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Virtue and Vice  作者:
第二章 魔法使いの宿命
7/22

2-3

 木曜、この日結人は希織や伊万里と会う約束もしていなかった。特別な理由もないのだ。

 彼女達は毎日のように魔女や怪人と戦っていて、一緒にいれば巻き込まれる。そうして足手纏いになるのは目に見えているのだ。

 魔女側が何かをしかけてきたとして、その時は駆け付けられると伊万里は言う。一緒にいて守るというほどのことでもないと。

 ただ周囲との余計な接触は避けるように言われたくらいだ。近くに魔女がいるのは確実だからということだ。しかしながら、彼女達はその名前を明かしたりはしない。

 だから、結人は優愛の誘惑にも打ち勝ち、真っ直ぐ帰ろうとしていたのだが、爆発音が聞こえてしまえば気になるものである。

 かなり大きな音であったのに周囲の人々は聞こえていないのか、ざわめくこともない。これは彼女達の戦いだと結人は気付く。

 首を突っ込むべきではない。希織や伊万里とも限らない。このまま何も聞かなかったことにしても彼女達は責めないだろう。そうするべきなのだ。結人も思う。

 それなのに、妙な胸騒ぎがして結人の足は音のする方へと向かっていた。もう一度、激しい音が響く。考えるよりも先に人混みを掻き分けて駆け出していた。

「なっ……」

 結人は絶句した。途中、人の数が減ったことには気付いていた。世界の境界を抜けたところだったのだろう。

 これは本当に現実か。目を疑いたくなるのはこれまでと様相が違っているからだ。

 結人の前には伊万里、彼女は右肩を押さえ、腕から血を滴らせている。その向こうには怪人、それも一体や二体ではない。十はいるか。その奥でミントの魔女が悠々と腕を組んで立っている。

 明らかに伊万里の劣勢であり、希織の姿はない。

「結人か……」

 伊万里が一瞬振り返り、左手はぎゅっと鞭を握り直したのだろう。

「丁度良かった。ナイスタイミングだ」

 安堵したような伊万里の声に結人の胸がざわつく。助けられるわけでもないのに、何がナイスなのか。

「これで遺言が残せるってもんだ」

「な、何言ってるんですか!」

 縁起でもない言葉に結人は叫んでいた。彼女も冗談で言っているのではないだろうが、もう死ぬことを覚悟しているかのようだ。

 確かに状況は悪い。自分がそれを悪くしてしまったのではないかと不安になる。だが、もう逃げられないだろう。

「希織もどっかで魔女と戦ってる。でも、あいつは戦いに関してはあたしなんかよりもずっと強いから大丈夫だ。負けることなんてありえない」

 考えてみれば鞭を振り回す伊万里も決して弱いわけではないはずだ。これまで着実に怪人を倒してきているように見えた。

 しかし、希織のような派手な火力がないのも事実なのかもしれない。彼女は炎を操り、時に剣であり盾でありドラゴンであった。

「嫌な予感ってのは当たるもんだ。あちらさん、焦ってるぜ」

 どういう意味なのか、問いかけたところで解説する暇は伊万里にはなさそうだ。

「結人」

「はい」

 彼女があまりにも真剣な声ではっきりと名前を呼ぶものだから結人は反射的に返事をしていた。

「希織を頼んだからな」

 伊万里が振り返る。一瞬の眼差しが結人の心を捉える。決死の覚悟を刻んだ目だっただろうか。

 彼女はぴしゃりと鞭を鳴らし、真っ直ぐに駆けていく。振るわれた鞭が怪人を次々と切り裂き、魔女へと向かっていく。

 ハラハラしながら結人は見ていることしかできない。何もできないのが歯痒い。

 魔女が手を振るうのが、やけにゆっくりと見えた。

「伊万里さん!」

 結人は叫ぶ。叫んでどうなるわけでもないのに、ただ声を上げていた。伊万里が血塗れの右腕を上げた。その手がさよならを言っている気がした。

「やめろ! やめてくれ!」

 魔女への懇願なのかもしれなかったが、彼女は非情に手を上げる。彼女の周囲には光が満ち溢れる。

 光と言うにはあまりにも冷たい。優しさや暖かみが一切感じられない。そして、それは伊万里へと容赦なく降り注ぐ。彼女の光は刃か、伊万里を裂き、彼女がガクリと膝を突く。もう一度魔女が腕を振る。

「やめろぉぉぉぉぉっ!!」

 光の塊は全身から血飛沫をあげる伊万里を包み込んでその姿を見えなくする。

「伊万里!!」

 叫ぶ声は希織だった。炎の翼を広げ空から降りてくる。だが、もう手遅れだった。助からないと結人はわかっていた。光は伊万里を焼き焦がそうとしている。

「さよなら」

 風に乗って聞こえてくるのは魔女の声か。

 光は消え、カランと音がした。伊万里の姿は跡形もなく、落ちているのはペンダントか。大きなグリーンのハートは希織の胸にあった物と似ている。

 けれど、輝きは失われ、濁っていくように見えた。拍動が止まり、その音が聞こえなくなった気がした。それは心臓の代わりだったはずだ。

 希織が触れようとするが、表面に大きなヒビが入る。そのまま粉々に砕け、さらさらと風に乗って消えていく。光を反射する破片達はひどく美しく見えた。

 伊万里の魂の在処が壊れ、永遠に失われてしまったということだ。散り際の煌めきは悲しいほど綺麗だった。

 希織が膝を突く。手は地に触れるが、何も残っていない。闇は光に焼き尽くされてしまった。あるいは黒い光が白い闇に飲み込まれたか。

「う、あ……」

 希織の口から嗚咽が漏れる。結人は近付くこともできない。

「いまりぃぃぃぃぃっ!!」

 その小さな体のどこからそれほどの声が出るというのか。悲愴な叫びが大気を震わせ、痛ましさに結人は声も出ない。

 魔女はまだそこにいる。希織を追ってきたか、いつの間にか赤の魔女の姿も並んでいる。

 ぐらりと世界が揺れた気がした。それは涙か、結人が目を擦った一刹那、希織の周囲が燃え上がる。取り囲むように猛火が希織を飲み込んだかのように見えた。

「許さない! 絶対に許さない!!」

 紅蓮に飲み込まれた希織の叫びが聞こえる。彼女は烈火の如く怒り狂っていると言えるのかもしれない。

「おこがましいわ」

「滅ぶのがあんた達の宿命」

 魔女達が妖艶に笑う。

「あああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 炎が落ち着いて希織の姿が見えるようになる。いや、カーテンのような覆いがなくなったという言うべきか。炎は希織自身に燃え移ったように彼女が苦しんでいる。頭を抱えて声を上げている。

 その炎が黒く変わり、霧とも炎とも判断できない。希織の体を包み、その姿を変貌させる。

「ああ、なんて醜いのかしら」

 ミントの魔女が嘲笑を浮かべる。

「可愛そうな希織、今度こそ本当に化け物になっちゃったわ」

 赤の魔女も同じように笑う。色は違うが、この二人はそっくりだと結人は気付く。顔も雰囲気も似ている。答えに繋がろうとしている。

 希織の姿はこれまでと変わっている。ドラゴンを模したものらしい兜は今やフルフェイスのヘルメットのように彼女の顔を覆い隠している。体もほとんどが鎧に覆われたようになっている。より強固に希織自身を守ろうとしているのかもしれない。胸元では彼女の魂の所在である赤いハートの宝石が強い輝きを放っている。

 それを醜い化け物だと魔女達は言う。けれども、禍々しいようで決してグロテスクではない。研ぎ澄まされた美しさを結人は感じている。それに比べて彼女達は己を着飾っているだけだ。

 龍騎士とも表現すべきか。己が信念を貫き通す戦士の姿を笑えるはずもなかった。

「私は失ったものを取り戻す」

 希織が手を伸ばせば、炎の剣が現出する。

「そうやって私達を葬るんでしょ?」

「私達を殺したいのよね?」

 魔女達は希織を責めるかのようだ。片方は伊万里を殺したというのに、それも二度目だということになるのに、まるで罪の意識など感じている様子がない。

 正義を盲信するが故に彼女達は罪を重ねる。それを裁けるのは彼女達の罪の犠牲者でしかないというのは皮肉な話だ。それこそ真の正義であるが、必ず勝てるシナリオは用意されていない。

「そうすることでしか、あなた達を救えないのなら」

 すっと希織が二人へと剣を向ける。魔女を打ち倒すこと、それは双方にとっての救いなのかもしれない。

「次からは私達二人がお相手するわ」

 ミントの魔女が言う。挑発的な態度はまるで希織を恐れていないようだ。

 対を失っても魔女は消えない。より自由になるだけのことなのだろう。そして、孤独になった希織は二人からねらわれることになる。伊万里に頼まれようと結人は戦力ではない。

「ねぇ、結人君。そっちにいたらダメだよ?」

 赤の魔女がクスクスと笑った。

「大平さん……?」

 愕然と結人の口からその名はこぼれ落ちた。莉愛と優愛――姿は違っても大平姉妹だと今はっきりとわかった。ミントの魔女が姉の莉愛であり、赤い魔女が妹の莉愛の方だ。

 本当はわかっていたのかもしれない。そうであると思いたくなかっただけなのかもしれない。優愛は学校では結人のすぐ近くにいて言葉も交わした。特別親しいわけではないと結人は思っているが、彼女の方から何度か遊びに誘われている。姉の莉愛とも面識がある。

「せいぜい足掻くがいいわ」

「その格好、醜いあんたにお似合いよ」

 笑いながら二人の姿は消える。二人分の哄笑は耳に張り付いて離れてくれなかった。

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