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噛み合わないタイミング

 ゲームをプレイするたびに、いつも、疑問に思っていることがある。

 主人公は一人しかいない。基本、彼と恋人になれるのは一人だけ。色々例外が適応されるケースもあるかもしれないが、一人だけなのだ。

 ヒロインが5人いる場合、主人公と一人が恋仲になれば、残り4人はどうするのだろうか。

 彼女がいてもいい、それでも好きだと……果敢にアタックするの?

 もしも、私が、その4人の中の一人だったら……そこまで一人に固執するだろうか?

 もしも、私が、その4人の中の一人だったら――


「都、あんたバカじゃないの?」

 平日昼下がり、いつものファミレス禁煙席。毎度おなじみの青袋を渡しながら、話をざざっと聞いた綾美が豪快に私を否定する。

 今日の彼女は髪をアップにまとめ、珍しくTシャツにカーゴパンツ。アクティブな格好でも普通に着こなす存在感が羨ましいと思いながら、私は思わずジト目を向け、

「……ちょっとひどくない?」

 しかし、綾美は強かった。ジト目を向ける私を鼻で笑い、反論する。

「そりゃ、あたしだって新谷君と知り合って間もないけどさ……彼が他の女と浮気? あの明らかな、360度どっから見ても受けポジションの彼が、他の女と遊ぶ度胸とか余裕があるとは思えないわよ」

 正論を突きつける彼女に、何も言い返せない私。

 いや、事実その通りだし……。

 彼女に小説を返す&新しい本を借りるために待ち合わせ。最初は世間話だったのだが、会話のネタが薫になり……私は思わず、一昨日の出来事を彼女に話していた。

 彼が、バイト先の先輩と至極親しそうに話していたこと。

 女性には一定の距離を取っていたはずの彼が見せた、特別な予感。

 これって、やっぱり、想像したくないけど……。

 いじいじとハンバーグをつつきながらバッドエンドを妄想してしまう。少し遅い昼食であるカルボナーラをフォークでくりくり遊ばせながら、綾美が私の話を脳内整理して、

「バイト先の先輩だっけ? っていうか、女の影だけなら両手で足りないくらいあったんじゃないの?」

「そりゃそうなんだけど……でも、今回は違うのよ。普段は女性から一歩引いた場所にいるっていうか、自分から近づいたりしないはずなんだけど、今回は……違うの」

 何の根拠もない、いわゆる女の勘ですが。

 勿論、そんな根拠のない言葉では、彼女を揺るがすことなど出来るはずもなく、

「何がどう違うって言うの? 言っとくけどね……新谷君、私の前でも結構ぶっちゃけるわよ」

 何ですと!?

 綾美の意外な発言に、思わず持っていたフォークを取り落とすかと思った。

 思い返してみても、薫と綾美が会っていることなんか……片手で足りる回数だろう。しかも、その現場で彼が綾美にぶっちゃけトークをしていたかと聞かれて思い返してみれば……答えは、否。

 彼は相変わらずだったはずなのだ。少なくとも、私の知る範囲では。

 か、薫……まさかとは思うけど……!

「親友の彼女に手を出すなんて、主人公属性でもリアルでは許されないわよ!?」

「……何言ってるのよ」

 再び冷たい目を向けられるが、でも、だったら……薫と綾美、私の知らないところで会ってるってことですか!?

 要するに、

「じゃあ、綾美にフラグ立ててるってこと!?」

 昼のピークを過ぎた店内は、案外静か。店員さんや他の客さんの奇異な視線を気にすることもなく、私は顔面蒼白でその事実の真偽を問いただす。

「違うから」

 妄想が暴走する私を、彼女が「落ち着けー?」と苦笑で呟き、

「考えてみなさいよ。あたしが都と会って小説を交換してるみたいに、新谷君も大樹と会って、ゲームを貸し借りしてるわけでしょう? あんたのために」

 ……確かに。

「新谷君、大樹の家に来ることが多いのよ。その時に会って話すの。お互い好きなジャンルは同じなわけだし、彼は私の本の読者でもあるからね」

「……本当?」

「嘘だと思うなら、大樹にも確認してみる?」

 ほれ、と、携帯電話を差し出す彼女に、私は首を横に振る。

 っていうか。

「一つ聞いてもいい? 薫って……いつ、大樹君と会ってるの?」

 断っておくが、私は別に、「二人がBLな関係!?」と疑っているわけではない。っていうかそんなの見たくない。

 気になるのは……薫だって学校やバイトが忙しく、大樹君は彼で学校やバイトや原稿など、色々立て込んでいる日常を送っているはずだ。

 私や綾美みたいに、昼間?

「新谷君、バイト帰りに遠回りしてくることが多いわよ。夜の大樹は8割方原稿やってるから、家にいるし。まぁ最近は、誰かさんに会う時間を惜しんで、ゲームだけ交換したら早々に帰っちゃうんだけどねー?」

 その瞳が、にやりと私を見つめた。

 本当に知らなかったけど、でも、それってつまり……。

「……綾美、大樹君の家に入り浸ってるってこと?」

「だって、無料であんなに優秀なアシスタントは使うしかないじゃない」

 即答だった。

 そりゃそうだろうけど、でも……私が聞きたいのはそういうことじゃなかったんだけどなー……。

 やっぱり私が綾美より優位になるためには経験値が足りないと改めて自覚する。

 と、

「そういう新谷君を知っているあたしにしてみれば、彼を疑う方が可哀想だと思うわよ」

 珍しく、綾美が彼の味方になった。

 いや、本当に珍しいのだ。綾美は基本的に傍観者を好む。誰と誰が仲たがいしても、「あたしに関係ないじゃない。当人でケリつけなさいよ」とい突っぱねられるのがいつものパターンなのに。

「都、あんたが一番分かってると思うけど……彼、本当にあんたしか見てないわよ? そんなの、誰の目から見ても明らかなの。

 だから……これから仮にどんな現場見たとしても、都は彼を疑っちゃダメ。疑ったら都の負けよ。

 それに、もしも……新谷君が都を裏切ったりしたら、その時はあたしに知らせなさい。あたしが人を見る目がなかったんだってことで、責任とってきっちり報復してあげるから」

 物騒だけどカッコいい言葉をくれた親友に、私は軽く肩をすくめて、

「本当、私の周りには……カッコいい人しかいないわ。どうしよ、心ときめいちゃうじゃない」

 幸せな悩みをまた一つ、抱えることになったのだ。


 薫が主人公なら、私が5人の中の4人になることはない。

 それだけを、信じていればいい。


 綾美と別れて、講義を受けるため大学に戻る途中、

「……林檎ちゃん?」

「ひぇっ!?」

 大学近くのコンビニ、扉の前でコンビの袋を片手にキョロキョロと周囲を窺っていた彼女に声をかけると、両肩を思いっきりびくりと震わせて可愛らしい声をあげる。

 うん、お約束の反応って、大好きです☆

 声をかけたのが私だと気づいた彼女は、そりゃーもう大げさにため息をついて、

「いきなり驚かさないでください……そういう趣味ですか?」

 この間は私を驚かせたくせに、随分な言われようである。

「いや、私としても……単に声をかけただけでこんなに驚かれるとは思ってなかったんだけど?」

 率直に返すと、彼女は閉口して俯く。

 美少女の儚げな表情は、見ているだけで目の保養なのだが……。

「何かあったの?」

「…………」

 私の質問に、口を閉ざす林檎ちゃん。

 これはもう、態度が肯定しているよーなものである。

「いや、私なんかに言いたくないとは思うけどさ、そんな明らかに「何かありました」みたいなオーラ出してるから、聞かなきゃなって思っちゃうじゃない?」

 江原さんじゃなくても分かるから、さすがに。

 私の苦言に似た突っ込みに、彼女は恐る恐る、私を見上げ……くそぅ、少し怯えた感じも可愛いじゃないか。(オヤジか)

「……貴女も、気をつけたほうがいいですよ」

 ぽつりと、呟く。

「気をつける?」

「最近、この辺に変な人が出没するんです。女子大生に声をかけて、自分の部屋に連れて行こうとするって……」

 まぁ、よくあると言っては語弊があるかもしれないけど、若者が多い地域では珍しくない話。

 ただ……何か思い出したのだろうか、私に警告してくれた彼女の顔が青ざめた。

「ねぇ、まさかと思うけど……」

「……多分、さっき私が話しかけられた人だと思います。怖くなって逃げてきちゃったけど……でも、コンビニを出たらどこかで待ってるんじゃないかって思って、動けなくて……」

 なるほど。私は容姿が普通オブ普通なので、そういう声かけとは無縁の人生を送ってきたけど、林檎ちゃんほどの美少女なら話は別だろう。私だってお持ち帰りしたい。(マテ)

 目を伏せてうつむく彼女に、私は一度、呼吸を整えると、

「私は大学まで戻るけど、どうする?」

「え?」

「林檎ちゃんが戻るなら一緒に行けるし、バス停の方に行くにしても途中までなら大丈夫だし。移動するならご一緒しませんか?」

 小さな買い物を済ませている彼女も多分、まだ、大学に用事があるのではないだろうか。これから始まる4限目の講義を受けるのかもしれない。

 正直、この場所から大学までは目と鼻の先である。ただ……その距離を移動できないほど震える林檎ちゃんを放っておくなんてこと、薫の彼女としての私が許さなくても、沢城都としてのアイデンティティが許さない!

 私の提案に彼女は一度苦い顔をしたが、背に腹は変えられないことを悟ったのか、しぶしぶ肩をすくめて、

「……よろしくお願いします……」

 小さく頷き、隣を歩き始めたのだった。


 コンビニから大学までは、徒歩3分。あっさり門をくぐって構内に入ると、横を歩く彼女が安堵のため息をついたのが分かった。

 そんなに怖かったのだろうか……私も最近は一人歩きが多いから、気をつけないと。

 微妙な間を保ったまま、構内でも講義室が集中している棟に向かって歩みを進める。

 と、

「お、林檎ちゃんに都ちゃん?」

 唐突に横から声をかけられ、二人同時に振り向いた。

 視界の先には、二人の対照的な女性。一人は快活に私達へ向かって手を振り、もう一人は物静かに佇んでいて。

 その一人は、先日私が遭遇した長身のお姉さん・千佳さんだ。もう一人の落ち着いた女性とは面識がないけれど……近づいてくる千佳さんに、露骨な嫌悪感を見せる林檎ちゃん。

 女性にしておくには勿体無いほどカッコいいお姉さんは、相変わらずのボイスで私と彼女を交互に見つめ、

「珍しい組み合わせだね。二人は友達だったんだ」

「……ええ、まぁ」

 私に代わって、林檎ちゃんが返答した。否定されると思っていたので正直意外。

 状況を楽しんでいるような千佳さんを諌めるわけでもなく、隣にいる女性はただ、無言で見守っている。

 儚いという言葉が似合いそうな人だな、と、思った。身長は千佳さんの頭ひとつ分くらい小さくて、背中を覆い隠すほど長い髪は天然パーマなのか、毛先がふわりと揺れる。肌も白く、余計綺麗に見える黒い瞳は静かに現状を見つめている。ただ、顔つきや雰囲気は私なんかよりずっと大人びていて……千佳さんとは違うお姉さんキャラであることは間違いないだろう。

 白いセーターとブラウンのロングスカートがよく似合う、やっぱり私とは色々正反対の立場にいる人。

 自己紹介をすることもなく、私達を見つめる彼女。

 気がつけば臨戦態勢の林檎ちゃんが、不機嫌そのものの視線を千佳さんに向けて、

「藤原さんは、何をしているんですか?」

「千佳ちゃんでいいよって言ってるのに。林檎ちゃんはつれないねぇ……」

「呼びませんからっ!」

 大声で否定した彼女は、そのままフンと顔を背けて歩き始める。

 場に取り残された私はどうしたものかと途方に暮れるのだが……先ほどの彼女が気になり、二人に軽く会釈して後を追った。

 そんな私達を見送りながら、

「……若いねぇ」

「さっきの眼鏡の子が、彼女?」

 今まで一歩退いた場所にいた彼女の問いかけに、千佳さんは首肯して、

「そゆこと。まぁ、あたしはもっと仲良くなりたいと思ってるんだけど……新谷君が、ねぇ」

 ぽつりと呟き、苦笑を浮かべたのだった。


 一方。

 ズカズカという擬音がびったりの大股で歩く彼女に、校舎の入り口でようやく追いついた私は、

「ちょっと……林檎ちゃん? ねぇ、林檎ちゃん?」

「やっぱり私、あの人のこと好きになれません」

 いや、林檎ちゃんの好き嫌いは自由で構わないんだけど、

 授業の合間、生徒が慌しく次の教室へ移動する時間。人の往来が激しいこの場所で、彼女は少し、立ち止まったまま、

「……今日は、ありがとうございました」

 私の顔を見ずに、ぼそりと呟く。

 ただ、私が言葉を返すよりも早く、

「あの人にだけは、先輩を渡さないでくださいね!?」

 顔を上げた彼女の言葉に条件反射で頷くと、そのまま私とは別方向へ走り去っていくのである。

 えぇっと……。

「……そりゃあまぁ、努力はするけど……」

 取り残された私は、不可解な彼女の行動の真意を何も理解できず……チャイムが授業開始を知らせるまで、立ち尽くしていたのだった。


 何だか色々あって、よく分からない一日。

 さすがに3日目、生理痛はある程度おさまってきたけど……痛みがないかと言われれば、否。

 ただ、今日も、薫の顔は見ておきたくて。

 4限目終了後、時刻は午後4時過ぎ。私は自然と彼のマンションへ向かっていた。

 私は今日、知人にバイトを代わってもらったのだが、今日の薫は確か夕方からバイトだったはず、タイミングが合えば、丁度部屋から出てきた彼に遭遇できるはずだ。

 タイミングがあえば、だけど。

 まぁ、仮に会えなくても……彼の部屋でゲームの続きが出来ることに変わりはないので、別に構わないのだが。(構わないのか、私)

 薬の切れた体を少し引きずりながら、私は、その入り口までやって来て。


 鉢合わせしてしまったのだ。

 エレベーターから降りてきた、薫と……千佳さんに。

タイミングが最悪なのはお約束ですよねー♪

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