ラバーソウル★
彼との距離は、10メートルくらいだろうか。
いつもならサクサク近づくところだけど……足が、前に進まなくなってしまった。
視線の先にいるのは、薫と――私の知らない、女性。
位置的に彼らからは死角、私がココにいることなど気がつかないだろう。彼が女性と話しているのは、よく見る光景ではある。私も慣れているつもりだった、いちいち気にしていては、彼の彼女なんかやってられないのだから。
だけど……どうして、だろう。
今彼と話しているあの人は「違う」、何がどう違うのか分からないけど……そんな気が、して。
単なる直感だ。根拠なんか何もない。だけど……。
「――気になるんですか?」
「ひぇっ!?」
刹那、背後からいきなり話しかけられた私は、喉から変な声を出して振り返った。
いつの間にか私の後ろにいた美少女――林檎ちゃんが、コンビニ前にいる二人を睨むように見つめ、
「あの人……こんな場所にまで押しかけてくるなんて……!」
白のジャケットとミニのシフォンスカートが可愛い彼女なのだが、綺麗な顔に宿っているのは昼ドラの形相。扉の影からこっそり見つめているような……そんな雰囲気。
黒い、相変わらず黒いよ彼女。
「林檎ちゃん……あの人、知ってるの?」
「先輩とバイト先が同じ人です」
そっけなく返答した彼女は、くるりと回れ右をして、
「ボーっとしてると、寝取られますよ?」
いや、そんなこと言われなくても……っていうか、何気に過激な発言なんですけど!?
寝取られる……ゲームの場合、私は別に抵抗なく相手を奪っちゃって「ざまーみろ」とか思うんだけど、実際自分がやられたら、キツイだろうなぁ……。
ライバルである(だろう)私に最低限の情報しか教えてくれなかった彼女は、少し大またで遠ざかっていった。どうやら道を迂回するらしく、少し先で角を曲がり、見えなくなる。
あの二人の前を通りたくなかったのか……ってことは林檎ちゃん、あの人のこと、苦手なんだろうか?
薫がいれば誰が側にいても笑顔を作れる彼女にしては珍しい行動なので、しばし、その場にボーっと立ち尽くし、
「……そんなことない、よねぇ?」
寝取られる……それはやはり、薫がギャルゲー主人公体質である以上、避けて通れない危機なのだろーか。
その可能性を結構真面目に考えながらも……私は、足を一歩、前に踏み出すしかない。
「都!!」
コンビニ前、私の姿を確認した薫が、慌てて駆け寄ってくる。
「少し遅いから、心配してたんだぞ?」
「あ、ありがとう……歩くペースも少し遅くて」
まさかしばらく二人を見ていました、なんて言えるはずもなく……適当な嘘で誤魔化した。
と、
「おぉ、君が都ちゃん?」
位置的に薫の後ろから、私を覗き込むように見つめる美人さんが一人。
身長は……うを、薫と同じ位ってことは170センチ!? 女性にしては長身=スタイル抜群、足が長くてジーンズが良く似合う。
目鼻立ちがはっきりした顔に、バレッタで右側にまとめたヘアスタイル。少しハスキーな声がカッコいい、仕事の出来る綺麗なお姉さんに見える。
あれだ、声優さんで言えば朴さんに近い。個人的に朴さんは男性キャラよりもお姉さんキャラの声を演じている方が好きだ。
けど、いいなー……私ももう少し、身長があれば……。
見上げると羨ましくなるだけだと分かっていても、見上げてしまう。
「話は新谷君から聞いてるよ。最近はノロケばっかりだけどね」
綺麗な顔ににやりと笑みを浮かべると、「やめてください」と薫がジト目を向けた。
……へぇ。
「あたしは藤原千佳。新谷君とはバイト先が同じフリーターで、年齢的には新谷君の1コ上かな」
男前な挨拶に、少し萎縮しながら自己紹介。
「沢城都です……」
どうしよう、目の前に完璧綺麗なお姉さんがいるのに、素直に萌えられない!
普段の私なら、この人に架空の職業を妄想して……脳内で色々楽しんでは満足するのに。(いや、それもそれでどうかとは思うけどね。やめられないのですよ)
きっと、スッチーの格好とか似合うだろうに……目の前のお姉さん――千佳さんを少し複雑な目で見つめる私とは対照的に、いつの間にか薫より前に出た彼女は、まじまじと私を見下ろして、
「んー……やっぱ、女の噂はあてにならんね」
何の話ですか?
「彼女、可愛いじゃない。誰よ、並以下とか言いふらしてる奴は。うっかり信じそうになっちゃったよ?」
それ、私が知りたい……いや、いいや、知らなくていい。世の中には知らなくていいことも沢山あるはずだ。
困惑するほど私を観察する彼女は、急に目線を顔から下へずらし、
「うーん……都ちゃんってスタイルいいんだね。半分は新谷君のおかげ?」
「えぇ、まぁ……」
「都、返事しなくていいから」
ぺしっと軽く突っ込み、ため息をつく薫。
何だろう、この二人の雰囲気……薫がまるで同性と一緒にいるときのような雰囲気になっているので、やはり、不安になってしまう。
――彼の素顔を引き出せる女性は、私だけだって……。
「ねぇ都ちゃん、ちょっと触らせてもらってもいい?」
「藤原さんっ!!」
刹那、びっくりするくらいの大声で私と彼女の間に割って入る薫。珍しい彼の行動に、心臓が大きく跳ね上がってしまった。
勿論いたずらで手を伸ばした千佳さんも、さすがに目を丸くして、
「……ハイハイ、邪魔者はさっさと退散しますから、後はお二人でどうぞごゆっくり」
両手を上げて一歩退くと、降参とでも言わんばかりの苦笑。
対する薫は、相変わらず私をガードするように彼女を見つめ、
「藤原さんは3時からバイトでしょう? そろそろ行かないと遅刻すると思いますけど?」
「あーもー分かってるって。じゃあまたね、都ちゃん」
彼女はそのまま手を振り、くるりと方向転換をして大通りを歩き始める。
が、数歩歩いたところでも一度くるりと振り返り、
「新谷君、都ちゃんにはまだ秘密にしておいてね?」
…………。
何だろう、この釈然としない思いは。
私は最後まで笑顔になれないまま、遠ざかっていく綺麗系お姉さんの後姿を見送っていたのだった。
「あの人はいつもあんな感じだから、気にしないでくれ」
部屋へやってきた私に、緑茶を出しながらため息をつく薫。
いや、気にないでくれって言われても……あったかい緑茶をすすりながら、ぽつりと呟き、
「……あんなに意味深な言葉を残されたら、気になるんですけど」
意地悪な私のままジト目を向ける。
「バイト先で色々あってさ。そのうち、笑い話になったら都にも話すから」
緑茶の入った湯飲みに口をつけ、それ以上語ろうとしない彼を横目で見つめた。
そして一度、ため息をつく。
私に出来るのは、横に座った彼を信じること。
悔しいけどそれだけ。それだけなんだから。
「都は、大丈夫? 生理痛がどれだけ辛いのか、俺にはさっぱりなんだけど……」
「相性のいい薬があるから、今のところ大丈夫かな」
鈍い痛みは消えないけど、胸の中にある不安も消えないけど、でも、
「……新作は?」
本日の目的を遂行するために彼を見上げると、
「いきなりですか」
苦笑を返される。
しかし、コレは譲れない。だって、
「だって今日は、はぴねすを探しに来たの。薫にだって、綾美からの本を渡そうと思って……」
言いながら脇に置いた鞄をごそごそと探す私を、彼はじっと見つめ、
「……妬けた?」
「さつまいもでも焼いてたの?」
「いや、漢字違うから。さっき、俺が藤原さんと一緒にいるとき、都、不機嫌そうだったなって思って」
当たり前でしょ。私だって……最近は彼の隣にいる美少女にばかり萌え萌えしてられないんだから!
ただ、しっかり気づかれていたことが悔しくて、少し背を向けたまま口をつぐんだ。そんな私を、彼が横から少し強引に抱き寄せて、
「――俺、また不安にさせた?」
「……」
「だったら、ゴメン」
分かってるつもりだった。彼の隣にいるためには、それなりの覚悟と図太い神経が必要で……でも、私なら、女の子大好きだから大丈夫だって、そう、思ってきたのに。
変わっちゃったんだな、私も。
「俺は、都しか見てないから」
「……そりゃどーも、ありがとーございます」
ぶっきらぼうな返事になってしまう。可愛くないけど……急に可愛くなれるような性格でもない。だってツンデレだし。
「信用してないだろ?」
「15分前まであんなに楽しそうに喋ってて、いきなり信じろって言われてもねぇ……」
少し意地悪に返すと、今度は彼が言い返せなくなる。
……そろそろ、勘弁してあげようかな?
私も、あまり意地悪になりたくはないから。
意地を張っても意味がないことは、私が一番理解しているつもりだ。
「……薫がそう言うなら、信じましょう」
「本当?」
「それを信じるか信じないかは、薫が決めることよ。んで……そろそろ例のモノを渡してもらいたいんですけど」
少し体を動かして強引に彼を見上げると、相変わらずの私に目を細めた彼は、
「もう少しじっとしててくれたら、な」
そっと、顔を近づける。
結局……私の不安なんか、彼は簡単に打ち消してしまうのだ。
そして、勿論この後は、
「……やっぱり彼女(彼)がメインのストーリーはないのか……」
メインヒロイン(だと、私は思ってる)の彼女のサイドストーリーを堪能した私だが……個人的に一番見たかったキャラのストーリーがなさそうな気配に、少し落胆。まぁ、彼女(彼)とやっちゃうと軽くBLではあるんだけど、でも、それを可能にするための魔法の使い方もアリなんじゃないかって思うんですがどうでしょう。(誰に聞いてるんだ私)
ただ……私は薫と一緒に下着を買いになんか行けない。絶対無理。私が無理。
つくづくギャルゲーヒロインは強いと思いながら、一旦セーブ。次は誰にしようか……画面を見ながら考えていると、
「なぁ、都」
ベッドに腰掛けて読書に没頭していた彼が、顔を上げて私を見つめた。
ちらりと薫が手にしている本の表紙に目を向けると、美少年と美青年が絡んでいて……下半身が本の帯に隠れて見えなくなっている。
あの帯を外したら……一体どんな光景が待っているのだろう。っていうか帯のアオリもどうなの? 「意地悪な指先」というそこまでひねりのない直球なタイトルにも関わらず、帯に書いてあるのは「秋の俺攻めフェア実施中! 俺様の指技に酔いな(はぁと)」って……いいのか? 色々版権とかその他とか漢字さえ変えちゃえば何でもありなの!?
ちなみに、攻めだと思われる彼の指先は、しっかり帯の下に隠れている。見たいような、見ないほうがいいような。
「これから、どうするんだ?」
「これから? うーん……次を誰にしようか悩んでるのよね。あと、その帯を外すかどうか……」
「いや、そうじゃなくて」
本気の顔で返答する私に、「オイオイ」と突っ込んでから、
「これから……今日、泊まっていけるの?」
はっ!?
そ、そういうことか……本気で次のヒロインを考えていた頭を一旦リセット。
ダメだ、今日……調子が狂いっぱなし。間抜けな自分自身に失笑してから、
「でも、薫、今日は……その……」
忘れかけた現状を思い出し、口の中でごにょごにょと呟いた。
すると薫は、何やらにやりとした表情で私を見据え、
「俺は、都と一緒にいられればそれでいいんだけど……都は、違うの?」
「へっ!? あ、それは……そうだね、うんっ!」
一人でやらしー妄想をしていることを指摘された気がして、我に返った私は急に萎縮してしまう。
なんだ今日の薫は。受けのフリしてしっかり攻めてるような気がするんですけどっ!?
わんこのよーにつぶらな瞳でじぃっと見つめられ、現在の位置的に見上げられ、たじろぐ。
「心配しなくても、俺も見境なく襲ったりしないし……多分」
「多分はやめて。絶対ダメだからね!」
その多分が非常に気になる&100%信用できないので念をおすけれど……私が、彼の差し伸べてくれた手を振り払うことなんか、出来るわけもなくて。
脳裏に笑顔で洗濯物をたたむ奈々が浮かんだ。彼女に後からメールをうっておかなければ。
今日は寮に帰らないから、洗濯物は明日取りに行かせて――って。
「……じゃあ、お世話になります」
「どうぞ。っていうか大歓迎だけど」
私に笑顔を向けてくれる彼に、また、胸が高鳴った。
慣れない、この人の笑顔にはいつになっても慣れない。女子には刺激が強すぎるのですよ。
一瞬で顔が赤面し、無言になってしまう。そんな私の変化に目ざとくなった薫が、首をかしげて尋ねた。
「やっぱり今日は大人しいよな。大丈夫か?」
真っ直ぐ見つめられると、少し体が熱くなって……痛い。
もどかしい。
いっそ、全部忘れて押し倒していーだろうか?
「……薫のせいだからね」
「?」
私は負け惜しみをはきすててから椅子ごと彼に背を向け、パソコンに向き直る。
結局……私は薫のことが大好きなんだと改めて自覚した、そんな時間だった。
林檎ちゃんが不憫だ……だけど、今回は千佳さんの独壇場なので諦めてもらおう! そうしよう!
ちなみに、作中で都がプレイしてるゲーム……ファンディスクでは男の娘なあの子とキャッキャウフフな展開ってありましたっけ……知ってる方、情報求む!(ヲイ)