2-9
「本当の姿を見せてあげる」
それは氷の笑みか、周囲の温度を下げるような笑みを浮かべ、希織は手を振り上げる。手中には炎が集まり、剣を形作っていく。その刀身は魔女達へと向けられ、まるで真実を映し出す鏡のように澄み渡って見えた。
そして、光が放たれる。魔女達の痛いほどの光とは違う暖かな光は皆を優しく包み、怪人達の姿を人へと戻し、眠らせていく。
魔女の姿もまた変化していく。それは元の姿に戻るわけでもなく、怪人に近い姿、より醜い姿へと。
「魔と交わり、偽りの正義を盲信する売女どもめ!」
鋭い希織の一喝だった。魔女とはそういうものなのか、これまで聞いたことのない話に結人は玻璃を見れば彼女は険しい表情で頷く。
「俺達だけ、醜いって言われるのはフェアじゃないからね」
白く可愛らしい衣装を纏っていたからこそ、彼女達が正義の執行者であると思ったかもしれない。そして、黒は忌避される。
けれど、白とは言っても異形の姿では人々に受け入れられることもない。行きすぎた正義をまき散らしたなれの果てはあまりにも醜悪だ。希織が言う通りならば魔と交わった証であるのかもしれない。
「嫌よ、嫌! こんなに醜いの、あたしの体じゃない!」
「嘘よ、嘘! 嘘っ! こんなの真実じゃない! 魔女め、魔女めっ!」
莉愛と優愛の混乱は激しい。自らの体に絶望しているようでもある。もう可愛らしい姿など影も形もない。ただの人型の化け物でしかない。声も怪人達の耳障りな声と同じように聞こえにくいものとなっている。
「大根役者もいいところだ」
謙が肩を竦め、彼の袖を希織が引く。そして、何事かを囁き、彼が頷く。
「ふふ、ふふふっ……」
大平姉妹が自らの姿を嘆き悲しむ一方で笑い声が響く。智春もまた白と紫の混ざる怪物の姿となっている。人なのか獣なのか、美しくもなく、ただただ目を背けたくなるような姿だ。ああはなりたくないと思うものだ。
「でも……これでも、謙は私を愛してくれるわよね?」
醜悪な姿となっても智春が笑っているのがわかった。狂気じみて、正常な人間の笑い声とは思えない。
最早彼女の心は壊れているのではないか、考えて結人は頭を振る。壊れてしまったからこそ今があるのだろう。
「ごめんよ、智春」
はっきりと謙は言う。首を横に振る。
「私が醜いから……?」
「違う。君だから」
縋るような言葉にさえ、謙が情けをかけることはなかった。嘘は言わない。彼の本心、信念なのだろう。
最早、救えないからこそ謙は真っ直ぐぶつかるしかないのだろうが、拒絶とも取れた。
「その子がいいの? そんなに、その子がいいの!?」
智春は取り乱し、その目に怒りの炎を燃やしているようだった。
「希織は関係ない」
「許さない。認めない。殺してやる。殺してやる!!」
鋭い爪を持つ腕を振り上げ、希織へと向かおうとする智春を止めたのは意外にも大平姉妹だった。
いや、と結人は内心首を振る。
「それは私達の獲物よ!」
「あんたにはやらせない!」
やはり彼女達は智春などと共有するつもりなどないのだ。自分達がなぶり殺すために智春を止める。自分達の手で彼女を手に掛けることさえ厭わないように。
「智春、君が全力でぶつかってくるのなら、俺もそれに応えよう」
静かに呟いて、謙の体が黒い炎とも霧ともつかないものに包まれて行く。
「俺だって本気を出すことがあるんだよ」
今まで本気ではなかったのか。
謙の姿は変化し、頭部は希織と同じように兜に覆われるが、その形状は鷲か。鋭い鉤爪を持つ彼の姿はやはり一目見て禍々しく感じながらも研ぎ澄まされた美しさを持っているように見える。
「逆に聞くけど、これでも君は俺を愛せるって?」
謙はどこか挑戦的に智春へと問う。今は彼の端正な顔を見ることも叶わない。けれども、その兜の鷲の顔は凛々しく見える。
「そうよ。どんな姿でも愛してあげる。私だけが愛せるのよ!」
「君の理想の男に仕立て上げられるのはごめんだ!」
初めて謙が激昂したようようだった。彼が振るった手の先で炎が揺らめく。
「炎を扱うのは希織だけの専売特許じゃないからね。本来、俺の方が得意だったのにね」
少し悲しげに呟いて謙は炎を希織の方へと向ける。炎の軌跡が希織を後退させた。一緒に燃やされそうになったという先ほどの仕返しか、それとも邪魔されたくないのか。
「俺にしか君を止められないなら、俺だけが君を止められるのなら、もう逃げるのはやめる。君と向かい合うよ。だから、かかっておいで――智春」
兜に遮られているはずなのに、謙が両腕を広げて優しく微笑んだように見えた気がした。それは幻想か。翼を持つ彼は天使にさえ見えた。
優愛と莉愛を振り払って前に出る。謙が誠意を見せたからか、それを挑発と受け取ったからか。
彼女が睨んでいたのは謙ではなく、彼がその背後へ追いやった希織だ。
「謙は私だけのモノ! 誰にも渡さない! その前に何と言おうとあなたを殺す!」
希織へと向かって弾丸の如く智春は跳ぶ。希織が剣を構えるが、謙が制する。そして、彼が構えの姿勢を見せる。
執念とは恐ろしいものだ。最早、その愛は怨念にも感じる。狂気としか思えない。
だが、それは智春だけに言えることではないのかもしれない。智春の頭上で光が弾ける、光の刃が彼女の体を裂く。味方であるはずの姉妹の攻撃に傷付きながらも、智春は尚も希織を見ていた。そして、その前に立ちはだかるのは全身を炎に纏わせた謙だ。
「君を狂気に走らせた償いをしなければならないのかもしれないね」
謙は何を考えているのか飛び込んでくる智春を見据える様は泰然自若としている。
「謙!」
叫ぶ希織はその背に何かを察したか。
「同じ場所に行けるのかはわからない。けれど、せめてここで俺の運命も終わらせよう」
死を覚悟したことを思わせる台詞に結人は驚いて玻璃を見るが目を伏せた彼女は首を横に振るばかりだ。
「何もかも忘れて、もう一度モデルとして返り咲くことができるかもしれない。でも、きっとそうするべきじゃない。智春がいなければ、モデルの譲原謙はありえない。智春がいなくなった世界で、その死に捧げるように生きていくのも辛いと思うんだ。きっと、俺にはできない」
まるで独演会のように続ける。謙の胸に智春が飛び込む。炎の中で二人の姿は本来の姿に戻ったように見えた。
「君を愛することはできない。でも、寂しくないように、せめて一緒に逝くよ」
謙がそっと智春を抱き締める。幸せそうに体を寄せて智春が目を閉じたのだろう。燃え上がる謙の炎と優愛か莉愛によるものと思われる激しい光、智春が両手で持つようにした光のナイフが謙の背に突き立てられるのを結人はただ見ていた。
残酷な運命ゲームは必ず勝者と敗者が必要だと結人は思っていた。黒が勝てば抜けられ、白は自らが正しいと信じるからこそ抜けないのか、抜けられないのか。わからないことは多い。しかし、これは相打ちと言うべきか。
「謙!!」
叫んで、希織が膝を突く。光は二人の姿を隠し、やがて謙が付けていただろうペンダントだけが残されている。呆然と希織が手を伸ばす。
ペンダントからは輝きが失せ、濁っていくのだろう。心臓として脈打っていたはずなのに止まり、代替品としての役目を終えてしまったようだ。
勝手にヒビが入り、粉々に砕け散り、風にさらわれる。やはりその散りようは悲しくも美しい。謙の魂の在処もなくなってしまった。彼は自ら永遠の消失を選んでしまった。
最期の光の中にそれをぶち壊そうとするものがいた。莉愛だ。彼女は希織の手を踏みつけている。それが死者への冒涜とすら思える。同じ側の人間を失っても悼む素振りもなければ、余韻を大事にするはずもないのか。
希織が空いている手に炎を宿して凪げば、莉愛は見た目とは裏腹の軽やかな動きで後退する。その頭上で光が弾ける。
「お姉ちゃん、どいて!」
怒りに満ちた様子で優愛が光の球を浮かべている。
「誰に刃向かってるかわかってるの?」
くるりと莉愛が振り返る。
「お姉ちゃんは誰かを壊したいだけでしょ? 私の獲物まで取らないでよ! お姉ちゃんはいつだってそうよね」
ここにきての姉妹喧嘩だった。それによって莉愛は背を向け、希織にとってはまたとない好機である。
炎がゆらりと軌跡を描く。思わず「危ない!」と叫びそうになった結人の口は塞がれ、ふがふがと言葉にならなかった。自分がどちらの味方なのか見失いかけていた。どんな相手であっても消えるのは辛いと思ってしまう。
炎を受けて莉愛の体は優愛の方へと吹き飛ぶ。そして、二人の頭上から何かが降り注ぐ。
「今、ここで全て終わらせるつもりなら協力するわよ?」
希織の後ろに立つのは玻璃だった。彼女も変身して、黒いレザーの丈の短いワンピースを着ている。すらりと長い足はタイツに包まれ、少し背が高くなったように見えるのはヒールのある靴を履いているからか。
「戦闘狂が……! お前は私達の仲間殺すことを生業としている!」
「黙りなさい。幼稚なお前は私の存在を正しく表現する言葉を持たない」
憎悪を露わにする莉愛に玻璃はぴしゃりと言い放つ。
しかし、クールな彼女が狂気に駆られているように見えない結人は首を捻る。判断するのは早すぎるか。
「そもそも、仲間などと思ってもいないくせに白々しいことね。お前は自分だけ良ければそれでいいのでしょう?」
「それの何が悪い!?」
莉愛は否定しなかった。むしろ、開き直っていると言える。
「妹さえも疎ましいのではなくて?」
玻璃の嘲笑混じりの問いに莉愛は答えない。
「そして、お前は姉さえも疎ましい」
玻璃のしなやかな指が優愛を指さす。
「いっそ、その勢いでお二人が殺し合ってくれれば、こちらとしても都合がいい。ねぇ、希織?」
同意を求められて希織は困り顔だ。しかし、このまま玻璃が加勢すれば二対二、姉妹が連携するのではなく仲間割れしているのならば十分に勝ち目があるだろう。
だが、二人はもしかしたら玻璃の存在を恐れているのかもしれなかった。
「チッ……邪魔が入ったわね」
そこには焦燥があったのかもしれない。今、撤退するならば玻璃は追撃しないだろう。
「では、ごきげんよう」
取り繕って莉愛は消える。しかし、醜い姿では少しも様にならなかった。
「次はあんたの番よ!」
希織を指さして優愛も消える。
そうして、ずれていた世界が元に戻るように思えた。




