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「かなめさん」
何をしているのかと思えば、金城は縁側に座っていた。
落ち着き払ってじっとかなめを見つめる。
「学校からそのまま来たんですか?」
「来ちゃいけませんか」
「…いえ。そんなことはまったくありませんけども」
“けども”と言うあたり、何か怪しんでいるのだろうか。金城は膝に肘を立てて頬杖を付いた。
何故か気まずい。目の前の男に穴が開く程見つめられていれば当たり前ではあろうが。
まだ開店してはいない彼の“カフェ”は、純和風の民家を改造したものだが、案外本格的な造りに完成している。
このように外面は完成したのだが、まだ肝心のメニューの案を考えている途中であり看板は出していない状態だ。
「…まあそれは良いですけど、そんな所に突っ立ってないで」
ポンポン、と自分の隣を軽く叩いてかなめに座るよう促す。その笑顔にまた何故か気まずくなってしまったが、かなめはおずおずと近づいて彼の隣に浅く腰掛けた。
かなめが座ったのを満足そうに笑う隣の男を直視出来ずに俯いてしまう。
「実を言うと、貴女が此処に来る事は分かっていました」
「え…」
「少しだけ未来が見えると、僕は以前貴女に言ったでしょう?」
金城が珍しく目を伏せて、頬杖を付いている手の平で口元を隠す。
「貴女は今日、夢を見たでしょう。その夢の所為で不安になった貴女が僕の処に来る未来を見ました」
その通りだった。今日、学校で見たあの夢。決して楽しいものではない目覚めの悪い夢。
今までは自分の前世に関する夢は金城と接触する事によって見る事が出来た。それも金城の“記憶を送る”意思がなければ見る事はなかった。
彼はむしろ最近はかなめに夢を見せようとしていなかった。意図的に見せないようにしているのだろうとすら思わせる程、彼は接触して来なかった。
それが今日突然見たものだから。それもかなめにとってはまた謎の残る内容だったから。
「そうです。今日、ある夢を見たんです。でもあれは先生が見せたんじゃないんですか」
「はい。僕ではない」
じゃあ誰が?それとも私が自力で見たというだけの事だろうか?
「貴女に言いたくは無かったのですが」
はあぁ、と重々しく溜息を吐いて瞑目する。
数秒待ったのだがなかなかその内容を口にしない金城は、意を決したように向き直りかなめの両手を握った。
「僕の、貴女の目的を邪魔しようとしている者がいます。今まで上手く空間の隙に隠れていた様です」
一瞬彼が何を言っているのか分からなかった。
(私の目的を――邪魔しようとしている者?)
ここ暫く、全てが上手く行っていた。
祖母の手術は成功し、祖母と二人のいつも通りの生活に戻った。彼女のガンは早期発見のため再発の可能性も限りなく低いという結果に収束したのだ。
そのせいか、もうすっかり困難を乗り越えた気でいた。このままずっと彼女と暮らせると、その幸福に酔いしれていた。
甘かった。
乗り越えても、次があるのだ。
何故こうも上手くいかせてくれないのだ。次から次へと芽吹く悪の種。目の前の芽を摘み取るのに必死になって、背後で伸びていく茎を薙ぎ倒せないでいる。
「…まるで呪いだわ」
金城が目を開いてかなめを見た。“呪い”という言葉に反応したのだろうか。
「…そんな風に思うのは止しなさい。今回は僕がいます。僕が助力します」
まるで自身が傷ついたかのように辛そうな顔をして、かなめの手をまたきつく握り締めた。
その拘束に漠然とした心地良さを感じてしまう、自分は終にこの男に落ちたのだろうか。かなめは分からなくなった。
利用しようとして、もしかすると利用され返しているのかもしれない。けれどこの人は自分を利用しているのではないと確信しているのも確かだった。
ふらふらと眩暈がしそうになると、握られていた手の平が金城の口元に運ばれる。
そのまま指を食まれて、舌先で控えめに舐められる。下向きで睫毛を伏せた彼の整いすぎている顔を呆然と眺めていると、その姿勢のまま上目遣いでちらりとこちらを見た。
「僕が貴女を守ります。何があっても」
指を口内に含んだまま喋るものだから、熱い息がかかったその指先から呆けていた脳内まで一気に羞恥が走る。
逆流する熱が身体を拘束していく。その唇に触れているのは指先だけなのにまるで全身に口付けられているかのような。
「あ、あの、せんせい」
「晶、です」
「晶、さん。もう良いんじゃ、ないですか」
金城が首を傾げた。
「また記憶を送ってくれてるんでしょう」
唇に直接触れるのを避けての事なのだろうとかなめは解釈したのだ。
「…はあ。貴女というひとは」
ちゅ、と小さく音を立てて、やっとかなめの指は解放された。
大分間が開いてしまいました。申し訳ありません。