異世界
世界は不思議で溢れています、ですがそれは私だけの世界でしょう?
口に出せば妄言で、態度に出せば幻覚です。
貴方と私が同じ世界を見ているという保証は無いのですよ、そして私と貴方が同じ世界で生きているという保証も無いのです。罅割れたアスファルトの道で俯いて貴方の隣を私は歩いていますけど、貴方と私は違う世界で生きているのです。
私は貴方を救いません、私は貴方が好きでは無いのです。
俯いていれば黒い黒い、黒い何かが見上げているのが見えて、足を止めてしまいます。
だって踏みそうだったから、不意に立ち止まってしまった私は貴方を盗み見ます。
貴方も私の足元を見ていますね、だからと言って同じものが見えていると言う保証は無いのです。
沈黙が、耳に痛いのです。
だから私は――黒い黒い、黒い何かを足で踏んでみます。
だって私には、それは見えていないのですから。
「――……残酷だね」
その黒い、黒い黒い何かの悲鳴でも聞こえたのでしょうかね。
貴方は酷く顔を歪ませて、何もないアスファルトの地面を見ています。
――でも、私には関係の無いことですよね。
だって私にはそんなものは見えていないのですから。
だから、悲しくもないんです。
――目覚めは最悪でした、嫌な夢を見ていた気がします。
思い出したくも無いような、嫌な夢でした。
べったりと寝汗で服がくっついてます、悪夢だったみたいです……。
死ぬかもしれないとか言われちゃった所為かな……? それとも何か別の理由があるのかな?
「――……残酷」
何が残酷なのか、彩萌にはよく分からなかったけど気付いたら口に出していました。
なんだかよく分からないのに悲しくなってきます。
とってもとっても、最悪な気分です。
ベッドからおりる気が出ません……、着替える気も出ません。
壁に背中をつけて、頭を抱えて座りこみます。
無気力になってしまいました……、うぅ。
「死ぬのはイヤ、でも神様に殺されるのもイヤ……わんことか猫さんとかウサギさんとかになったらヤだなぁ」
……山吹君に嫌われたら、イヤだなぁ。
――……暗く考えちゃダメだよ、ほら彩萌の体が変わったら外に行けるよね!
っは……!? 彩萌の顔が変わったら……どうしようっ、誰も彩萌だって気が付かなかったらさびしい……。
だって、しーちゃんみたいな感じになる可能性もあるんだ……。
彩萌は魂が魔力を拒絶してるから、きっと体が変わっても魔法使えないから……人になれないよ。
うぅ、幻想世界なんて来なければよかった……かもしれない。
山吹君のことは好きだけど、山吹君のために死ねるかって聞かれたら彩萌は答えられないもん。
世界のためとかもっとよく分かんないもん……。
「おかーさん……たすけて」
お家に帰りたい……、お母さんが作ったご飯食べたい。
好き嫌いもうしないから、ちゃんと嫌いな物も食べるから許してよ。
ごめんなさい山吹君、彩萌は山吹君よりもお母さんが好きだよ。
いま山吹君なんてどうでも良いからお母さんに会いたいって思ってる、お母さんが良い……。
学校行きたいし、お母さんのご飯食べたいし……。
死んじゃうのも、体変わるのもヤダぁ……。
「彩萌、もっと良い子になるからぁ……お家に帰して」
彩萌の泣き言に何かを言ってくれる人もいません。
誰もいません、誰も助けてくれないのです。
彩萌は、一人で頑張らないといけないのです。
だって、彩萌の世界はこの世界とは違うのです。
彩萌は幻想世界にいるけど、現実世界で生きているのです……。
現実世界では山吹君が変な人だったけど、幻想世界では彩萌が変な人なのです。
唯一無二の存在と言うのは特別ですけど、一人ぼっちなのです。
知ってたけど、なってみたら想像よりも辛いのです。
この世界では、彩萌が宇宙人だったのです。
「彩萌ちゃん……ごめんね」
いつの間にか、ディーテさんが来ていたみたいです。
始まりは、この人だった気がします。でも元凶は、神様だと思います。
でも神様もディーテさんも世界のためで、彩萌が怒るべき相手では無いのです。
じゃあ、彩萌の悲しみと怒りはどこにやったら良いのでしょう?
ディーテさんは彩萌に優しくしてくれるけど、本当は世界のためなのです……。
何一つ彩萌のためじゃないのです、この人の言う彩萌のためには世界のためになんです。
精霊のみなさんはそうなんです、そう考えるように作ったのは神様です。
気付いてしまうと、つらいのです。
ディーテさんは本気で彩萌を心配してくれているけど、根っこにあるのは世界のためなんです……。
彩萌を通して、世界を見ているのです。
「触らないで、……こないで」
ディーテさんは、悪くない。
でも、ディーテさんは世界のために生きているの。
彩萌が死んだほうが、世界のためになるの。
優しいけど、殺しても良いって神様に言われてる。
彩萌が穢れを振りまいてるって知ったら、……殺されちゃうかもしれない。
背中を触っていた手ははなれて、ディーテさんはベッドのすみっこの方に座りました。
きっと、誰も悪くない。彩萌の運が悪かったんだ。
だってだって、並行世界の彩萌はこんなことにならなかったんでしょ?
初めてのことだって神様言ってた。
だからやっぱり、彩萌の運が悪いんだ。
「――……あのね、彩萌ちゃん。なんて言ったら良いのか……、別に俺の所為にしても良いんだよ?」
ディーテさんの言葉を聞いて、彩萌はどうしたら良いのか分からなくなります。
彩萌の考えを読んだんですね……、じゃあ彩萌が穢れを振りまいてるの分かったんですね。
彩萌は死にます、本当に死ぬか分かんないけど、もう一度死にます。
神様が別の体を作ってくれるらしいけど、成功するか分かんないから死ぬってことにしておきます。
さようならディーテさん、仲良くしてくれてうれしかったです。
心配してくれてありがとうございます。
完成した聖女も、大事にしてほしいです……。
そんなことを考えれば、息を飲む声ってやつが聞こえた。
「彩萌ちゃん……」
「山吹君にはあとであやまっておいてください、……会うのが怖いから」
「もっと……我儘言っても良いんだよ? 家には帰してあげられないけど……」
「からあげとか、ご飯とか……お母さんの味が食べたい」
ディーテさんは、彩萌に近づいてきました。
彩萌の髪の毛をぐしゃぐしゃにしながらかきまぜて、彩萌の顔を上げさせます。
「あんまり擦ると赤くなっちゃうよ、……ごめんね彩萌ちゃん、お兄さんは無力です。直す事も出来なければ、神様を説得する事も手伝う事も出来ないのです」
「……しょうがないです、彩萌の運が悪いんです」
「でもね、お兄さんは彩萌ちゃんを殺すなんて事は絶対にしません。たとえ彩萌ちゃんが穢れを振りまいていてもです。それに神様はきっと、上手くやってくれます! もし彩萌ちゃんが人間じゃなくなっても、別人になっても、老人だろうが男性だろうがよく分かんない何かだったとしても見付けてあげます! だってお兄さんは彩萌ちゃんの友達だし、おばあちゃん的存在だからね!」
ディーテさんは……やっぱり彩萌の第二の家族でした。
幻想世界では、精霊さんたちが家族で故郷なのかな。
もう現実世界には帰れないから、早くそれを認めて納得したいです……。
そうじゃないと彩萌がつらいから、ディーテさんも悲しいから。
ちなみにディーテさんが作ったから揚げとかは美味しかったけど、母の味ではなかったです。
彩萌は生まれ変わります……、もう死ぬって言わないようにします。
それでも彩萌の心はゆううつです。
――アヤメちゃんの魔法日記、四十七頁




