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月並亭にて。  作者: 灯子
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ああ、そろそろ頭が爆発しそうだ。



「先生と話していると混乱します」


「それはつまり、ちょっとは僕に興味が沸いたということですか?」


「……そういう訳じゃなくて」


「かなめさん」



金城が椅子から立ち上がり、職員室の引き戸近くにいるかなめの方へすたすたと近づいてくる。

反射的に後ずさってしまったが、几帳面なかなめ自身が丁寧に隙間無く閉めた引き戸に背が当たり、気づけば金城と引き戸に挟まれる形になった。

たらり、と冷や汗がこめかみを伝う擬音が聞こえてくる。


ぎし、と音がしたと思うと、金城の筋張った腕が引き戸に伸びその手の平がかなめの顔の左右に置かれていた。


夏の朝日が窓から差し込む。なのにその日の光は男の顔と首と肩と胸、腰によって遮られる。

色素の薄い柔らかそうな髪は光を反射し、きらきらと煌いてまるで金糸のようだ。

少しだけ影に包まれたかなめを見下ろし、目を細めて声を潜める。



「僕はもう二度と貴女に悲しんで欲しくない。一人で泣いている所は見たくない。だから思い出して欲しいんです。それ自体が辛くても、繰り返さない為に」



(どうして――)



この人はこんなにも苦しそうな顔で、声で。



「先生―――」


「少しだけなら」


「え」



知らない内に両方の手首を掴まれていて、そのままぎゅっと引き寄せられて、目を閉じる間もなく唇を重ねられた。


そっと、一瞬。それだけのぬくもり。



なのに、かなめは見てしまった。

まるで夢を見ているように、目の前の画面が変わる。お互い目を開けたままキスをして、かなめがその海の底の様な蒼い双眸に自分を見る。そこに写っていたのは確かに自分だと思った。けれどそこにはいつも鏡で見る自分の姿はなかった。

目の前の鏡に映る自分は黒い猫で、その赤い目をまんまるに開けている。その姿を確認したと思うとすぐに画面が変わった。



「な、何――」



言い終わらないうちに意識がなくなり、自由がきかなくなって崩れるように倒れたかなめの身体を金城が抱きとめた。






.............





『――ちゃん。かなちゃん。』



ゆっくりと手の平を滑らせて、黒い毛並みを櫛の様にすいていく。

あちこちに豆や疣が出来た、しわしわの手。



『ニャア』




きもちいい―――


この人の手は、膝の上は、掛けてくれる声は。

柔らかくて優しい。暖かくて気持ち良い。



ずっとこうして撫でていて欲しい。優しい声で名前を呼んで欲しい。

かなめはこの幸せを噛み締めた。ずっとずっとこうしていたい。『かなちゃんはかわいいね』と言ってくれる、世界でただ一人のこの恩人と一緒に。





しかしそこで画面は変わる。




さっきまでの温もりは消え失せ、水を撒いた土に吹雪が降りて瞬く間に一面を凍らせていく様に世界が凍てついていく。


黒猫は毛を逆立てて怒り狂っている。それは誰に対してなのか。カラメル色だった瞳の色は、涙の代わりに流れる血の如く、真っ赤に変わっていた。



『何故、なぜ。何故あの人が―――…!!』



ただその声は言葉にはならず、猫の悲痛な喚き声にしかならない。


氷の鏡は黒と赤を映し出し、その膨らんだ毛が暗黒の影の様に伸びていく。



『どうして私はこんな姿なの。どうしてあの人と同じじゃないの。どうしてあの人を助けられないの――』




また画面が変わる。

しかし情景は見えず、まるで目を閉じている時に光を浴び、眩しくてそのまま瞼を降ろしたままの状態の様な薄明るい世界。


誰の声かは解らない。けれど確かに聞こえる。




―――条件を呑むならばお前を人間にしてやろう。




降り注ぐ雨の様にしとしとと湿っていく、甘い甘い響き。

神が願いを聞き入れてくれたのだと、黒猫は、かなめはその雨に涙を流した。




.............






「かなめさん」




懐かしい様な知らないような優しい声。



「泣かないで」



重たくて動かせない瞼に、ふわと暖かい何かが触れた。




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