狂犬に噛まれる
三日目です、ユースくんはそろそろ本物のきらきらが見たいと言うことで旅に出ました。
ユースくんはあれですね、星空と共に生きる男なのです。
なんかカッコいいですね、星空と共に生きる男……。
ハードボイルドな感じがします。
まあ、彩萌はハードボイルドの意味よく分かってないんですけどね。
彩萌はというと、何もしないのはどうかなって思って一応はちょくちょくと世界平和を祈っています。
こんな密室で祈って意味あるのかな? なんかすっきりした気分にはなるけど。
本を読むのは良いのですが、彩萌も外が見たい……。
どうしても、外の空気が吸いたいです。
しーちゃんに会いたい、山吹君に会いたい。
そういえばここは密室だけど、昔みんなが作った非常用脱出径路はあるのかなー?
たしかあれは、彩萌じゃなきゃ開けられない魔法がかけられてたっけ?
さっそく彩萌は、脱衣所に向かうのです!
「脱出けーろー、だっしゅつけーろー……けーろけろけろけろけろけー」
ばしばしと床を叩きますよ、はしっこの方ですのよ~。
これね、彩萌じゃなきゃ開けられないんですって。
うふふ、なんか冒険家になった気分ですよー。
一人だと寂しいから、テンション上げないとやってけないよねー。
ぱかって開けばあら不思議! 隠し階段がありますよ!
覗き込めば暗いけど、彩萌が階段を下りればランプがともる! 不思議!
……はぁ、なんかむなしくなってきたから無理にテンション上げるのやめよ。
それにしてもなんで埃とかつもってないんだろ? 魔法かな?
なんか、増築されてるみたいで分かれ道がいくつかあった。
彩萌は感で突き進みます、今日の天気はなんだろな~雨かな? 曇かな? 晴れかな?
もしかしたら雪かもね~、この島国あったかいけどー。
しばらくすれば扉が見えてきました、ゴールです!
何処につながってるんだろ? 怖い人がいなければ良いけど。
ぱかって開けば……うーん、ここも本がいっぱいあるなぁ。
誰かがさっきまで居たのかな? 机の上に本とか紙とかがありますね。
ふりかえれば、扉はしまって本棚になってました。
本棚自体が扉なんだ? じゃあこの部屋の本棚は動かせないね。
ふかふかのソファもあるし、机は大きいし……椅子も豪華でふかふか!
窓の外を確認すれば、晴れでした。
あー、綺麗な海が見えるよ。
彩萌は泳ぐの苦手だから、海行ったら砂浜で穴掘ったり山作ったりしてばっかりですよ。
だって人いっぱいだからおぼれたら怖いです、ふまれそう……。
だから彩萌は川派ですよ! 虫はゴキブリ以外ならけっこう平気ですから!
バーベキューとか楽しいよね、魚釣ったりね。
そういえばお姉ちゃんは魚も餌もさわれないんだよね……、あのお姉ちゃんが乙女になる瞬間ですよ。
けっこう悲鳴が可愛いお姉ちゃん……、でもゴキブリは容赦なく殺せるお姉ちゃん……。
元気かな、お姉ちゃん。
そんな感じで、彩萌がのすたるじーな気分にひたってると首に冷たいものが触れたんです!
びっくりしました、内臓を吐き出すところでした。
「なーんでこんなところに居るのかな~? 彩萌ちゃんったら……悪い子だったのねー?」
「あ……う、レニ様……ごめんなさい、冷たいです」
冷たいものの正体は、レニ様の手でした。
なんかー、すごい冷たい。冷蔵庫に入れたお皿くらいに冷たい。
ぴたぴたと、彩萌の首を触ってるんです。なんか首絞められそうで怖いです。
「どうやってここまで来たの? ちょっとトイレに行った隙に入り込むなんて……、何したのー?」
「非常用脱出けーろを使ってここまで来ました」
「ふーん……、そんなものがあったんだねー」
そう言って、レニ様は手を離してくれました。
あー……、冷たかった。
ふりかえれば、頭に犬の耳が生えたレニ様が……ん? 犬の耳?
……あれ? うん、レニ様喜んでる様子じゃないよ?
――……怒ってる? なんか、怒ってるの?
ど、どうしよう。怒ったら噛み千切られちゃうのかな!?
彩萌の所為で怒ってるのかな!? は、早く帰らなきゃ……。
「ふふふっ、レニ様は彩萌ちゃんに怒ってるわけじゃありませーん。ただ忙しくってちょっとイライラが溜まってる感じよ」
「そ、そうですか……良かったです?」
「今一区切りついたとこなのよー、――あ……そうだ、悪い子にはお仕置きしないといけないよねー」
お仕置きですか、彩萌はお説教が良いなぁ。
お仕置きって言うとなんか痛そうなんだもん、普通に怒られたいです。
まあ怒られたくはないですけど。
「そーそー痛いやつー、彩萌ちゃんちょっと腕貸してよ~噛むから~」
「嫌ですよ、痛そうだし……汚いし?」
「すぐ洗えばいいじゃない、痛くてもすぐ治せるから大丈夫よ~」
レニ様の歯……すっごいとんがってますよ!
噛まれたら痛いじゃすまないですよ……、血が出ちゃう。
「そこまで強くは噛まないけど、でも流血するくらい強く噛みたいよね~」
「やっぱり、レニ様は狂犬なんですね……」
彩萌が呟けば、レニ様はじーっと彩萌を見てるんですよ。
首の辺り……、ヤバイよ。なんかシベリアンハスキーみたいな目になってるよ。
「彩萌ちゃんってー、なんか美味しそうよね~。これも聖女様の魔物に好かれる力の所為なのかな?」
「好かれる力なのに、食べられそうになるなんて間違ってる!」
「好意が食欲か親愛かなんて、人によって違うって事じゃない?」
レニ様は……人を食べる悪魔なの?
えっ、そんな悪魔が国の偉い人で良いの?
ど、どうしよう。こんな悪魔らしい悪魔に会ったの初めて……これまでの人生で悪魔に会ったのはレニ様ふくめてたったの三人だけど。
レニ様はにこにこ笑ってるんですけど、目が笑ってないってやつです。
な……、なんか怖い。どうしよう。
「彩萌ちゃんを食べちゃったら、ディーテ様すごーい顔するかな~? というか精霊を怒らせちゃうよねー、どうなっちゃうのかな~? レニ様興味津々なのー」
「っほ……本気ですか?」
「ふふっ、悪魔だもん。悪いことしちゃう魔物だもん。良心も無ければ罪悪感も無いのよ、楽しいことが好きなの」
ぴたぴたって、また首を触るんですよ。
本当に冷たいです、するどい爪が当たったり当たらなかったり。
さっきよりも力が強くて、ちょっと苦しい。
ど、どうしよう。やだ……どうしよう。
「ふふっ聖女様なんて一人しか居ないからすぐ殺しちゃったら勿体無いよねー、ちょっとずつ食べても良いかもねー。でも贅沢に一気に食べるのもありかも?」
彩萌食べられたくないー! やだ――っ!
叫びたいのに、なんか喉が変になっちゃって声が出ないです。
窓辺に居た所為で逃げ道が無いです! 外見たいなんて思わなきゃよかった!
「っぷ、うくく……うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! 彩萌ちゃんマジビビりウケるー!」
えっ……、うん……。
……えっ? ドッキリです?
あ、悪質だー! 悪質すぎますよっ!
本当に怖かったんですよ! レニ様の目とか、目とか目とか!
「うふふ、なんかちょっとスッキリしたかも~」
「うぅ、うううううー! このーばーかばーか! 信じらんないですよー」
「ふふーん悪魔の言い分を信じる方が悪いんですよ~、レニ様悪くないもーん」
いつも通りのレニ様に戻っていました。良かったです。
耳は生えたままだけど……、ちょっとご機嫌だから良いのかな……?
もう……、レニ様ヤダー彩萌帰るー。
彩萌はでてきた本棚に近付いて、ばしばし叩きました。
そうすれば扉は開きます、もうレニ様のとこには来ない。
「怒った~? 彩萌ちゃん怒ったの~? 怒った顔も可愛いよ~?」
「……ディーテさんにチクるー、絶対チクるー」
「いいよ~、チクっちゃえばー? レニ様痛くも痒くもないもーん……帰っちゃうの~?」
そうだよ、彩萌は帰るんだよ。
彩萌がくらーい脱出径路に戻ろうとすれば、ぐいーってレニ様は引っ張るんです。
このやろー、彩萌は帰るんだよ。邪魔しないでください。
「もー、彩萌はレニ様が嫌いになりました。だから大人しくお部屋に戻りますから、はなしてください」
「えーだめー、レニ様は彩萌ちゃんとすっごく仲良くなってディーテ様に嫌な顔させるって目的があるんです~、だから仲良くしてよー」
「彩萌はディーテさんが好きですー、レニ様は嫌いですー」
「いやー嫌われちゃったぁ! レニ様悲しいなぁ!」
悲しいとか言ってるくせに、すごい嬉しそうなのはなぜですか。
なんか前にもこんな感じのことが会ったような気がする……。
そのままソファに座り込むんですけど、彩萌はレニ様の膝の上です。
逃げられない……! 座り心地悪いですよ。
「レニ様も彩萌ちゃん大嫌いなの、本当に、永遠に寝てればよかったのに」
……突然、ふざけた口調じゃなくなって彩萌はどう対応すればいいのか分からなくなりました。
レニ様なに考えてるか分かんない、でも……そっかぁ、彩萌嫌われてるのかぁ。
だからあんなひどいドッキリしたんだ……。
「ディーテ様ったらずーっと彩萌ちゃん彩萌ちゃんなんだもん、しかもレニ様の事拾ったのだって彩萌ちゃんの番犬なんだもん、だからレニ様は彩萌ちゃんが大嫌いです」
「……嫉妬ですか?」
「彩萌ちゃんに酷いことしたなんてチクられたらレニ様捨てられちゃうー、捨てられるのは悲しいです。もう捨てられたくないのです」
「だからチクらないでー」とレニ様は悲しそうに言います。
捨てるとは思わないけど……、怒るかもしれないよね。
うん……、そっかぁレニ様は反抗期だけど忠犬なのかな?
命令を守りたいけど、それがすごい嫌な事で苦しいのかな?
それは辛いかも……。
「ディーテさんにそう言えば良いのに、ディーテさんなら分かってくれますよ!」
「やだーレニ様悪魔なのよ~、それにディーテ様の愛はいらないですー」
うん? どういうこと?
あれ、ディーテさんが彩萌のことばっかり考えてるからレニ様は寂しい思いしてたって話じゃないの? それなのにディーテさんの愛はいらないの?
じゃあ、レニ様はどうしたいの?
「……ふふっ、悪魔の言い分を信じるのは悪いことだーって、レニ様さっき言ったのにね~」
「いっ……ったーい! 痛い痛い痛いっ! レニ様痛いです!」
がぶって! がぶってレニ様が彩萌の肩噛んだーっ!
すごい痛い! えぇっ、さっきの嘘だったの!? やだー、レニ様やだー! 信じらんなーい!
「レニ様彩萌ちゃんのこと別に嫌いじゃないですー、ディーテ様の事は大っ嫌いだけどー」
「あうぅ……、血が出てるー……痛いです。もうレニ様本当に大っ嫌いです」
「えへへ、レニ様嫌われちゃったなぁ! 悲しーなぁ!」
本当にすぐに治ったけど、マジいてぇです。
このやろー……、レニ様の事絶対ディーテさんに言うから! もう許さないから!
もーっ、スケルトンキングの骨でもかじってればいいのに! フレンジアさんがいっぱい持ってきてくれてたじゃん!
「でもレニ様が彩萌ちゃんの番犬なのは本当のことだよ」
「こんな番犬いらない! 彩萌帰る!」
彩萌は逃げるように、脱出径路に戻って行ったのさ。
もう絶対にレニ様の言葉は信じないし、もう絶対にレニ様は好きにならん!
仲良くもしてやんない! 彩萌は決めましたからねっ!
治ったはずなのに、まだ肩が痛い気がする。
よく見たら、ちゃんと治ってなかったです……。
あー……、そういえば彩萌は魔力が合わない体なんだっけ? だから調整したのかな?
魔法かけられないような体の人を噛むなよ! レニ様サイテー!
狂犬なんて、悪魔なんて嫌いだ――ッ!
――あやめちゃんの魔法日記、四十四頁




