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月並亭にて。  作者: 灯子
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05



山奥のひっそりとした無人駅を降りる。駅の時計を見るともう8時を回っていた。

真夏だからこそまだ日は落ちて間もなくまだ暗闇は深くないが、これが冬だとそうはいかない。静かな場所が好きなかなめでも、夜の不気味な静けさは苦手だった。


駅の外は一面の田畑。


今はぽつぽつと灯る外灯の光が薄っすらと田畑を照らすのみだけれど、朝になると辺りは緑で溢れかえる。

都会のビルに埋もれて毎日を忙しなく過ごして来た定年前のおじさん達が、無条件に憧れて『老後は此処で』と夢想する様な典型的な田舎。

実際住んでみると分かるだろうが、田舎は田舎で当然ながら不便なのだ。こうやって毎日電車で片道1時間半かけないと高校に通えない様など田舎は、コンビニすら車で30分かかったりするものだ。



それでもかなめはこの村が好きだった。


帰る家までは駅からそう遠くない。暖かい灯が硝子窓から漏れている、昔ながらの瓦屋根。

玄関の引き戸は若干滑り辛くなっていて、少し引くのに力がいる。



「ただいま」


きっと、この時と朝の「行って来ます」が一番大きな声を出す時だとかなめは思った。



「おかえり、かなちゃん。遅かったねぇ」


「ごめんね、おばあちゃん。日直の仕事があって」


「おやまあそうかい。大変だったねぇ。早く上がっておいで。ご飯食べよう」


「待っててくれたの?」


「ばあちゃん一人ご飯突っついてもなぁんも楽しくないからねぇ。かなちゃんがおらんとねぇ」


「ごめんね。ありがとう」



何を言うかい、と夕飯を待っていた事をさも当たり前の事と言う様に、にこにこと楽しそうに笑って手招きをする。

そのままスリッパを引きずる様に音を立てて、台所の方にゆっくりと向かう祖母。

急いで靴を脱ぎスリッパに履き替えたかなめが、若干曲がった腰に手を添えてあげると、祖母は「ええよ自分で歩けるから」と笑った。



かなめは祖母と二人でこの古い家に住んでいる。


正しくは、かなめが祖母に引き取られて住まわせてもらっているという形だ。

両親はというと、いない。かなめがほんの3、4歳くらいの時に二人とも事故で亡くなったのだと祖母が教えてくれた。

その時に引き取ってくれたのが祖母だった。祖母の夫である祖父はもっともっと昔に亡くなったそうだ。

だから物心着いた時から祖母との二人暮らしだった。

収入は亡くなった両親の遺産であったり祖母の年金だったりでかなり少なくはあったが、畑があり近所付き合いもありで食費等諸々が浮くため、生活費は驚く程少なく済んでいる。

学費は奨学金、交通費は土日のアルバイトで賄えば案外十分に生活出来る。

そうやって毎日細々として質素ながらも楽しく生活してきた。



「お味噌汁あっためたからね。今入れてあげるね」


「いいよ、私入れるから。おばあちゃんは座ってて」


「何を言うかい。かなちゃんは先に着替えておいで。お風呂も沸いてるからね」


「あ、ほんとだ。制服のままだった」



制服のまま夕飯にする所だったのを祖母に指摘されて、おかしくなって素直に祖母の言う通りにする。


自分の部屋に入り、昔ながらの紐を引っ張るタイプの蛍光灯を点ける。いつも通りの部屋にふう、と一息零したら、途端に2、3時間前の出来事が思い出された。




『やっと会えましたね。あのときの黒猫さん』




金城――もう、それが本当の名前なのかどうかすら分からない存在が、そう言った。


何が何やら分からない。彼は普通の人間ではなく、一角獣ユニコーンであるということは無理やりだが了承した。

非現実的な事が実際に目の前で起こったのだから、信じない訳にはいかない。

でも一つの非現実を信じてしまえば、途端に他の現実が辻褄の合わない非現実の様に思えてきて、かなめはもうずっと混乱している。


何よりも自らの口が覚えの無い事を口走った。

それが一番かなめを混乱させる要因だった。



『―――猫のままでは駄目だから、人間になって』




金城に催眠術でもかけられたのか。


その可能性もあるけれど。それでも腑に落ちない。


確かに自分の意思で出た言葉だった様に思う。例えそれがかなめ自身意味不明な内容だとしても、言わされた訳ではない。




(本当に、私も…)


人間ではない、のだろうか。




かなめはあまり幼少期の事を覚えていない。幼い頃は塞ぎ込んでいたからと祖母は言う。

それでも確かに祖母と供に生活して来た軌跡があり、『この世界の住民ではない』なんて事を突然言われても釈然としない。


それでも自身の奥深くに眠っている何かが震え出し重い瞼をもたげそうになっている感覚がかなめを支配する。

催眠術ではないにしても、金城の誘導に乗せられたのだと結論付けるにはまだ何かが引っかかる。

まるで彼の言う通り、本当に何かを忘れてしまっているのではないかと。




「元気がないね。疲れてるのかい。今夜はお風呂早く入ってすぐ寝なさい」


遅くなった晩御飯はいつも通り美味しかった。

しかし一緒に食べると言ったはずの祖母の茶碗と食器を見ると、ごく少量のおかずしか盛られていない。しかもほとんど手付かずだった。


「おばあちゃんこそ、全然食べてないじゃない」


「ちょっとね、お昼によもぎ餅を頂いてねぇ、食べ過ぎたから」


「…そっか。片付けするから先に寝てて。お風呂はもう入った?」


「いんや、まだだよ。ばあちゃんは後でいいから先に入りなさい」


「ううん。おばあちゃん先に入って。もう9時前だよ。朝起きれないよ」


「年寄りは鶏が鳴く前に起きてしまうもんだからね。でもそれじゃあそうさせてもらおうかね」


「うん。遅くまでありがとう」


「いいやいいや~。私の孫は本当にええ子やねぇ。かなちゃんがおってくれて私は幸せだ」




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