
そんな想いの中、佑一の意識は遠のいていった。
※ ※
佑一は起床した。
混乱する精神を落ち着けて、記憶を思い返す。
凄まじいと形容される向こうの世界での出来事はしっかりと頭に残っている。
しかし、見回すとそこは見慣れたあの世界ではなく、見慣れていた、と過去形であらわされる、元の世界の自分の部屋だった。身体は元の世界で最後に見たままである。
ついでに時計を見ると午前6時。朝であった。
叫びたい気持ちを抑え、佑一は確認する。
結果、佑一の14年間は、この世界でわずか14日間の間に起きた出来事だった。
納得しきれぬ思いをなんとか振り切り、あの世界は平和になったのだろうか、とそんなことを思って、佑一は日常に回帰した。
その一週間後。
夏休みは未だ中盤である。
祐一が晩御飯に実家から送られてきた素麺を食べていると、途端に体が発光する。
そして、次の瞬間、佑一は、見知っている世界の見知っている場所で、見知っている人々に囲まれ、見知っている美女から見知っているであろう魔王を倒して欲しいと頼まれる。
思わず美女に、問い詰めるも、「初対面です」と言いきられる。
戸惑う佑一に、美女は言う。
「もしかすると貴方は、私たちの世界と平行する世界に呼び出されていたのかもしれません」
未だ全く納得いかない佑一だったが、何もかもが以前呼ばれた世界と同じだったため、これはあの時出来なかった、救えなかった人々を救えるチャンスだ、となんとか言い聞かせ、自己暗示に掛けつつ、佑一は魔王討伐を開始した。
救えた人がいた。救えなかった人がいた。未然に防げたことや、手が届きそうで届かないこと、様々なことがあった。
割愛させていただく。
そして、佑一は伝説の武器を手に、魔王と対面していた。
召喚されて11年後のことである。
魔王との戦闘は、以前のようにギリギリではなかったが、それでも激闘であった。
そうして、なんとか佑一は伝説の武器で魔王を切り伏せ、前の世界の平行世界という世界を救うことに成功した。
※ ※
気付くと、佑一は元の世界の自室にいた。
体はやはり戻っているが、時間は11日経過していた。
祐一は今度は混乱しなかった。
一度経験したことで狼狽えていては、戦場では取り返しのつかないことになるからだ。
蓄積された経験が佑一にそうさせていた。
わりと短期間で割り切った佑一は、夏休みの宿題に取り掛かった。
夏休みはそろそろ終盤である。
その三日後、宿題と戦っていた佑一の身体が発光した。
気付くと、見知った世界で(ry……7年後、魔王と対面し、佑一は戦闘の末、勝利する、気付くと自室にいた。
時間は7日経過していた。
その時佑一は、何かを悟った。
その一週間後、佑一の身体が発光する。
佑一は、どこか諦めた笑みを浮かべていた。
※ ※
数々の召喚を経て、佑一が理解したことは三つある。
一つ、召喚は土曜日の0時に行われる。これは一週間間隔で行われていたため、すぐに理解した。ちなみに、もとの世界の一日は向こうの世界の一年と連動している。
一つ、召喚される世界は全て同一である。これは経験則である。しかし、本当にわずかであるが、細部が違うため、平行世界説は濃厚であった。
一つ、自分はまともな休日を送れない。佑一は趣味だったゲームを辞めた。
普通の人物なら、この状況に発狂してしまうかもしれない。
しかし、佑一は趣味がゲームはゲームでも、廃人、それもただの廃人ではなく、高難度ゲームのTA、タイムアタックに重きを置いた人間だったのである。理由は単純に学生にはゲームに費やせる時間が少ないため、極めていたなっていただけのことであるが。
そして、佑一は、異世界での勇者プレイに置いても、速さを求めた。
祐一にある良心から、世界を見捨てることも、悲劇を見逃すことも出来ない。
しかし遅ければ、具体的には攻略に三年費やすと学校の欠席が確定してしまう。
このある意味の縛りプレイ的要素が、佑一の持つプライドを刺激した。
こうして、週末に行われる魔王退治TAは、佑一の持つ、唯一の趣味となった。
※ ※
あれから、一年と少しの月日が経った。
祐一は70以上の攻略を基に、常人ならば狂うような経験を経て、数々のショートカット、所謂ショトカ経路を切り開いた。
最も大きかったのが、魔王攻略に必須と思われていた伝説の武具シリーズは伝説の剣だけでも充分攻略可能であったことだろう。
これによって佑一の魔王討伐はそれまでの二年と八か月半から、大きく記録を伸ばし、二年と二ヶ月にまで縮まったのだ。
祐一自身は、この調子ならば二年を切るのはそう遠くないだろうと考えている。
ちなみに、その世界については、きちんと割り切り、人々はみな生きていることを佑一は認めている。
一時はゲーム的な攻略によって人心を蔑ろにしかけたことがあったが、姫(召喚の美女)に張り倒され、人としての感情に触れたことによって、佑一は自身を改めた。
逆に、攻略を逸るあまり、自分自身を蔑ろにしたときも、姫に泣きつかれ、改めている。
流石に初恋の人には別人であるにしても、佑一は弱かったのだ。
祐一はこれから、この趣味に時を費やし、世界を救う速度を上げ続けるだろう。
それがいつまで続くのか、まだわからない。
異世界クスタヌファーレでは、人類どころか、全ての生物にとって滅びを与えようとする魔王が侵攻していた。
もはや魔王の侵攻は国家個別では止められず、全国家を上げての戦争になっていた。
そうして、その国家群の中で、最も魔に優れた国の姫、フィーヌが、異界より、勇者の召喚に成功する。
召喚当初、フィーヌはその姿に少しの失望を感じていたことは否めない。
しかし、この勇者はフィーヌの、世界を救ってほしい、と言う言葉にとても真剣な表情で頷いた。
この時、小さく「今回の目標は二年一ヶ月と13日だな……多分、崖からの飛び降り位置を間違えなければ、いける」言っているのが聞えた。
フィーヌにはよくわからなかったが、彼が魔王討伐に本気であることだけはわかったので、安心する。湧いた疑問は思考の隅へ追いやった。
詳しい話などを話していくと、想像以上の理解力を示され、これはもしかすると……という小さな希望とともに彼を送り出す。
しかし、少し彼が気になったフィーヌは、彼に盗視のための魔法具をこっそりとつけていた。
そして、そこから流れてくる、彼の行動は、常軌を逸していた。
まず、真っ直ぐに森へ向かい、襲ってくる全ての魔物から逃げる。
フィーヌは、やはり彼は弱いのかもしれない、と、召喚してしまったことに後悔しかけたが、結局しなかった。
彼は森を出て崖に辿り着くと、ぶつぶつと独り言をいい「理論上はこれでいけるはず……」「大丈夫、九死に一生は掛けてあるし、死にはしない」そこから飛び降りたのである。
思わずフィーヌはその場から悲鳴を上げて立ち上がってしまった。
フィーヌが何をしているのか理解していない侍女はその突然の行動に悲鳴をあげた。
しかし、驚きは、そこで終わらない。
彼はあろうことか下に流れる激しい流れの川に着水すると、途中にある岩や大木、障害物をするするとすり抜けて流れていくのである。
そう、彼は完全に激流に身を任せ、どうかしていた。
フィーヌはなぜ彼がそんな行路を行くのか理解できない。
そして、やがて彼が流れ着いたその先には、一つの村があった。
フィーヌは、当然のような顔でずぶ濡れのままその村へ歩いていく彼が理解できない。
すると突然、彼は村を囲っている柵を調べ、そこから何歩か確かめるようにしながら歩くと、地に手を付け、呪文を唱える。
内容は、どうやら遅延型発動呪文のようだ。
ごく単純に、地から槍を生やすような呪文である。
唱え終わると、彼はその村から去っていった。
「なんなの……?」
思わずフィーヌの口から言葉が洩れる。
彼が何をしているのか、何がしたいのか、全く理解できないのだ。
しかし、その直後、大きな音を立て、空から魔物(見かけはドラゴンに似ている)が村へと舞い降りてきた。
「えっ、そんな!」
彼女は即座に兵をあげて村を救おうと行動しかけたが、次の瞬間、魔物が着地したと同時に地から槍が射出され、魔物は自重、重力、魔法の威力、の三つの要素によって串刺しにされ、息絶えた。
「!?」
あまりに急な展開にフィーヌの思考は追いつかない。
村人たちは、いったいなにが起こったのかわからなかったが、とりあえず魔物の死体をどうするか考えることにしたのだった。
※ ※
そこからも、彼の行動は全て理解できなかったが、全て意味ある行動であった。
ありとあらゆる彼の行為には意味があり、無駄と呼べるようなものはほとんどない。
フィーヌは、「彼は未来が見えているのかも……」と考え、深く理解することをやめた。
どうして攻めてくる魔物の位置を数センチ単位で理解し、罠を仕掛けているのか、どうして魔物の巣に仕掛けられたトラップを逆に利用し、潜む魔物の幹部までの近道へとしているのか。
そもそも、根本的に、異界から来たはずの彼が当然のように魔法を使っているのもわからない。
彼は何の躊躇もなく敵を倒し、人々を救い、魔王と関係ないはずの災害すらも食い止めていった。
そして、一年と半年が過ぎ、彼が魔王軍の中でもほぼ最高位に位置する魔竜を相手に、一切の無駄なく勝利した時、フィーヌは盗視を辞めた。
彼はおそらく、魔竜が奪っていった伝説の聖剣を手に入れるだろう。
そうすれば、更に加速度的に彼は進んでいくに違いない。
フィーヌは魔王から救われた後の世界についての内政計画を考えることにした。
もはや彼が何者か、など、考えることはしない。
そう、彼は、勇者なのだから。
「勇者って、すごいんだなぁ……」
彼女は遠い目でそうぼやいたのだった。