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月並亭にて。  作者: 灯子
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祖母の調子が悪くなる日だと言うのに、金城の事が頭の中でぐるぐる回る。

随分と余裕なのではないか。知らない間にどれだけ彼の事を信用してしまっているのだろう。



ここ最近色々な事が起こり過ぎて忘れていたが、来週は期末試験が始まるために今日から週末まで比較的早めに授業が終わるのだった。

後任の、ではなく本来の担任はこれと言って特徴のない普通の中年男性だった。向こうは当然生徒であるかなめの事も知っている様だった。

偽者の金城先生がクラス全員の記憶から綺麗に抜け落ちている事意外は普段通りに時間が過ぎ、かなめは学校が終わるとすぐ家に帰った。


家に近い方の駅で電車から降りると、無人駅のレトロなベンチに金城が座っていた。かなめが一瞬固まっていると、それに気付いた金城が立ち上がって近づく。

満面の笑みで。



「おかえりなさい、かなめさん。お疲れ様です」


外国人がよくやっている、両腕を広げてハグをしようとしている態勢で近づいて来たものだから、本当に抱きつかれるのかと思ったが結局ハグされる事はなかった。

迎えに来てくれたのか。駅の前には今朝乗った車が駐車してあった。


「あの、祖母は大丈夫なんですか」


開口一番、聞きたい事はやはり祖母の事だ。何よりも大切な人。

不安はあったが、この男の分かりやすい程の笑顔を見ると大事は無かったのだろうと予想でき、安堵していたのも事実。

そして彼が言っていた“手を回すこと”とは一体何なのかも聞いておかなければならない。


「ええ。今回も事前に発作を止める事が出来ました。午前中にお祖母様をあの病院へお連れしました」


「本当にありがとうございます。…祖母は何か言っていましたか」


「そうですね。驚かれてはいましたが、かなめさんに頼まれたと言ったら了承して下さりましたよ。あ、あとかなめさんとの仲も聞かれましたね」


にやにやと隠しもせず笑う金城を呆然と見上げる。一瞬この人が何を言ったのか分からなかったが、理解したら顔が自分でも分かるくらい熱くなった。


「な、何を言ったんですか!?」


「聞きたいですか?」


「祖母に変なこと吹き込まないで下さい」


「分かっていますよ。安心して下さい。今はまだとりあえず“教師と生徒”の間柄という事にしていますから」


“今はまだ”という部分が非常に引っかかるが、この際文句は言えない。

こうやって軽口を言ってはいるが、本来はそういう訳にも行かないのではないかというくらいにこの男には借りがあるのだ。

事務的にやり過ごしてしまえば良いのに、自分は何故そうしないのだろうと疑問だった。


金城の車はこれで二度目だ。紳士然としてかなめが乗る側のドアを開けてかなめを座らせ、かなめから鞄をさりげなく取り後ろの座席に置く。

その一連の動作を終え、流れる所作で自身も運転席に乗り込む。


「そんな事よりもっと聞きたい事があるのではないですか?」


エンジンを付けながら見越した様に問いかけてくる。


「…祖母は何かの病気だったんですか。今日は大丈夫だったかもしれないけど、また頻繁に発作が起きるなら普通じゃないです。病院の先生は何て言ってたんですか」


「そうですね。ご病気でした。ガンです」


その言葉を聞いて血の気が失せた。

金城が満面の笑みだったからと一安心していた分が跳ね返る。



「ガンって!そんなの…」


何でこんな悠長に会話しているのだ。その事実があるのに、一体この男はどういう神経で笑っていたのか。

一気に怒りが込み上げて来る。この男を少しでも信用した自分が馬鹿だった、大馬鹿者だった。かなめは激しく後悔した。

怒りと後悔。髪という髪が逆立つ感覚を覚えた。


「本当ですか!?大丈夫なんかじゃないじゃないですか!だから学校なんか行かないって言ったのに!祖母は今何処にいるの?」


先程までへらへらと笑っていた金城が今更真面目な顔をしている。そんなのまさに今更だ。かなめは思わずハンドルを握ったままの金城の胸倉を掴んだ。スカートが捲くり上がって白い太ももが露になっているのも厭わず身を乗り出す。このまま一発殴ってやりたいとかなめは本気で思った。


でも違う、本当はこの人に腹を立てているのではない。祖母が危ない時に傍にいてやれなかった自分が憎いのだ。

そして祖母が本当に病気で、しかもガンだという事に動揺を隠せなかった。気付けばぼろぼろと熱い大粒の涙が零れていき、車のシートと金城のシャツを濡らした。



「…かなめさん、聞いて下さい」


「言い訳はいい」


「泣かないで」


「触らないで!」



自分は胸倉を掴んでいるのに、金城が涙を拭おうとするとキッと睨む。

胸倉を掴まれ睨まれた事に対してか、はたまたこの涙自体に対してか、金城は狼狽していた。瞳の色が黒から深い藍色に揺れる。

この光景は前にも見た事がある。不本意ながら思い出したのは彼とキスをした時の事だった。

しかし瞳の色はすぐに黒に戻り、金城は一つ息を吐いた。



「彼女は早期発見の為、一度の手術で完治するんです。今日はその手術の日程を決めてきました。言い方は悪いですが、発作がここ最近頻繁だったのが幸いしたのです。そのお陰で僕は気づくことが出来たんです」



泣き止まない子供にゆっくりと諭すような口調でそう告げる。

それでも逆上したかなめにとってはなかなかその意味を飲み込むことが出来なかった。

暫くしてようやく落ち着きを取り戻す。



「…つまり、祖母はガンだったけど、すぐに手術をすれば元通りになるって事ですか」


「そうです。だから大丈夫ですよ」



ああ…

良かった。良かった。

本当に良かった…


項垂れて大きな溜息を吐き出した。今度は安心から生まれてくる涙もぼろぼろと落として。

早くに見つけられて良かった。

でもまた次に不安が湧き上がってくる。手術は成功するだろうか?本当に完治するのだろうか?


「大丈夫です。発作が頻繁だった割には症状はほぼ進んでいませんでした。現代医学は進歩しているんです。早期に治療すればンは完治するものです。まああの発作は直接関係ないみたいでしたが今となってはこれを気付かせる為の警告だったのだと言えますね」


金城がにっこりと微笑んだので、かなめもつられて微笑んだ。しかしまだ自分が彼の胸倉を掴んだままだった事に気付けば慌てて手を放して謝ろうと口を開いた。

けれどその口を金城の人差し指がふわりと押さえた。



「すみませんでした。貴女をこんなに泣かせてしまった」


つい今の今まで微笑んでいた彼とは一転して、心の底から搾り出した様なか細い声で苦しそうにそう呟いた。

かなめはまた口を開こうとしたが人差し指が触れているままの唇が擦れて異様に恥ずかしくなり、言葉を紡げない。



病気に関しては詳しくない為、非現実的な所があるとは思われますがどうかご了承下さいませ。。

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