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月並亭にて。  作者: 灯子
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04

「は、離れてください!」


「嫌、だと言えば?」


「何を…セクハラで訴えますよ!」


「安心してください。僕はかなめさんの味方です」



いきなり抱きついて来るような男がいくら『味方です』なんて言っても何の信憑性もない。

曲がりなりにも自分の教え子に手を出すなんて。



「僕たちにはもう、『学校』だとか『教師と生徒』なんていうものは関係がないんですよ。僕は元々この世界の住民ではない。そして貴女も」



突然の事に混乱しているかなめの思惑を見透かして、強張る耳元を覆う様に金城が低い声で囁いた。

かなめの肩に顔を埋めて深く息を吐く。その熱さに戸惑った。


『貴女も』とはどういう意味なのか。

問いたいのに、声が出ない。少しでも横を向いてしまえば金城の頬に唇が触れてしまう。今までそんな近くに異性を感じた事が無かった分、異常なほど緊張してしまう。

自分の腰を覆う腕を解いて突き放したいのに、動けない。



「わ、私もって、何ですか」


「貴女も僕と同じという意味です」


「それって…」


「今は全てを覚えていなくてもいい。ですがきっともうすぐ思い出します。いえ、思い出させてあげます」



熱い息と視線がかなめのそれを絡め取る。

今は人間の姿なのに、目前に迫った瞳があの深い藍色に見えて惹き込まれてしまう。



「待って下さい!わ、私が何を忘れてるって言うんですか?それに猫が苦手なのがどう関係あるんですか?」


「貴女が猫を苦手と思うのは何かきっかけがあったのですか?」



質問に質問で返されるとは、なんとも煮え切らない男だ。

しかし一応返事をする。



「きっかけと呼べるような出来事は…特に無いですけど」


「つまり、生まれた時から苦手意識を持っていたと言う事ですね」


「そういう事になるのかもしれませんけど…だからそれが何なんですかって聞いてるんです」



真面目だった顔が、またにこにこと胡散臭い笑みを作った。

その代わりあの不思議な熱と距離が離れ、かなめはほっと息を吐いた。

胡散臭いと思っていたこの笑顔の方が、さっきの熱っぽい藍色の瞳の真面目顔よりは何倍もマシだと思ってしまう。



「貴女は自分の事が好きですか?」


「はい?また突拍子もない」


「で、好きなんですか?」


「好き、な訳ない」


「何故?貴女はとても魅力的ですよ」


「そんなことない。私は何も出来ないし誰の役にも立てない。何の力も持っていない。私なんか嫌い。あの人の代わりに私が死ねば良かったのに」



はっとした。

今、何を言ったのだろう。



―――あの人の代わりに私が死ねば良かったのに。




「それなら、何故貴女は今生きているのですか?転生までして」



この男の言っている意味が分からない。


分からないのに、その問いに対する答えが口をついて出て来てしまう。




「それは、助けたかったから。もうあんな失敗はしたくない。今度こそあの人の為に働くの。だから、猫のままでは駄目だから、人間になって…」




今度こそはっとした。口許を両手で覆い、その先の言葉を呑み込む。



(私、今何て言った?)




―――猫のままでは駄目だから、人間になって




「ええ、やっと会えましたね。あの時の黒猫さん」



にこにこと小首を傾げて笑う男を前に、かなめは信じられない思いで突っ立っていた。


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