19
―――条件を呑むならばお前を人間にしてやろう。
本当に?条件って?
―――簡単なことだ。私の言う通りに動いてくれさえすればいい。
やる。なんでもやる。だから私を人間に―…あの子に――…
.........
どこかの世界遺産の宮殿の様な広く煌びやかな建物の中にいた。
金、銀、色とりどりの装飾品が規則正しく配置され、大理石か何かの上質そうな床の上に真紅の絨毯が敷かれている。
およそ明らかに日本ではない風景がそこには広がっていた。
『猫を我が元へ』
奥の間から自分を呼ぶ声がする。
その声があの時自分を人間にすると言った声と同じだと気付く頃には、自分の身体の感覚が戻って来ていた。
冷たい浮遊感。自分を包む泡の様な膜が外の世界を歪ませる。
どうやらこの泡が自分を声の主の下へ運んでいるようだった。
『私を覚えているか。猫』
声だけで顔は見えない。男であるという事は分かるが、その他は暗くてよく判断できない。
覚えているけれど返事が出来ない。膜に固定され身体が動かないのだ。
しかし声の主は返事を待つことなく再び口を開く。
『望み通り、お前を人間にしてやろう。お前の持つその力と引き換えに』
大きく膨れた身体を空中に浮かせていた泡の膜がパチンと弾け、代わりに黒い靄が身体を包んだ。
その靄はたちまち炎と化し、轟音を轟かせて身体を燃やそうとする。
熱い。そしてとてつもなく痛くて苦しい。
まるで地獄の底の煉獄に沈められ、マグマの海を泳ぐ肉食魚に四方八方からいたぶられているかの様だ。
意識が再び遠のいていく。強い喉の渇きを感じ、喉に手をやる。食い込んでいた爪が次第に成りを潜め、やがて肌を滑っていった。
..........
「―――なちゃん、かなちゃんっ」
「――!」
バチッと眼を開けると心配そうに覗き込む祖母の顔があった。
「どうしたん。物凄いうなされてたで。怖い夢だったんかい?」
ハァ、ハァ、ハァ。
喉がカラカラで声が出ない。肩で大きく息をしてやっと酸素を吸い込む。
酷く汗をかいていた様で、祖母が手ぬぐいでこめかみを流れる大粒の汗を拭ってくれていた。
喉に手をやると祖、母は台所に行きコップに入れたお茶を持って戻って来た。かなめはコップのお茶を受け取り、一気に飲み干した。
「よっぽど恐ろしい夢だったんやろうね。もう大丈夫、大丈夫やで」
かなめは抱きしめてくれるぬくもりに縋った。
確かに恐ろしい夢だった。焼かれるというより溶かされると言った方が適切な仕打ちに何も太刀打ち出来ずされるがままだった。
苦しすぎてどうにかなりそうだった。けれど夢から覚める直前に確かに感じた。自分の身体の造形の変化を。
「大丈夫。私は大丈夫。ちょっと変な夢見ただけだよ。起こしてごめんね」
落ち着きを取り戻したかなめがそう言っても、祖母は再び横になったかなめの肩をなだめるようにずっとさすっていた。