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性別は「藤原千佳」

「……あーあ、新谷君、喋っちゃったのか」

 彼女――ってことにしておこう――は嘆息しながら、ちらりと私を見やり、

「で、こんなあたしに何か用ですか、都ちゃん?」

 私に向かって、女性より綺麗な笑みを向けたのだった。


 昨日、薫に衝撃の事実を告げられてから……やっぱりどーしても、真偽が気になってしまう。

 だって、だってだって、私よりも綺麗なこの方・千佳さんが男だなんて……そりゃあ最近は桜塚○っくんとか、女性顔負けの男性が台頭していることは事実だけど。

 ……桜塚やっ○んかぁ……芸人としてより声優としての印象が強いのは、私だけなんだろうか。

 まぁ、それはさておき。

 最近頻繁に大学周辺をうろうろしている彼女(彼女でいいや、とりあえず)を見つけるのは、そんなに難しいことじゃない。今日も昼休み、のんびり構内をうろうろしていた千佳さんに近づき、さりげなく話しかけた。

 幸いなことに、向こうも私には興味があるらしく……そして、今、

「にしても、都ちゃんから話しかけられるなんて思わなかったなー」

 二人して構内のベンチに缶コーヒー片手に座り、澄み切った秋晴れの下で談笑する、予定。

 今日は髪を下ろし、美脚ジーンズを私よりも華麗に着こなしている(私も今日、色違いのジーンズ着用なのだが……圧倒的に敗者の気分)千佳さんは、足を組みなおしてにやりと笑みを浮かべ、

「新谷君にはお仕置きしないと、だね」

「あ、一応薫からは口止めされてるんです。それに彼、あんまし打たれ強くない気がするので……」

 この方の「お仕置き」という言葉が具体的に何を指すのか知らないが、嫁入り前ののトラウマになってしまったりしたら、色々大変だ。

 何とかならないかと目で訴える私を、彼女は豪快に笑い飛ばして、

「大丈夫だって、さすがに無抵抗の人間をいたぶる趣味はないつもりだから」

 その微妙な表現がそこはかとなく怪しいんですけどっ!?

 薫が今日、バイト先から無事に帰還することを願う私を、千佳さんは相変わらず、優しい表情で見つめている。

 近くでよく見ると……確かに、女性よりも堀が深い顔立ち。肌はきめ細かいけど、首も太いし、肩幅もがっしりしているし……。

「……あたしのこと、変だと思う?」

「え!? あ、いや……まじまじと見つめたりしてスイマセン。彼が言ったことが本当だったんだなって思っただけです」

 慌てて釈明する私に、「いや、それが当然の反応だから」と、明るく笑ってくれた千佳さんは、

「都ちゃんに不安な思いさせてることは分かってたから、近いうちにあたしから話さなくちゃって思ってたの。あたしは確かに、生物学的には男。実際手術なんかしてないから生殖器も残ってるし、油断してるとヒゲが伸びてきちゃうしね」

 そのまま顎を指差し、苦笑い。

「……本当に本当なんですよね?」

 疑いの眼差しが消えない私に、さすがの千佳さんも「オイオイ」と呟き、

「本人がそう言ってるのに、都ちゃんは信じてくれないの? じゃあ、胸を触ってみる? 今はシリコンパッドの入ったブラをつけているから、確証を持てるかどうかは保障できないけど……」

 なるほど、そのふくらみはシリコンパッド。

 さすがに触る勇気までは持てなかったのだが、改めて千佳さんの全身を見つめ、正直に返事をする。

「だって、私よりずっと綺麗な人が男性だ、なんて……」

 ……「お○ボク」じゃあるまいし。

 フェードアウトした言葉をごにょごにょと口の中で呟くと、持っていた缶コーヒーを一口すすった千佳さんが、不意に、

「正直に答えて欲しいんだけど……あたしのこと、変だと思う?」

「どうしてですか?」

「普通に考えて、おかしいと思うの。今まで散々否定されてきたし……多分、これからも否定されるだろうし……」

 否定、か。

 そりゃあ確かに……今の千佳さんは、社会から友好的に受け入れられる存在ではないのかもしれない。

 だけど、ねぇ……。

「私は特別、変だと思ってませんけど」

 世の中には色んな個性を持った、趣味思考を持った、もしくは隠しながら生きている人間が多いことを、私自身が誰よりも理解しているから。

 ……いや、千佳さんはきっとマシですよ。少なくとも、私の目の保養だし。

 何の躊躇いもなくさらりと言い放った私に、彼女は一瞬驚いたような表情になり、

「都ちゃん、気を遣わなくていいんだよ?」

「いや、本当にそう思ってるんです。千佳さんより世間的には「普通」じゃない友人が、私には結構多いですから」

 綾美とか大樹君とか林檎ちゃんとか……薫とか。っていうか薫とか?

「むしろ千佳さんは大分マシだと思いますよ? 他人をおもちゃにして壊れてもいじり倒す、あの人畜有害なカップルに比べたら……」

 ……綾美とか、大樹君とか。

 疲れた表情で呟く私の肩を、千佳さんはポンポンと叩いて、

「……苦労してるんだね、若いのに」

「そうなんです、聞いてくださいよ千佳さん……私と薫共通の知り合いにカップルがいるんですけど、その二人がことあるごとに私達をいじり倒して……」

 まぁ、彼らから得る物も大きいのだが、精神的な被害は計り知れない。

 大樹君とは最近会えていないけど……出来れば、綾美が一緒じゃないときに会いたい。あの二人を一緒にすると、色々問題がある。(私と薫にとって)

 しかもあの二人、最近は私と薫を自分達のアシスタントとして養成しようと画策しているらしいのだ。いや、あの二人の生原稿を拝めるのは嬉しいけど、でも、間違いなくついて行けない、体力的にも精神的にも、絶対無理。

 二人がさっさと冬コミの原稿に取り掛かって、引きこもればいいのに。そんなことを半ば本気で考えていると、

「――やっぱり都ちゃんは、新谷君に必要な存在なんだね」

「へ?」

「いやね、新谷君から散々ノロケを聞かされてきたあたしとしては……彼にそこまで言わせる都ちゃんがどんな子なのか、非常に興味があったわけなのよ。ほら、彼って女性に対して恐怖心……とまではいかないにしても、ある程度距離を置いて接するでしょう? まぁ、あたしはこんな格好だけど、バイト先の仲間は全員男だって知ってるから、彼も普通に話しかけてくれるけどね」

 ……ちょっと待ってください千佳さん。

「あのスイマセン……ノロケって、どういうことですか?」

 初めて聞く話に、私が手を上げて質問する。

 すると……千佳さんの口元が、先ほど以上に「にやり☆」と笑みを浮かべ、

「聞きたい?」

「ぜひとも」

「そうねぇ……最近聞いた奴で一番ヒットだったのは、あたしが「好きでしょうがないんだね、彼女に会いたくてたまらないって顔してるよ」って、冗談半分で突っ込んだのよ。そしたら彼、「まぁ、実際そうですからね」ってあっさり認めちゃってさぁ……半分本気で「じゃあ帰れよ★」って思っちゃった」

 ……あのバカ。

 前後の会話が分からないので、あまりコメントすることも出来ないのだが……少しは「話を受け流す」ことを学習してほしい今日この頃。

 まぁ、彼のその正直さも魅力の一つで……って違う! 騙されるな、騙されるな私!!

 案の定赤面した私を、「ねー、すんごいノロケでしょー?」と、調子を取り戻した千佳さんが続ける。

「でもね、正直……羨ましいって思うよ? 昨日も彼から都ちゃんとルームシェアしたいんだって相談されたけど、正直、あたしは事情が事情だから……二人の参考にはならないんだよね」

「聞いてもいいですか? 千佳さんは、その……この間隣にいた、物静かな方と一緒に暮らしてるんですよね?」

 私が思い切って問いかけると、彼女は苦笑しながら頷いて、

「あたしは今、その物静かな女――真雪と一緒に暮らしてるんだけど……コレだって、あたしが親と絶縁状態で、真雪の親御さんがあたしを完全に理解してくれているから成立してるだけなんだよね」

 そして、少しずつ話してくれた。

 千佳さんと真雪さん、この二人の奇妙な関係と……壮絶とも思えるような、過去を。


 話が長くなるので少し要約すると、

「性同一性障害って……都ちゃんも、言葉くらいなら聞いたことがあると思う」

 昔から、千佳さんは自分が「男」であることに違和感を感じていたらしい。

 一時期ドラマでも取り扱われて話題になった言葉なので、私も何となくではあるが、知っているつもりだ。

 それは、自分が「男」であることを認められず、「女」になろうとしてしまう。なれない自分に違和感を感じてしまう。

「あたしはね、幼稚園くらいの頃から兆候があって……小学校入学直前くらいに、一度病院に行ったの。そしたら、そこでばっさり切り捨てられちゃった。「こんなに幼い子どもが、そんなこと思うわけがない。幼児にありがちな一時的なもので、すぐに解決する」って、ね」

 発症に年齢は関係ない。診断した医師の思い込みのせいで、千佳さんはそれから……非常に多感な時期を、実に複雑な感情のまま過ごさなければならなくなってしまった。

「中学生のときに、あたしは自分を受け入れられなくなった。変わっていく自分を否定したくて、家に引きこもったの。高校は通信制の学校に進んだけど……あたしの親、社会的に少し立場のある人間でね、「長男」であるあたしがこんな状態であることに耐えられなかったみたい」

 過去一度の誤診を信じ込み、千佳さんは「一時的な気の迷い」だと思い込まれていた。

 適切な治療やカウンセリングを受けさせてもらうことも出来ず、段々、世界から孤立していく。

「その頃だね、親への反発でこんな格好始めたら……もう即効で勘当されちゃったわよ。それからしばらく理解のある学校の先生の家にお世話になってたんだけど……それが真雪のお父さんだったってわけ。真雪と知り合ったのはその頃」

 事情を知った真雪さんの親御さんが、千佳さんを受け入れてくれて。

 真雪さんもまた、千佳さんを認めてくれた。

「今はこうして、フリーターしながら専門学校目指してるの。美容師になりたくてね、そのための授業料と……自分に向き合うための投資、何とかしなくちゃならないから」

 世の中はお金がかかる、と、空を見上げてため息混じりの千佳さん。

 そして、

「……あたしにとっての真雪が、新谷君にとっての都ちゃんなんだろうな、って、そう……思ったんだ」

 それは、私にとっても嬉しい言葉だった。

 私の存在が、どこまで薫に必要なのか……自分ではよく分からないから。

「まぁ、あたしの場合……今はそこまで深刻じゃなくてね。コレでも前より大分「男らしく」なってるのよ?」

 ……本当だろうか。思わず疑ってしまうのはしょうがないことだと思う。

 私の視線に気が付いた千佳さんは、「本当だってば」とやっぱり綺麗な顔で笑顔を向けて、

「今日話してみて、改めて確信したよ。この娘さんは実に素晴らしい人徳の持ち主だって」

 いや、単に周囲が「普通じゃない」だけです……慣れなんです、認めたくないけど。

 さすがに真実を言い出せず苦笑するしかない私を、千佳さんが不意にじぃっと見つめ、

「……うん」

 頷く千佳さん。

「な、何ですか?」

「都ちゃん、君はまだ、自分の魅力を生かしきれていないっ!!」

 唐突に力説する彼女は、状況が飲み込めなくて呆けている私の手を……いきなり掴んで強引に立ち上がらせると、

「都ちゃん、本日の予定は?」

「え? えぇっと……これから授業で、その後はバイトです……」

「うーん残念。じゃあ、次にバイトがないのはいつ?」

「あ、明後日ですけど……?」

 条件反射で正直に告げると、「明後日、明後日ね!」と、目をダイヤモンドよりも輝かせた千佳さんが、立ち上がってきょとんとしている私にウインク一つ。

 そして、

「都ちゃん……女らしくなりたいかっ!?」

「は、はい?」

「よし、いい返事だ。じゃあ明後日のこの時間、この場所に集合! 遅刻したらお仕置きだからねっ!!」

「はいぃ!?」

 展開についていけない。目を白黒させる私を、千佳さんは「びしぃっ!」という効果音が欲しいくらい、思いっきり指差して、

「今の都ちゃんは……圧倒的に色気が足りないのだっ!」

「ぐはぅっ!?」

 直球ど真ん中ストレート……その通りでございますおねにーさま……。

「いい? 都ちゃんも素材は整ってるんだから。胸にシリコンも生理食塩水も入れなくてその大きさなんて、新谷君も幸せよねー」

 ……最近、自分の胸が何度もネタにされている気がするんですけど……そ、そこまで大きくないつもりだったのに。

 釈然としない、というより圧倒されている私の肩を千佳さんは容赦なくバシバシ叩いて、満面の笑みで声高らかに宣言するのだった。

「私と真雪に任せなさい! 都ちゃんはあたしのせいで不安にさせちゃった罪滅ぼしもかねて……女の色気、伝授してあげるわっ!!」

千佳さんのバックグラウンドについて、割とあっさり流しましたが……千佳さんの壮絶な過去を追いかける物語ではないので、ご了承ください。

その代わりに、都が弄ばれる(言葉通りの意味)様子をお楽しみください!

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