03
「・・・・・・は?」
たった今起きた理解不能な事態に対して、何とか搾り出した言葉がこれだった。
人間、心底驚いた時にはまともな言葉など出てくる筈がないのだと痛感した。
何がどうなってるの? なんて言葉、いくら待っても一向に出てこない。
「かなめさん、僕ですよ。金城ですよ。おーい大丈夫ですか?」
だというのに、こいつは相変わらずへらへらにこにこと笑いながらぺらぺら喋っている。いい加減にして欲しい。こっちがどれだけびっくりして言葉を失っているか。それでも人間か。
否、人間ではない。
目の前の、白と金でかたちどられたしなやかな体躯は、人間のそれとは程遠い。
これは馬だ。角が生えた馬。ホース。それも見たことも無いくらい綺麗な・・・
「あ、叫んでも良いですよ。バリア張ってますから外には聞こえません」
叫ぶ気なんか失せた。
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目の前にいた一角獣は、本当に金城自身だったらしい。
こんなファンタジーみたいな現実があってたまるか、これは夢なんだ、でなければ読書のし過ぎと寝不足で疲れているだけだ、うんそうに違いない。
と無言で頭の中を整理していると、またもや目の前でそのしなやかな体躯がいっそう輝き出し、シルエットが上に伸びた。忙しなく瞬きをしているといつの間にかそこには元の金城がいた。今度はちゃんと人間の姿で。
目の前でそれを見せられたら、まだ信じられないけれど信じない訳にはいかない。
この金城という男は、やはり只者ではなかったのだ。当初感じていた様な違和感とはまた全然違う方向の“只者ではない”だけれど。
いや。“全然違う”という訳でもないかもしれない。
何故なのかは分からない。
けれど、あの一角獣の姿が脳裏に焼きついて離れない。
遠い昔、夢か何かで見たことがあるのだろうか。デジャヴとは脳の誤動作だと言うが、それなのだろうか。
私はあの動物を知っている?
「先生・・・は、何なんですか?・・人じゃないんですか?」
「人だけど人じゃない、かな。もともとはあっちですよ」
“あっち”と言うのは、一角獣の事なのか。
「本当の姿はあっちだと言った方が良いかな。最も、今は人間に転生したんですけど。僕の場合力が強すぎて昔の姿に自由に戻れるんですよ」
僕、すごいでしょう。 などと笑顔で言っているが、今さらっと理解不能なことを言った。この男は。
「転生って何?前世とかそういう話ですか?」
「端的に言うとそうですね。しかし前世云々はただの前世でしかありませんが、僕の場合は僕自身がそのまま生まれ変わったという形になります」
つまり、記憶も何もそのままで、体だけ変えてタイムスリップしてきた、と言った感じだと金城は朗らかに説明した。
「やはり信じられませんか」
それはもちろん。
しかし変身の現場を自身の目で見てしまったのだ。
あの角の生えた馬のような生き物は、確かに生きていた。張りぼての着ぐるみなどの様なちゃちなものではなかった。金色のたてがみはふわふわとそよぎ、透き通る様に白い身体と細いながらもしっかりとした首のラインに流れていく。
深い藍色の澄んだ瞳、水晶の様な長い角。
信じられないけれど、これは現実だった。
そして何故かは分からないが、確かに感じた既視感。
「信じ・・ます。仕方ないですし。見てしまったものは」
担任がまさか伝説上の生き物であるユニコーンだったなんて、そもそも誰かに言い振らした所で誰も信じる訳が無い。
自分が変に思われるだけだ。
「なら、僕の質問にも答えて頂けますか」
「え。はぁ」
「・・・僕のあの姿を見て、何も思い出しませんか」
正直に伝えた方がいいのだろうか。
いつもふざけているようなにこにこ顔が止んでいる。今朝、教室の入り口で見せた顔と同じ。
「どこかで見たような感じ・・・でも、思い出せないしただのデジャヴかもしれない。それに・・・」
「十分です」
気づけばかなめは金城に抱きしめられていた。