大切な場所
「沢城」
最初、彼は私のことをそう呼んでいた。出会ってから数ヶ月、お互いのことをぼちぼち深く知りながらも、踏み込まない関係。それが私と彼の間に合った暗黙の了解であり、絶対に超えられない境界線だと、私は信じて疑わなかったのだ。
超えられない、超えちゃいけない。そう言い聞かせたこともある。
「都」
関係が進化して、呼び方も変わった。気がつけば私達はいつも一緒にいたし、今の私にはもう、彼のいない生活なんか考えられない。
毎日会っていても足りない。それは、利害関係が恋人という関係に変わってから……私の中で一層強くなった正直な思い。
だから、
「……いっ……!」
布団の中で一人背中を丸め、苦痛に顔をゆがめる。
朝の光が差し込む寮の個室。最近散らかり始めた室内を見ないフリしたいなーと現実逃避しながら、一度、天井を見上げた。
静かな空間。勿論部屋の中には私しかいなくて、分かっていても少し寂しくなる。
そして……痛い。意識から除外したいけど、無理。
「……朝からサイテー……」
ため息をつく。私の睡眠を阻害するほどの腹痛には心当たりがありまくるので、気力と根性で起き上がり、床に立った。
「ひぅっ……いぃったぁー……」
腰を押さえ、おばーさんのように前かがみになる。だけど、この場でじっとしているわけにもいかない。今はとにかく、あの場所を目指さなくては。
動きたくないと抵抗する体を必死に動かしながら、私は部屋から脱出して――
「……都ちゃん、少しは部屋を片付けたほうがいいと思うよ?」
案の定、部屋の外で行き倒れた私を見つけた隣室の友人・奈々が、荒れ果てた室内を見渡し、苦笑する。
大学が管理しているこの女子寮は、鉄筋コンクリート3階建ての建物に45部屋あり、全て個室。勿論食堂や浴場、洗濯機などは共用なのだが、言ってしまえば女の園?
学年ごとの割合はほぼ同率。ただ、大学生にもなると学年ごとの上下関係はほとんどなくて、むしろ女だらけなので気兼ねしなくてすむのか……皆様、たまに随分大胆である。(詳しくは言えないけど)
今のところ百合は発見できていないが、別に男子禁制というシチュエーションでもないので、男性の出入りも案外あるのが現実。ただ、薫は絶対に呼ばないことにしている。大騒ぎになる可能性がある(=彼がいじられる)のは当然なんだけど、一番の理由は、そのー……。
「新谷君、幻滅かも?」
「……そんなこと言わないでよぉ……」
ベッドの淵に腰掛け、可愛い顔で意地悪なことを言う友人に、私は情けない声しか返せなかった。
まぁ、別に広いわけでもない、家財といえば部屋に入って正面にある勉強机(その上にノートパソコン)、向かって右側にベッド、その反対の壁側に置いた本棚とテレビ、プラスチックの洋服収納ケースくらいなのだが(クローゼットは備え付けてあるのですよ、女子寮ですからね)……いや、これだけなら散らかったりしませんから。っていうかゴミの分別から始めるべきだと思わないかい私?
床には使った教科書や使わない教科書、図書館から借りている本などが無造作に積み上げられ、不安定なタワーが乱立している。洗濯物を一時的にためている布製ラックは服が溢れる寸前だし、っていうかあのペットボトル……いつ買ってきたやつだっけ?
「あ、靴下が脱ぎっぱなしだー」
部屋の片隅を指差し、じぃっと私を見つめる奈々。
「……病人の部屋で粗探ししないで……」
「えへへ……ゴメンね。だって、面白いんだもん」
「面白くないよぉ……」
腹痛に顔をゆがめる私を、彼女は終始笑顔で観察しているのだった。
彼女――奈々は、大学に入学してから知り合った、ノーマル(に近い)系の友人だ。
二の腕付近まで伸びた髪の毛を左右で少しだけ結い、小柄だけど大きな瞳が特徴的。本日は白のブラウスに赤のネクタイ、同系色のプリーツスカートに紺色のハイソックス……という、どこぞの高校生(コスプレ?)かと思うような服装である。似合ってるけど。
綾美や林檎ちゃんとは違うタイプの美少女であり、綾美が頼りになる姉貴、林檎ちゃんが年下ロリなら……奈々は同年齢の幼馴染ってところだろう。毎朝起こしてくれそうな、起こしてほしいような雰囲気の持ち主である。
女の子らしい雰囲気の奈々だけど、性格はしっかり者の世話焼きタイプ。小奇麗にまとまっている彼女の部屋は、私が真似したいお手本でもある。しかも、彼女は手先も器用らしく、ぬいぐるみや枕カバーなどを自分で作ってしまうらしい……理想的だよ。(何が!?)
ただ、先ほど、私が彼女を「ノーマル(に近い)」という微妙な表現で紹介したのには、ちゃんとした理由がありまして。
まぁ結局、類は友を呼ぶといいますか、なんというか。
「でも、先月から特に大変そうだね。大丈夫?」
「……ピンクのバファリンが欲しい……」
「後から寮母さんにもらってきてあげるよ。朝ごはんは……無理、かな?」
動けない私を察した彼女が、「しょーがない、都ちゃんの朝ごはんは奈々のデリバリーだ!」と、苦笑しながら約束してくれた。
正直助かる。私は多分、今日一日……ろくに動けないだろうから。
「都ちゃん、今日の授業とバイトは?」
「バイトは……ない。授業は、3限のノートだけ、お願い……」
「分かりました」
頷いた奈々は、「ついでに洗濯も、私のと一緒に洗っておくね」と、溢れる寸前の汚れ物を指さしてくれる。
さすが……さすが幼馴染系世話好き! 自分の充実した人間関係に笑いがとまらない今日この頃である。
「でも……やっぱりコレって、愛されちゃってるからなの?」
私が彼女の性格に色々妄想を重ねていると、彼女がその大きな瞳で私を再び覗き込み、
「最近の都ちゃん、寮にはほとんどよりつかなくなっちゃったもんねー……一人身の奈々は寂しいっす」
「……そんなこと、ないよ」
多分。
私の言葉を「いーや、そんなことある!」と即座に完全否定した奈々は、
「都ちゃんの生理痛がこんなに重くなっちゃったのも、絶対新谷君と関係があると思うんだけど」
殊更最近、薫と付き合うようになってから……元々重かったものに拍車がかかった気がする。
薬を飲まなければ痛みにのたうちまわるしかないなんて……月に一度の拷問っす、マジで。
この寮の先輩方の意見をまとめると、一度病院に行った方がいいと言われるほどだ。
……行こうと思って時間ばかり過ぎている私はダメ人間です、ええ、ダメ人間ですとも……。
「……因果関係があるなら、私が一番知りたいわよ……」
「だよねー……じゃあ、思い当たることを順番に言って? 全部聞いてあげるから★」
ニコニコと提案する彼女に、私はため息をつきながら、
「……ココだけの話よ?」
「うんうん♪」
「薫……私が構ってあげないと、寂しくて死んじゃうの」
沈黙。
「……奈々、ゴメン。言ってみただけ」
「はいはい、ごちそーさまでした」
軽く「やっちまったぜ」感もあるのだが、赤面して顔の半分まで布団をかぶるにため息をついた彼女は、ひょいっとその場に立ち上がると、
「じゃあ、とりあえずご飯食べてくるから。都ちゃんは一人寂しく……あ、新谷君に電話してみれば? 絶対駆けつけてくれるって」
「絶対しないから!」
ダメ。今の部屋見られるわけにはいかないからっ!!
私のそんな心中を察している奈々は、可愛い笑顔で「じゃ、また後でね」と、扉を閉める。
再び一人になった私は、天井を見上げ……。
「……痛い」
腹部をえぐるような痛みに、半泣きで耐えるしかないのである。
奈々が持ってきてくれた朝食代わりのおにぎりとヨーグルト(あの、食べ合わせ悪いと思いません……?)を食べて、薬を流し込む。
彼女も今日の授業は午後かららしく、さっき、私の洗濯物を抱えて部屋を出て行った。
そして、重い生理痛に苦しむ私は、ベッドの上で、一人、
「……ありえないから」
奈々が持ってきてくれた少女漫画を読みながら、漫画に向かって思いっきり突っ込むのである。
極度の少女漫画好きである奈々は、ことあるごとに私へ漫画を貸してくれる。それは、私も自室に漫画の類を持ち込んでいるから、同類だと思われている結果だと思うが……まぁ、私の部屋にある漫画って、WJとかスクエニとか角川とか、どちらかといえば男性向けばっかりなんだけど。
対する奈々は、永遠にりぼんを購読すると宣言しているりぼんっ子。最近は少コミや花ゆめ、マーガレットにも手を伸ばしているらしいが、「私の初恋は、「○ちゃんのリボン」の大地君なのー★」と顔を真っ赤にして語ってくれたのは、出会って割と最初の頃である。
今回彼女が私の暇を潰すために持ってきてくれたのは、「神○怪盗○ャンヌ」全7巻。うん、絵は見たことあるけど、こんな話だったんだ……っていうかありえないでしょその運動能力。にしても、一人暮らしがそう簡単に出来る時代になってしまったのか……ギャルゲーじゃよくあることだけど、少女漫画の世界でも主流なのかしら一つ屋根の下(いや、今回は微妙に違うけど)。同じ名前のキャラに感情移入してしまったため、ヒロインを選んだヒーローをあまり好きになれなかったのはココだけの話。
薬が効いてきたのか、大分痛みが緩和されてきた。本を読む速度は人並みのため、ベッドの上で1時間に4冊読書完了。と、部屋に戻ってきた奈々が、ぐーたらな私を見て一言。
「……都ちゃん、新谷君呼んでもいい?」
「絶対ダメ」
即否定。ダメ。こんな部屋見られるわけにいかないですよ何があってもっ!!
本気の顔で首を横に振る私を、彼女は可愛い笑顔で「そーだよねー」と首肯し、
「じゃあ、軽くお掃除しちゃいましょー。都ちゃんは寝てていいよ、その代わり、奈々が何を捨てても怒らないでね?」
右手にゴミ袋を持ったまま、部屋にズカズカと侵入してきた。
顔面蒼白。彼女の世話好きが裏目に出ている。だって、床に積み重なっている教科書や学校のプリント、その隙間には間違いなく――!
「だ、ダメ! ちょっ……お願いだからちょっと待ってぇっ!!」
山を崩そうとした奈々を体当たりで止めた私は、必死で笑顔を取り繕う。
「体が良くなったら、絶対掃除するから! ほら、掃除って自分でやらないとどこに何があるのか分からないでしょう!? 奈々ありがとう! その心遣いには心から感謝してるから……うん、確かサークル棟に用事があるって言ってなかったっけ? ねぇ!?」
必死の形相の私に、さすがに訝しげな顔になる奈々だが……苦笑で嘆息すると、持っていたゴミ袋から手を離し、
「都ちゃん、エッチな本隠してる男の子みたいだよ?」
うぐ。実際半分大当たりなんですけど。
何とか顔を引きつらせないように、笑顔を心がけた。うぅ~……いきなり動いたから、下腹が……痛い。
引きつった表情が痛々しい私に、奈々はこれ以上何も言わず話題を変えてくれる。
「ねぇ、都ちゃんはこの漫画の中で誰が好き?」
「この中で? うーん……やっぱり、同じ名前の彼女かな。正直、このヒーローがあまり好きになれないんだよね、今のところ」
奈々に渡された少女漫画、その表紙に登場しているヒーロー的な彼を指差すと、「あぁー分かる! 奈々もね、フィンとアクセスのカップリングが好きなの」と、目をキラキラ輝かせながらさりげなく専門用語っぽいことを口にして、
「洗濯物は、夕方にでも持ってくるから。寮母さんには話してあるから、昼ごはんとか時間がずれても大丈夫だと思う。何かあったらメールしてね?」
「ありがとう……私が男だったら、絶対奈々を嫁にしてるよ」
本音を呟く私に笑顔を返す彼女は、「お大事にね」と残して扉を閉めた。
彼女の足音が完全に遠ざかってから、
「……はー……助かった」
ベッドの上に座り込み、ため息。
教科書の山にまぎれたギャルゲー雑誌やら、机の陰に積み重ねたままの積みゲー(大樹君からの借り物を思わず持ってきてしまったものもあるけど)、その他諸々を発見されなくてよかったと心から思う。
奈々が……あの純粋娘がこんなもの見つけたら、私は世話好きの友人を一人失うことになりかねないのだから。
実際、扉近くに置いたままの鞄から半分飛び出した青い袋の中には、今日、彼に渡そうと思っていたBL小説が5冊ほど。
「……連絡しとかなくちゃね」
お互い、今日はバイトがないから昼過ぎに、私の授業が終わってから会おう、なーんて約束をしていたけど……無理だろうなぁ。薬が24時間効いてくれればいいのだけど、薬が切れるごとに猛烈な痛みと戦わなくてはならない。それだと彼に心配をかけてしまうし……何より、
「…………今日は何も出来ないしなぁ」
自分で呟いて苦笑した。何を言ってるんだと思わないでほしい。好き同士ならしょうがないのっ!
会える時間が短かったり、学校でしか会えなかったりという日々が1週間ほど続いただろうか。バイトと学校だけで、互いにどうしてこんなにすれ違っているのか疑問なのだが、今日は久しぶりにゆっくり二人でいられる、そのはずだったのに。
あぁ、ゲームのヒロインが羨ましい……こんな現実問題に悩まされることなく、好きな人と好きなだけ一緒にいられるんだから。
ゲームのヒロイン……。
「……うぃん○みるのファンディスク……」
やりたかった……やれるはずだった本当なら。
完璧ヒロインに頭の中で手を振りながら、私は彼にメールを送って……急に、睡魔に襲われる。
薬のせいだろうか? それとも、疲れているから?
何でもいいや、今日はとにかく……寝て、痛みに耐えるしかないんだから。
持っていた携帯を枕の横に起き、布団の中に潜り込む。
この部屋に彼を呼ぶことは出来ないけど、でも、側にいて欲しい、なんて……矛盾したことを考えながら。
どれくらい眠っていたのだろう。鈍い痛みに起こされた私は、ベッドの上で寝返りをうち、
「……痛い」
本日何度目なのか数えたくもない言葉を呟く。
携帯で時刻を確認すると、午後2時前だった。私が寝たのが確か10時前だから……結構寝てたんだな。
「メール……返ってきてる」
ディスプレイにメール受信の印。その新着メールは、私が寝た直後に届いていた。うわ……ゴメン、何時間前のメールなんだか。
差出人の彼に心から謝罪しながら、本分を確認して、
「……ゴメン」
もう一度謝る。そりゃーもう心から。
メール本文は一行だけだった。私から送ったのは「体調不良で今日は会えない」という旨の本文。それに対し、彼の――薫の返事は、
"今……電話しても、いい?"
……ゴメンなさい。数時間も放置プレイして本当にゴメンなさいっ!!
猛烈な罪悪感に襲われながら、私は携帯のアドレス帳から彼のナンバーを探し、
「今、電話しても大丈夫……だよね?」
返事が返ってくるはずのない問いかけ。思い出せ、確か今日、薫の授業は午前中に終わってしまうはずで、だから、私が終わるまで待ってくれるって話だったはずで……。
それから……何だっけ?
「……出られなかったら出ないよねっ!!」
30秒悩んでたどり着いた結論に従い、私は薫に電話をかけた。
2コール、3コール……。
「都!?」
少し乱暴に電話に出た彼が、私の名前を呼ぶ。
耳元で聞こえた彼の声。それだけで、赤面してしまった。
「え、あの……薫、今、大丈夫?」
「俺は大丈夫だけど……いや、都だろ大丈夫じゃないのは。風邪でもひいた? ノロか? ノロなのか!?」
最近、巷で大流行のウィルス名を連呼する薫。
あのー……どうしたんですか、一体。
電話の向こうの彼がどこにいるのか分からないが、取り乱しているのは非常によく分かる。
「ど、どうしたの? 何かあった?」
「どうしたの、って……メールが返ってこないから心配してたんだよ。俺は授業で抜けられないし、電話もメールも出来ないくらい、体調が悪いのかと思って……」
「それは本当にゴメン。薬のせいで眠くて」
「風邪か?」
「……えぇまぁ、そんなとこです」
言葉を濁す私に、彼はこれ以上突っ込まず、
「じゃあ、今日は一日安静にしてるんだぞ? でも、見舞いに行っていいなら今すぐにでも……」
「ダメっす!!」
即否定。薫でも、いや、薫だからこそこんな姿と部屋は見られちゃダメなのですよっ!!
彼が私の言葉を受け入れないなんてことはないと思っている。案の定、電話の向こうで無言になった彼が、「分かった」と、しぶしぶ呟き、
「……じゃあ、俺が都に出来ることは、ない?」
少し切ない声。胸が痛んだ。
「電話に出てくれただけで十分だよ。本当は会いたいけど……」
それが難しいことは、病人である私が一番理解している。今日と明日は、あまり動かないほうがいいと。
だけど……声を聞くんじゃなかった。心の中で少し後悔してしまった。
だって、
「……薫、あのね……」
会いたいと、思ってしまう。
声だけじゃ足りない、欲しいのは言葉じゃない、近くにいるんだから、今すぐ……会いたい。
薫に会いたいと、強く、思ってしまうから。
気がつかないうちに、私は自分の心情を吐き出していた。
「私、風邪じゃなくて生理痛なんだ。だから、そのー……今日は、あの、できないけど、でも……」
でも、
「……会いたい、から……そっち、行ってもいい?」
薫に嘘はつかない。自分の思いは、正直に、伝えたい。
膨らんだ思いに後押しされて、少し震えながら呟く私に、彼は一瞬、無言になって、
「新作」
「へ?」
「大樹から預かってる新作があるんだ。都、やりたがってただろ?」
それが彼らしい言葉であることを、私は誰よりも理解している。
「都の具合が大丈夫なら……俺は大歓迎だよ。迎えに行こうか?」
「あ、ううん、でも……大学前のコンビニで待っててくれると、嬉しい、です……」
寮には彼を近づけないほうがいい。だけど、すぐ会いたい。
私の提案に「分かった」と頷いた彼は、
「都」
「ん?」
「今日は可愛いキャラの日?」
意地悪に問いかける薫に、口ごもる。
「そんなことない、はずなんだけど……」
空笑いで思い返せば、今日の私の言葉……普段と違いすぎる。電話という、実はあまり使ったことのないツールでコミュニケーションをとっているせいもあると思うけど。
でも、
「……俺も、会いたかったよ」
「え?」
「じゃ、待ってるからな」
彼がぼそりと呟いた言葉を問い返す間もなく、一方的に電話は切れる。
しばし、電話を見つめていた私だが……身支度を整えるため、気合を入れて立ち上がった。
正直、体の具合はよくないけど、彼と会うことを我慢するほうが体に悪い。そうに決まってる! いま決めたっ!!
それに……新作が私を待っている! あのゲームはショートシナリオを集めたモノだから、今日は長時間パソコンの前に座ってなきゃいけないってこともないだろう。春姫ちゃんが私と一緒にデートしたいって待っているなら、行かないわけにいかない!!
服を着替えながら、一度、自分の体を見下ろして、
「……肌の手入れとか、もっと気を使わなくちゃダメかなー……」
奈々に今度助言してもらおう。そんなことを考えていた。
10分後、目覚め15分で準備してしまう私ってどうかと思うけど……まぁいいや。
薬や渡そうと思っていた小説など一式を持った私は、心配してくれた寮母さんにお礼を言ってから、寮を飛び出す。
走るな、走っちゃダメ、気持ちは分かるけど、今日は走っちゃダメですからっ!!
薄緑色のパーカーに白いブラウス、ジーンズにスニーカーという、相変わらず飾り気0%の格好ではあるけど(服を選ぶ時間が惜しかったんだと思って! 言い訳!)、これが私、沢城都なのだからしょうがない。彼に好かれる努力はしたいけど、私をひん曲げることはしたくないと思ってしまうから。
そんな私を受け入れてくれる薫は、改めて懐の広い奴だと思う。
大学沿いの細い路地をコンビニに向かって直進しながら、改めてそんなことを考えてしまった。
と、
「あ、かお……」
この道の終点は、大きな道と交わる三叉路になっている。国道沿いにあるコンビニが彼との待ち合わせ場所。その背中を見つけた瞬間、私は思わず声をあげて、
……息を、のむ。
彼が、背の高い綺麗な女性と話していることに、気がついてしまったから。
初っ端から生々しい(?)エピソードでスイマセン……女の子は大変なんです! あと、本文中に出てきたパソコンゲームのタイトルや内容から、この物語が何年前に書かれたのか察したあなたは凄い!(いるのか?)