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月並亭にて。  作者: 灯子
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―――好きな人。



今までも散々思わせぶりな言葉をかけられてはいたが、そうはっきりと自分の事を表されたのは初めてだった。

だからなのか、かなめは戸惑った。



今朝金城がかなめに見せた前世の記憶には金城本人は出てこなかった。

あの記憶は何処までのものなのか。ほんの爪先なのか、かなり端折られているとは思う。紙芝居の様なシーンごとの光景と音声。その中には彼の前世であり彼自身というユニコーンの姿は無かった。


遙か昔、何処でどうやって彼と出会い、何を話して何をして、自分は彼を忘れてしまったのだろう。

それなのに何故彼は自分の事を好いているのだろう。現に人間になった自分を助けてくれたのは何故なのだろう。

そもそも何故彼まで転生する必要があったのだろう。


そしてかなめはどうすればいいのだろうか。

あの記憶の続きにその答えがあるのか。


(わからない。知らない。この人は私を知っているけれど、私はまだ――思い出せない)


だから本人に聞いたのに、金城は予想外に何も言わない。

嬉々として二人の過去の馴れ初め話(脚色あり)を勝手に話し出すかと思っていたのだけれど。

金城と出会ったのはあの夢のどの間だったのだろうか。それとも最初?最後?もっとずっと後?



多目的室で『思い出させてあげます』と言っていたのに。

今なら言ってくれれば信じる。なのに何故。



「疑問符がたくさん浮かんでいますよ。僕の事を考えてくれているのでしたらもっとトロンとした感じになって欲しいんですけど。」


金城は苦笑しながらかなめに示すように自分の眉間を指差した。

どうやらかなめは眉間にひどく皺を寄せて考え込んでいたらしい。

反射的に自分も眉間を押さえたかなめは、無意識のしかめ面を見られたという事に少しだけばつの悪さを覚えた。



「もう逃げたりしませんから。あの猫が私だったって、ちゃんと受け入れようと思ってるんです。だから教えて下さい」


大量の紙袋が積まれている左側で、金城は自分の膝に肘を乗せ頬杖を付いていた。そのまま隣に座るかなめの目を真っ直ぐ覗き込む。



「貴女が僕を知りたいと思うのは、彼女の為なんでしょう」



無表情で、淡々と零す。

胸の奥で小さなガラスの破片が零れた様な痛みが広がっていくのに、かなめはあえて気付かない振りをした。



彼女―――今は、かなめの祖母だ。


かなめの恩人であり、何よりも大事な人。

あの欠片の様な記憶だけではどういう経緯で彼女が自分の“恩人”になったのかはわからない。

しかしその経緯自体はどうでも良かった。ただ彼女が自分を愛してくれた事が重要で、それは大切な宝物の様な事実だった。

飼い主と猫の関係だった彼女と自分。彼女の元に今度は人間の姿で転生し、今また再び二人で生きていく事が出来ている。


幸せなのだ。本当に嬉しい。あの夢で響いた声の主が自身を人間にし、さらに再び彼女と供に生きる未来を作ってくれたのだと思うと、彼、もしくは彼女には礼を言っても言い切れない。


彼女には、祖母には、誰よりも幸せに生きて欲しい。ずっと一緒にいたい。


その為には何でもする。


思い出そうとすると頭が痛くなり、闇の底へと引きずり込まれそうになる感覚。

前世では自分は大きな過ちを犯していた。それが何だったかは分からない。けれどもう二度とそんな事にはならない、させない。



(――だから私はこの人を利用する。そしてきっと傷付ける。)



祖母が倒れる前に知らせてくれた。代わりになって現実世界とのズレを無くしてくれた。

苦手だった人に助けてもらうのも、彼女を守るためならば抵抗はない。プライドなんて関係ない。

先程、記憶を取り戻すには金城とそういう意味で触れ合わなければいけないと言われ、拒否してしまったがそれもきっといざとなれば受け入れてしまうだろう。

何もかもすべて、あの人を守るために―――



「先生、お願いします。一昨日みたいな事があれば、教えて下さい。祖母を助けたいんです」


「元よりそのつもりです。僕は貴女が嫌と言っても助けます。でも、まあ、時々は見返りを求めるかもしれませんけどね。僕も男ですから」


「何を要求されても良いです。その通りにしますから」


金城の瞳を真っ直ぐに覗き込むと、黒から藍色へと少しだけ揺らいだ様に見えた。


「そういうことは、あまり簡単に言ってはいけませんよ」


今度は金城が眉間に皺を寄せていた。拗ねている様な怒っている様な微妙な表情をしている。

自分から言った癖に、と内心で零しながら彼のそんな顔を見るのは初めてかもしれないとかなめは笑った。





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