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夏到来、迎撃し始めました。

作者: tomer

「外気温上昇、奴らよ」


 春季防衛戦線、東北支部学徒航空隊。ツーマンセルの哨戒任務中に敵機を補足した。


 敵は夏を落としていく爆撃機で、奴らの周囲は気温が上がるって事だけ分かっている。どこからくるのか、どうして戦うのか、そんな事を知る必要ない。


「春香、高度を上げるぞ。雲を抜けて確認する」


 機首を起こして、高度を上げる。


「透、危険だよ。外気温は37℃を超えてる。間違いなく大部隊なんだから」


 春香とは幼馴染だ。本当なら俺の隣を飛んでる筈の健司と三人。小さい頃から一緒だった。


「関係無い」


「健司の事でムキになってるんでしょ? 落ち着いてよ」


「なら分かるだろッ! 奴らの所為で健司は――」


 五月上旬に奇襲を受けた。夏共は哨戒網を抜けて、都心に夏を落としていった。無茶な季節変動は気温にブレを起こした。春になって間も置かずに夏、そして冬へ逆戻り。


「健司は馬鹿な奴だった。でも、馬鹿なりに頑張ってたんだ。まだテスト範囲の狭い前期期末で点数取る、ってな。必死に勉強してたよ。夏休みは遊び尽くそうぜって。俺達三人でさ。でもよ。でもッ。健司はアイツらの所為で」


 沈黙。高度を上げるプロペラの音が静かに響く。


「風邪、ひいちまったよ。無茶してた所にあの気温差だ。無理もない。健司はテストを休んじまった……。学校も体調管理がなってないってさ。もう駄目だよ、健司は。全教科0点。青春を謳歌するどころか、留年の危機だ。分かるだろ? アイツらが、アイツらさえ来なかったら健司はッ、健司はなぁ!」


「……私も同じ気持ちよ。でも無謀の理由にはならない」


「冷たいな。春香は」


「冷静なだけ。無謀で死ぬのは私達なのよ」


 春香は正しい。頭じゃ分かってる。でも、それなら健司の無念はどこにやればいいんだ。


「……このまま奴らが町行ったら、この夏は地獄だ」


「確かに暑くなりそう」


「年配者はうだる様な暑さに苦しんで――」


「クーラーをつければいいよ」


「子供は熱中症が恐くておちおち外で遊べもしない」


「最近の子供は部屋でゲームしてる」


「……水を差すなよ」


「涼しげでしょ?」


「冷やかな気分だ」


 少し頭は冷えた。



「コチラ東北支部、敵ノ奇襲ヲ受ケタ。救援求ム。暑イ、畜生。誰カ冷房ヲ――」


 俺たちに向けらた無線じゃない。全国に飛ばしてる救援信号だろう。


「これで決まりだ。哨戒任務から迎撃任務に移行する」




 雲の上には百機を超える大編成。夏共は密集隊形で高度3000mを飛んでいた。


 悪夢じみた数だ。これがそのまま都心に行けば惨事は免れないだろう。猛暑なんてものじゃない。去年を上回る灼熱地獄だ。


 だけど奴らが高高度ではなく中高度を密集して飛んでいるのと、俺たちに気付いてない事は幸運だ。


「奇襲を仕掛ける。命令は一つ、絶対に死ぬな」


 汗ばむ手を拭い、操縦桿を握り直す。


「増槽を捨てろ、行くぞッ」


「了解」


 機首を起こし、スロットルを押し上げる。高度、速度、共に上昇。


 安全装置を外し、発射把柄を握り込む。爛れた曳光が爆撃機を貫く。爆音は二つ。春香も奇襲は成功したらしい。


 額を汗が伝う。サウナのように蒸し暑い。




 また一つ撃墜。素直には喜べない。敵編隊の間隔は広がり、夏共の攻撃に躊躇いが無くなってきた。


 火線を潜り、敵機に一秒浴びせる。燃料と残弾はまだ大丈夫だ。


 無線から短い悲鳴。


「春香!?」


 一瞬の背面飛行。春香の機が見えた。黒煙を吐きながら高度を落としている。


「早く脱出を」


「むり。壊れちゃったみたい。……私、先にいくから。健司によろしく」


「冗談はよせよ。三キロ先にダムがある。そこに不時着しろ。お前なら出来るさ。後は全部俺が落として迎えに行く」


「……ありがと」


 少し降下して速度を得る。ゆっくりしてられない。とっとと落として、迎えに行かなきゃならんからな。




 下にダムが見えた。


 相も変わらず標的には事欠かない。上昇し速度を落として、追い抜いた一機にすかさず撃ち込む。


 回旋して、もう一機。正面に捉えて、発射把柄を握り締める。不発――いや弾切れか。


 燃料も限界、機体に幾つも弾痕がある。敵の攻撃は熾烈を極めている。もう長くは飛んでられないだろう。


「ハッ、くれてやるよ。取って置きの一発だ」


 機首を思い切り上げ、スロットルを絞る。宙返り、背面の一瞬に狙いをつける。操縦桿を左へ傾け、右フットバーを蹴って、錐揉みの寸前で体制を直す。


 急降下、スロットを叩き込む。エンジンは悲鳴を上げ、幾条の火線が機体を削る。


 敵に吸い込まれるように機体は飛んだ。一つの弾丸として真っすぐ真っすぐ。




 冷たい水が気持ち良い。火照った顔をダムの水で洗う。


 脱出できるかは、かなり分の悪い賭けだったけど、いい目が出たらしい。


 雲ひとつない青空を見上げる。無数の黒い点が夏空を飛んでいる。


 調子の悪いプロペラ音。


 水しぶきを上げながら、ダムに浮かぶ俺の横に滑り込んできた。正直おっかない。


「全部落とすんじゃなかったの? カッコつけてたくせに」


「……15機は落とした。お前は?」


「8機よ」と春香は翼の上を飄々と歩いて来て、手を差し伸べる。


 イタズラ心、奇蹟的な生還だ。大目に見て欲しい。


 俺はその小さな手を掴んで――思いっきり引っ張った。


「きゃっ!? なにす――」


「こっちのが気持ち良いだろ」


 大きな音と盛大な水しぶきが上がる。


 水に濡れた春香の頭をわしわしと撫でる。


「……夏だな」


 ぷかぷかと大の字になって浮かぶ俺たちの上を、幾つもの黒点が飛んで行く。


「健司のお見舞い、行く?」


「お? 良いな。アイツん家クーラーあるしな」


「お土産。買って行こう」


「名案だ。アイスでも買ってくか」


「透の奢りね。全部落とすって言ったのに嘘ついた。これでチャラよ」


 来年もまた俺達は戦うんだろう。きっと三人で。


 でも今年の夏はもう来た。どうにも暑い夏になりそうだ。


読んで下さりありがとうございました。


とりあえずシュールな感じのやってみたかったんです。後悔はしてません。

あと空戦モノ。レシプロ機は男のロマン!


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