さふ云ふの、困る
可愛い小さな女の子、いつも一人でをりました。
ぬくさ欲しやと泣いてゐる、涙のしづくで溺るるは
山のあなたのそのあなた、夢に見えし碧眼の
心を閉ざす王子様、其の優しさの夕映でした。
父様独逸に 行きなさる
メルヒヱン買うて 戻りなさる
良い子にせよと 御褒美と 大きく強く 其の御手で
童抱きし 彼の日々ぞ 遠くに行きて 懐かしき
母様どこじゃ 盆帰る
禊萩摘みて 川流し
清けき御声 絶え絶えに 千切りし指の ぬくもりに
白き素肌に 朱き血の 溢るる様ぞ 美しき
御可哀想な メヱトヒヱン
今宵の御船 来ぬそうな
冷たき蒼き 深淵の 無に魅入られし 異国の士
さざめき立ちし 汝が魂に 慰み誰ぞ 伝うべき
色なき皇子の 色なして
金色見るに 彼の民の 涙さしぐむ 其の様に
万里を駈けし 哀哭の 濡つ天地ぞ 忍びなき
悲しみ暮れた王子様、夢に見ぬかと願えども、見ゆるは昏き闇ばかり。
可愛い小さな女の子、今際の際の際までも、づうっと一人でをりました。
本年は大正九拾九年であります。