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月並亭にて。  作者: 灯子
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「おはようございます。かなめさん」



早朝、お弁当を詰めて制服に着替えていざ出発というところ。

何故うちの玄関前にこの男が立っているのだろう。満面の笑みで。


「どうしたんですかかなめさん?ああそうか。寝ぼけているんですね。まだ6時前ですからね」


「あらま先生!おはようございます。昨晩はどうもありがとうございました。何のおもてなしも出来んで」


「お、おばあちゃ…!」


「おはようございます。そんな、とんでもありません。久しぶりにとても楽しい夕食でした」


「な、何でこんな朝から」


6時前であっても空は既に明るく、開かれた玄関の隙間から蝉の鳴き声が漏れ入ってくる。

金城がちら、とかなめを見たと思うと何やら意味ありげな微笑が降って来た。しかし次の瞬間にはあの胡散臭い“爽やかな”笑みでかなめの祖母に向き直る。


「昨晩のお礼と言っては何ですが、かなめさんを学校まで送らせて頂けませんか。鈍行の電車では乗り換えの待ち時間もありますし、結構な時間がかかるでしょう。車でなら1時間あれば着くと思います」


「はい…?」


突然何を言い出すのだ。この男が突拍子も無い事を突然言うのにはやはり慣れない。


「まあまあ先生!そんなもん気遣わんで下さいな。先生も予定がありますでしょうに」


「いえいえ。僕も学校の付近に用があるのでついでということにはなるのですが」


「あの、ちょっと…」


「そうなんですかぁ。先生が良かったらそうしてもらえばありがたいですわぁ」



何なんだ、この置いてけぼり感は。

(おばあちゃん、すっかり先生に絆されて)


結局かなめは30分後金城に車で送ってもらうという事になった。

しかし案外この時間はありがたかった。いつも途中までになっていた朝食の片付けや洗濯干しなどの家事がこの30分で出来てしまう。

朝早く家を出ないといけないために出来なかった祖母の手伝いが出来、かなめは嬉しくなった。少しでも祖母の負担を軽く出来たのだから、素直に金城に感謝する。


「それじゃあかなめさん。行きましょうか?」


この間、かなめは祖母と居間で茶を飲んでいた。片付けをするかなめに祖母は置いておくように再々言ったがかなめは聞かなかった。

手持ち無沙汰になった祖母が金城と話をしていたという訳だ。


「かなちゃん、行ってらっしゃい。今日は疲れたら早めに帰って来なさいよ」


「…うん。ありがとう。行って来ます」



----------



「…貴方の事だからとんでもない高級車かと思ったら」


「心の声がだだもれですよかなめさん」


金城の車はこれといって普通だった。派手でもなく地味でもないが利便性は高そうな普通車。

どこから持って来たのかは解らないが、案外普通に運転するものなのだと奇妙な驚きが胸に広がる。


少し前なら。車一つで驚く事なんか何もなかったのに。

彼はただの人間ではないのだと知ってからまだ間もないのに、変にそれを受け入れている自分が居る。



「僕はあまり派手派手しいのは好きじゃないんです。大事なのは真面目さと誠実さです。まああまり目立ちたくはないというのが理由なんですけどね」


さあ乗って下さい、と助手席のドアを開けてかなめを促す。


「昨晩のお礼に何をしてあげようかなと考えた結果がこれだったんです。ドライブする約束も果たせますし一石二鳥でしょう」


約束した覚えはないと突っ込みかけたが我慢する。



「で、疲れていますね。やっぱり」



“やっぱり”と言う事は。



「貴女が嫌な思いをするとは分かってあえて見せました。申し訳ありませんでした」


「いえ…。きっと知らないといけない事だったから。ありがとうございました」


金城は眉尻を下げて困った様な顔をした。


「あの男が貴女を変成しました。貴女はあの男を恩人などと思っている様ですが、残念ながらそれは違います」



――恩人ではない。


そう断言されても反発出来なかった。

あの声の主だった、影の中の男。顔は見えなかったが影と声である程度の若い男だということは判断出来た。

影の男が手を差し伸べた瞬間に黒い靄に覆われ、さらにその靄が業火と化しかなめを熔かした。

あの禍々しい黒い炎。熔ける模様を高笑いしながら見つめるあの影の男。

苦しいとしか思えなかった。念願の人間への変成なのに。



「それでもあの人のお陰で祖母と一緒に過ごせている今があるなら、私にとっては恩人だと思います」



しばらく続く、一車線しかない田舎の道路。ガードレールも無い道もあるのに慣れた所作でハンドルを切る。

その様子をかなめは横目でちらちらと見る。

かなめの言葉に返事をしないまま黙々と運転を続けている金城に不思議と安心感を覚えた。



「…ところでかなめさん。今日の夕方頃お祖母様を病院にお連れします」


「えっ?…まさか、また…?」



祖母がまた発作を起こすというのか。

ついこの間だったではないか。未然に防ぎはしたが、土曜日に発作が起きる予定で病院に行った。今日は火曜日だ。まだ3日しか経っていない。



「前回と同じみたいです。高血圧から来るもので、命に別状はありません」


「でもそんな頻繁に起きるのっておかしいです。お医者さんは何か見落としてたりするんじゃないですか?本当に大丈夫なんですか―…っ?」


「………」


信号待ち。金城はハンドルから片手を離して考え込む様に口元に手をやった。


彼が何を感じてその前触れを知るのかは解らない。

ここに来て彼の予測が外れれば良いのにと切に願った。

もし本当に今日、祖母がまた発作を起こすと言うのなら…



「かなめさん、心配しないで下さい。僕が彼女を連れて行きます」


「私もちゃんとお医者さんと話をしなきゃ。ちゃんと診て下さいって言わなきゃ。先生、すみませんけど引き返してくれませんか」


「突然戻ったらお祖母様が訝しがりますよ。それに今度は夕方なのでまだ時間はあります。とりあえず学校には行きなさい」


「手遅れになったら遅いの。そんなの学校に行く意味さえなくなる。お願いします」


「…不安を煽ってしまったみたいだな」


小さく溜息を吐き、金城は車を脇道に逸らして停車させ、かなめに向き直る。


「かなめさん。ここは一つ、僕を信じて任せてもらえませんか。色々と手を回す事があるのです」


真剣な顔でまっすぐにかなめの瞳を覗き込む。大事なのは真面目と誠実さだと言った口に違わぬ姿勢に、少し取り乱していたかなめは落ち着きを取り戻した。


「大丈夫です。言ったでしょう?僕はいつ何時も貴女の味方であり続けると」



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