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月並亭にて。  作者: 灯子
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「この椅子は何処に置けばいいですか?」


「ああ、とりあえず向こうにまとめておいてくれますか」


腕まくりにエプロンといういかにも掃除をしていますといった格好で、数脚あるアンティーク調の椅子を室内に運ぶ。

かなめは今、金城の引越し先の改造の手伝いをしている。


「丁度良い所に丁度良い物件があったもので」と金城はいつものニコニコ顔で自慢気にこの家を案内した。それが彼の性質の悪い冗談だというのはもう感覚で分かる読めるようになってきていた。

この辺りには空き家など無かった筈なので、彼の力で“用意した”のだろう。実際本人もその様な事を示唆していた。

その新居というのが、瓦屋根で縁側のある昔ながらの造り。この純和風の家をカフェに改造するのだと言う。


「畳の張替えはもう終わりましたので、今日は洋室の方をいじっていきましょうか」


「あの…先生」


「はい、何でしょうか」


「私いりますか?これ」


手伝いに来たは良いものの、先程から大した仕事をしていない。金城は楽しそうに口笛など吹きながら大掛かりな作業をサクサクとこなしている。かくいうかなめは軽い物を運んだり掃き掃除をしたりと、一応動いてはいるが金城の手際の良さに圧倒され、然程これと言った作業に取り掛かれていない。


「当たり前です。僕のモチベーションが変わってきます」


「…私が居なくても先生は器用だから何でも出来そうですけど」


そう自分で言っておきながらその台詞が拗ねている感丸出しだと言う事に気づき気まずくなる。


「あれ、拗ねているんですか」


「っ!違います!」


にやにやと笑って心を読んでくる。苦手だ。やっぱりこの人は。

電球を取り付けていた金城が脚立から降り、恥ずかしさでそっぽを向いているかなめの隣に近寄る。


「申し訳ありませんでした。少し浮かれすぎていました。貴女が僕の傍に居てくれていると思うと」


金城がかなめに『一緒にカフェを営もう』と言った時、かなめは承諾の返事をしてしまった。正直に言うとその場の雰囲気というものが大きかったが、元々流されることの少ないかなめにとってそれは驚きでしかなかった。

しかしいきなり“一緒に営む”と言っても夏休みが終われば学校もあるし週末にはコンビニのバイトもある、やっぱり出来ないと言いかけた時、金城が


『ではまずはアルバイトとして雇います。もちろんきちんとお給料も出しますよ』


なんて言う物だから引き返せなくなってしまった。


『今のバイト先は遠いでしょう。此処なら貴女の家から歩いても10分とてかからない。貴女にとっても良い話だと思いますが』


と、まるで謀った様にうまい話を持ちかけてくる悪徳金融業者の様な甘い台詞を吐くのだ。あのいつもの爽やかな微笑で。

実際この話はかなめにとってありがたい話だった。家計の為にアルバイトは必須だが、とは言え毎週末を家から遠いコンビニで過ごす事に対して不安を覚えていた所だったのだ。

だからこの甘い話に乗ってしまった。コンビニのバイトを辞め、先週末からこの家の改造の手伝いをしている。

給料は出す、と言ってくれたが、しかしそれ相応の働きが出来ていないとかなめは心配になる。対価の為には謹んで労働を。くれると言っているのだからとそれにあぐらをかく事がかなめには出来ない。


「かなめさんは少し真面目すぎます。その真面目で誠実な所が僕は愛おしいのですが、誰に対してもとなると少し考え物です」


わざとらしくうーん、と唸りながら、手元では電球をくるくると回して布で拭いている。


「くそ真面目なのは生まれつきです」


普通に言おうとしているのに音となって出て行くその言葉はどうしても拗ねていたり卑屈だったりで、自分でも一体どうしたものかと呆れてしまう。


「そう。生まれつきです。元から貴女はそうだったのですから」


金城が隣のかなめに手を伸ばしかけ、ふとその手を下ろした。


「あはは、危なかった。貴女の髪に触れたかったのですが、よく考えたら埃やら何やらが沢山付いているので」


手に持っていた電球を磨き上げながら元いた場所へ戻る。かなめも椅子を運び終えていたので、再び掃除をしようと箒を持った。


「今は力仕事が多いので僕が馬車馬の様に動くしかありませんが、もう少し進めばかなめさんの女性としての勘なんかを使って貰いますので覚悟しておいて下さい」


それは彼なりのかなめへの気遣いだと言う事も、もう幾分か分かる様になってきていた。



.......



祖母の手術は無事、成功に終わった。

一時を争うという様な状態では無いにしろ、出来るだけ早いに越した事はないと言う事で週末に施術して貰う事になったのだった。


前日の金曜日に泊まって手術は翌日の予定だった。入院する前日までは祖母はいつも通り過ごしていた。家事もかなめがやると言っても聞かず、普段と変わらない生活だった。きっと彼女も何かしらしていないと色々と考えてしまうからだったのだろうと思う。

しかし流石に手術当日は祖母も緊張を隠せないでいた。まだコンビニでバイトしていたかなめはその日はバイトを休み、祖母に付き添った。

皺の増えたごつごつの手を握りしめ、『絶対大丈夫、大丈夫だよ』と何度も何度も励まして。なのに励ましている本人が一番不安だったのだった。

その不安は祖母にも握った手越しに伝わってしまっていたと思う。それでも彼女は笑って『ありがとう』と、『ばあちゃんがんばるからな』と、かなめを励まし返した。

付き添いの付き添いという名目で、入院の日に金城は車で病院まで連れて行ってくれた。歩いても近いのだが、数日とは言え入院の為に着替え等の荷物がいくつか必要だったからだ。

かなめも病院の手続きに関してはある程度理解していたが、大人の金城が傍に居た事によって幾分かスムーズに手続きを終える事が出来た。


当日、手術中の待合室では祈る様に一人両手を握っては放し握っては放しを繰り返していたかなめの横で、金城はただ無言で隣にいてくれた。何時間にも感じられたその待ち時間中は、二人とも一言も喋らなかった。


成功しない確率の方が低い、と言われていて分かっていても恐ろしかった。真夏なのに冷や汗が背中と胸の谷間を気持ち悪い経路で流れていった。



『終わりましたよ』と医者が言った後、ベッドで寝ている祖母を見てぼろぼろと涙を流した。良かった、ありがとうございます、ありがとうございます、と繰り返して。

『一度目の発作があった時にはこちらも分からなかった。ガンを見つけられず大変申し訳ありませんでした』

医者はそう謝ったが、金城が目配せをするには『時空の歪みがあり、医者が見つけられない様なタイミングのずれがあった』のだと言う。だから金城がその歪みとずれを直したのだそうだ。

だからこの医者は悪くないのだ、とかなめを説得する。しかし祖母が無事だったのだからもう怒る事などない。


祖母は何のことなく無事に目を覚ました。気だるげだったが笑っていた。




今はもう退院し、祖母はすっかり元通りの生活に戻った。

期末試験中だったかなめも難なく試験を終え、世間は夏休みに沸いている。

コンビニのバイトを辞め、金城の所で働く事を決めてから数日。

瑞々しく伸びた稲の緑と空の青と入道雲のコントラスト。8月を目前にして、かなめは言いようの無い心地よさを覚えていた。



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