緑の商人とウール100%とあやめ
私の名前は叶山彩萌、絶対に猫じゃない人間の乙女、小学四年生。
今日の彩萌は気分が良いのです、何故なら山吹君に褒められたのですからね!
ちゃんと猫さんのぱっちん留めを着けて行ったのですよ、彩萌は約束を守る女ですからね!
これはリーディアさんにお礼を言わなければなりませんね。
だからエミリちゃんじゃない人に今日は来てほしいです、エミリちゃんはリーディアさんが嫌いらしいですからね、きっと嫌がりますからね。
出来ればジェリさんじゃない人が良いです、あの人は泥棒さんですからね。
そうなるとイズマさんもヤダ、フレンジアさんも微妙ですし、宇宙人のお兄さんことディーテさんはなんだか信用ならないので微妙です。この三人に一回しか会った事無いですけどね。
出来ればリーディアさんに直接お礼が言いたいですけど、来られないらしいですし。
そもそもイズマさんとジェリさんは簡単には来られない呪いをエミリちゃんが掛けてくれたんでしたね!
えーっと……あと一人忘れている様な気がします。
そうそう、マルクス君です。マルクス君は論外です。王子ですし。
誰か来ないかなー、なんて思いながら彩萌はリーディアさんの魔法書をなでなでします。
魔法のランプは擦るとランプの精が出るのだ! これは魔法の本だから本の精が出るに違いないです!
一生懸命なでなでしていると、本がきらきら光ったんですよ。彩萌の願いが通じた様です。
独りでにパラパラパラパラーってページが捲れたんです、そうしたらなんと……!
「……なんで、イズマさんなんですか?」
「呼ばれた気がして、俺じゃ不満だって? せっかく本を返しに来てやったというのに」
「本は返してもらいます! でもどうして来られたんですか!? エミリちゃんが呪いを掛けたのに!」
「はっ、俺の扱う魔術が物事の本質を把握する魔法だからだ、こんな呪いくらいで制限される俺じゃない」
「物事の本質を把握する魔法?」
「チビみたいな幼い頭でも分かる様に教えてやろう、これはこの間は無かった新しい本だな?」
イズマさんは本棚に手を伸ばして、新しく買ってもらった彩萌の本を手に取ります。
ついでに元あった場所に、この間ジェリさんが無断で持って行った本を返していました。
イズマさんの見た目についてこの間全然考えなかったけど、この人すっごい頭が深緑色してます。
なんか黒っぽい性格しているのに、癒し系なグリーンですよ! オカシイですよ!
そういえば、今日のイズマさんなんだか大きなバックを肩からかけてます。
イズマさんはその本を開く事無く、表紙を指先でなぞったんです。
「なるほど、また宇宙物か……、チビお前は本当に宇宙人が好きなんだな、それにしてもサイズ的に人間に擬態するなんてありえんな、魔術としか思えん」
「……まだ信用しないですよ」
「まあ、信用されたい訳じゃない、つまり本の本質とは内容と言う訳だ」
「イズマさんが言いたいのは、内容とか大事な事が分かっちゃうって事ですか?」
「そう言う事だ」
「……エミリちゃん、どんまいです」
「そもそもこの世界の文字は読めない、あいつ等もな、カーマインゴーストは知らないが……」
かーまいんごーすと? 何なんでしょうかね、それ。
でも彩萌は聞かないですよ、イズマさんの事を許した訳じゃないですからね!
彩萌が素直に幻想について聞いた時のイズマさんの顔はムカつきますからね!
小さく息を吐いたイズマさんは鞄の中をごそごそして、彩萌に何かを投げたんです。
幸いそれはもふもふしていたので、彩萌の顔にぶつかっても無事でしたよ!
「本の礼だ、やるよお嬢さん」
「投げ渡さなくても良いじゃないですか! もー、行儀が悪いです!」
「なげわたすぎょうぎわるい! いずまぎょうぎわるい! わるい!」
ん……? なんかもふもふしているの、喋りますよ……?
そういえば、このもふもふ顔に引っ付いたままで落ちてこないです!
がしっともふもふを掴んで引きはがせば、つぶらな目と目が合ったのです!
このもふもふ生きてます!
なんだかこのもふもふさんは、羊の人形みたいな見た目でした。
でも角が大きくて、翼が生えてるんです。まるでドラゴンみたいな翼ですよ!
「それはシーシープドラゴン、海辺の草原地帯に生息するドラゴン種、よく海面に浮いて涼んでる姿が目撃される」
「ドラゴンていうのは、もっとこう……トカゲみたいで大きいのだと思ってました」
「ちーちーぷどらごん、どらごんちてる! がおー! どらごんちてる! がおー!」
「このもふもふしてるの可愛いです……でも喋る動物なんて飼えません! どうやって家族に説明すればいいのか分かんないです!」
「ちーちーぷどらごんどうぶつちがう! ちーちーぷどらごん、どらごん! がおー!」
「大丈夫だ、庭の雑草でも喰わせとけ、それとシーシープドラゴンは水浴びを好む」
「いや、餌とかの心配じゃないんです」
「ちーちーぷどらごんなんでもくうよ! どくそうくうよ! おにくもくうよ!」
「知能も高いから対話も可能だ、シーシープドラゴンの毛は高値で取引されるほど貴重だ」
「貴重品をイズマさんがタダでくれるはずないです! だって泥棒さんするくらいですし」
「繁殖させようと思ったんだが、煩くてかなわん」
「厄介払いってやつですよね! 酷いです!」
「いずまひどい! やっかいばらいひどい! ちーちーぷどらごん、おさかなもくうよ!」
「そのシーシープドラゴンはお前に飼われる気満々だぞ」
「ちーちーぷどらごん、ばんけんできるよ! でもちーちーぷどらごん、どらこんだよ! がおー!」
そうなんです、このシーシープドラゴンさん彩萌に引っ付いて離れないんです。
もふもふしてて肌触りが良いです、でも飼うのは難しいですよ?
「彩萌、なんかがおーって煩いんだけど――……」
タイミング悪くお姉ちゃんが部屋に入ってきちゃったんです。ノックしてよ。
というかお姉ちゃんイズマさん見て固まっちゃいました。そうですよね、見知らぬ人ですもんね。驚きますよね。
固まっていたお姉ちゃんに、イズマさんはにっこり笑い掛けたんですよ。
「ひさしぶりだね、面白い動物を見付けたから彩萌ちゃんの情操教育に良いかなって思って連れてきたんだ」
「ちーちーぷどらごんだよ! どらごんだよ! がおー!」
「え、あ……、あぁ! ひさしぶりですー! いつもお世話になってます!」
「えぇ!? お姉ちゃん何言ってるの!?」
「彩萌も何言ってるの? お母さんの親戚の猪妻さんだよ? 忘れたの?」
「お……、お姉ちゃんが洗脳された!?」
「彩萌今日は変なテンションだよ? それにしても相変わらず猪妻さんは変な髪の色してるよね」
「以外と気に入ってるんだけどね」
「イズマさんの口調が柔らかい……!」
そのまま彩萌は流される様にイズマさんに、シーシープドラゴンを押し付けられたのですよ。
お母さんに挨拶までして帰りやがったんですよ! 猪妻じゃなくてイズマなんですよ、皆さん!
というかリーディアさんにお礼を言っといてくれって言うの忘れちゃったじゃないですか! これもイズマさんの所為ですよ!
まあでもシーシープドラゴンは可愛いから、許す! 厄介払いされちゃったかわいそうな子ですもんね。
何時の間にかイズマさんは何も言わずに帰っちゃったんですが、みんな気にしてなかった、恐ろしい……。
もう! シーシープドラゴンの名前はシーちゃんで決まりですからね! ちーちゃんじゃないですからね!
彩萌は幻想を飼う事になっちゃったんですよ!
「それにしても猪妻さんはカッコいいね……」
「お姉ちゃん目を覚まして!」
「ねーちゃん! めざまし!」
――アヤメちゃんの魔法日記、八頁