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Virtue and Vice  作者:
第二章 魔法使いの宿命
5/22

2-1

「ふぅん、よく見れば男らしいことだ。なかなかいい面構えをしているように見えなくもない」

 値踏みするような伊万里の視線に結人は苦笑いした。

 希織と友達になった翌日の放課後、結人は希織と伊万里と共にカフェにいた。希織に呼び出されたのだ。伊万里がうやむやにしようとした約束が今日になって果たされたとも言えるのかもしれない。

「まあ、いいや。あたし、忍成(おしなり)伊万里。高二」

 伊万里は竹を割ったような性格をしているようだ。敵意を持っているようではないが、歓迎しているのとも違う。これは彼女が結人を見定めるために設けられた場であるようだった。この場合、伊万里は希織の保護者と言えたのかもしれない。

「正木結人です、一年です」

「結人な、オーケーオーケーわかったわかった。覚えてやろう」

 いきなり名前の呼び捨てであるが、嫌な気持ちになるわけでもない。それくらい気軽な方が結人としても楽だった。

「伊万里は私の先輩なの。伊万里がいなかったら、私は今生きてなかったと思う」

「照れるぜ、キオ」

 へへっ、と伊万里が笑う。二人は先輩と後輩であり、師匠と弟子であり、親友であり、姉妹であり、恋人のようでもある。何よりも同じ境遇に繋がれた戦友、盟友なのかもしれなかった。

 深い絆を結人は見せ付けられた気分だ。しかし、嫉妬するわけでもない。伊万里の方もすぐに真剣な顔になる。

「まあ、真面目にお話しようぜ。魔女のことをさ」

「こんなところでいいんですか?」

 三人がいるカフェはファーストフード店ほどの騒がしさこそないが、それなりに繁盛しているのだろう。落ち着いた店内だが、周囲には他の客の姿があり、会話など筒抜けになってしまいそうだ。

「ああ、あたしらは周囲に認識されにくいんだ。現時点では死に損ないであるわけだし。この世にいるような、いないような微妙な存在なんだよ。世界にとっての不都合でもある」

 こんなにもはっきりと自分は彼女達を感じているのに不思議だと結人は感じるが、彼女達の言葉を疑うわけでもない。

 そして、また『世界』である。彼女達にとって、それは何なのだろうか。

「つっても、希織もそれなりに話したんだろ? あと、何話せばいい?」

「俺が質問してもいいですか?」

「じゃ、そういう制度にしよう。ただ不都合な質問が出た場合にあたしの耳は遠くなる。オーケー?」

 両耳を手で塞ぐ仕草を見せる伊万里に結人は頷く。プライベートなことまで踏み込む気はないが、彼女達にも話せないことはあるだろう。

「あの怪人は何なんですか?」

「怪人? あーあー、魔女のシモベな。まあ、怪人だよなー。怪人でいいか」

 伊万里は少しいい加減なところがあるらしいが、場を和ませようとしているのかもしれない。希織と結人の二人きりではこうもいかなかっただろう。

「人を襲ってるところは見ましたけど、でも、殺したりは……」

 人々が悲鳴を上げ、倒れたのは見た。だが、戦いが終わった後も傷付いた人間がいたようには見えない。彼女達との戦いのために邪魔者を消したのではないかと結人は勝手に分析していた。

「死人が出なきゃ放っておいても平気じゃないかって? 怪人倒さなくてもオーケーじゃないかって?」

「そんなことは言ってません。でも、きりがないっていうか……何の意味があるのかな、って」

「あれな、何事もなかったようになってるけど、別に全く傷付けてないってわけじゃないんだぜ?」

 そこまで言って伊万里は、ふぅと溜息を吐いた。希織は彼女に任せて黙っているつもりなのだろう。

「そもそも、魔女は自分の正義を貫くことを使命としている。盲信こそ全て。それは自分の価値観を人々に押し付けるってことさ。種蒔きってところかな」

「種……」

「それを秩序と彼女達は言う。でも、やりすぎたら、それはもう秩序じゃない、かえって無秩序にしていくのさ」

 最早悪でしかないのだと伊万里の目が語っている。

「種を植え付けられた奴がお前の言う怪人――魔女と契約して力を得たシモベになる。まあ、必ずしも芽吹くとも限らない。正義が暴走して魔女になったりもするわけだが、正直、その辺はどうにもできない」

 結人は自分が少し楽観的に考えすぎていたことを思い知らされる。正しくあろうとして間違う。何と悲しいことか。

「あたしらも、どうにもならなくて死んじまったわけだし。だからこそ、救済があると言うべきか」

 正義の暴走を止める正義は孤独だ。怪人を倒したところで誰の感謝もない。必ずしも救われるとも限らない。

 そして、その存在はあまりに希薄だ。この空間にあって、確かに誰も結人達を気にした様子がない。

「人が怪人になるなら、倒した時は……」

 結人とて醜くも人型で、人の言葉を話していたあれが宇宙人や何かだと思っていたわけでもない。けれど、元が人であるなら、と考えて恐ろしくなったのだ。

 希織は怪人を容赦なく爆砕し、首を斬り落とし、圧倒的な火力で飲み込んだ。

「それは人の悪意の具現であって、人そのものを殺すわけじゃない。私達は人殺しじゃない。ああしてる時、本体はどこか別の場所でおねんねしてたりする。まあ、障害が残らないとも言わないが……しゃあねぇだろ」

 結人の心を見透かしてか伊万里は言う。彼女達も自分の魂を取り戻すのに必死なのだろう。

 そして、これ以上踏み込んでいい話題でもないと判断して結人はもう一つの質問を口にすることにした。

「俺の近くに魔女がいるって本当ですか?」

 希織はそう言ったが、そうならば危険はないのか、どうするべきなのか。結人は昨晩ずっとぐるぐると一人で思案していたのだ。

「他にあんたが覚えてる理由が見付からないんだよなぁ……まあ、ほぼ確実だろ。だって、双羽東だろ?」

 あの魔女が双羽東高校の生徒というところまで特定できているのだろうか。不思議ではないと結人は納得する。希織も伊万里も双羽高校の生徒であるのだから魔女も学生であっても不思議ではない。むしろ、魔女も同い年くらいに見えたのだ。

「大丈夫なんですか?」

「まあ、あいつらのことだから何も仕掛けてこないってことはなさそうだけどな。でも、どうすることもできない」

 どうにもならなくて死んだという伊万里の言葉が蘇るからこそ、結人は否定の言葉を、安心を求めるように希織を見た。どこかではあるはずのないものだとわかっていながら。

「なるようにしかならないと思う。あの性格だし」

 希織が頷き、結人ははたと気付く。

「もしかして、二人は魔女の正体を知ってるんですか?」

 こういうものは正体がわかっていないものだと結人は勝手に思い込んでいた。かろうじて学校を特定できているくらいだと。しかし、希織と伊万里は顔を見合わせる。

「そりゃあそうだ。あいつらはあたしらを堕として魔女になる。その前は普通の人間だったし、今も何事もなかったようにのうのうと生きてる。あっちなんか種蒔いて怪人作って襲わせてればいいんだから楽なお仕事だよな」

 伊万里は苦笑いだ。彼女達にとってはそれが常識だということなのだろう。対になる相手のことを知っているのは当然かもしれない。

「でも、教えない。だって、そうしたらあんたはどうするんだ?」

 少し意地悪く伊万里が笑う。そういう表情にドキッとさせられるのは単に女子に耐性がないからか。

「まあ、これも運命ってわけで希織を頼むよ」

「え?」

 思いも寄らない言葉に結人は伊万里を凝視していた。意図がさっぱりわからない。

「あたしだっていつまでも一緒にいられるとも限らないしー」

 伊万里は明るい表情でパタパタと手を振っているが、希織は眉根を寄せている。

「伊万里……」

「そんな顔すんなって。使命を終わらせられるかもってだけだ。先に抜けてこその世界だし、恨みっこなしだろ?」

 どうやら彼女達は協力して魔女と戦っているわけではなさそうだ。それぞれ対になる魔女を倒せばいいというだけのことなのだろう。

「いや、救仁郷(くにごう)の姉御みたいに見守る方に回るかもしれねぇし、あんたを見捨てるわけじゃないさ」

「……わかってる」

「もちろん、希織が先だって、あたしは全然構わないわけだし」

 お互いに運命を終わらせることを望んではいるのだろう。けれど、仲間であって仲間ではない。どう足掻いても孤独でしかないのかもしれない。だから、友達という言葉を喜ぶのか。

「魔女を倒した魔法使いは魂を取り戻せる。死を回避して何もかも忘れて平和な生活に戻れる。死んじまったら、それで終わりだから魔女を倒すことは絶対の目標だ。それだけが使命だ」

 伊万里の解説に結人は納得する。

 七人いたと希織は言った。戦いに敗れて本当の死を迎えた者と魔女を倒して死を回避して普通の生活に戻った者がいるらしい。

「救仁郷の姉御はあたし達の師匠っていうか、みんなのお姉さんでもあるような人かな? 魔法使いになってからも長いし」

 くにごう、心の中で反芻して聞き慣れない名前だと結人は思う。

「ちなみに女子大生」

 妙に含みを感じたが、結人は伊万里のニヤニヤ笑いを見なかったことにした。どうにも何かを試されている気がするのは気のせいか。

「自分を堕とした魔女を倒したんだが、最後まで見届けるって言って、未だ留まってる。そういうこともできるらしいのさ。ただ他の魔女にやられちまえば、やっぱり死ぬわけだからリスキーだけどな」

 そんなこともできるのかと結人の中に単純な驚きがあった。対ではなくとも互いに滅ぼせるということでもあるのか。全て水泡に帰すに違いないのに、その人にもまた理由があるのだろう。

 彼女達が死ななかったことになったとして、魔女がどうなるのか。結人は聞くつもりだったのに、できなかったのは伊万里が盛大に溜息を吐いたからだ。

「ったく……毎日毎日、本当にお盛んなことだ。たまには休みもほしいぜ」

「休みがあったら、それではそれで文句言うでしょ? 伊万里は」

「そりゃあな。一日でも早く仕留めたいからな――」

 ふと、伊万里の目が剃刀のように細くなる。

「――出るぞ」

 低い声で口にして立ち上がり、希織が続く。彼女の鋭い視線に促されて結人も続く。

 一体、何だと言うのか、説明されないまま後に続き、結人はおろおろするばかりだ。

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