プライベート・ヒロイン
「どうして俺があんな格好を……」
彼の部屋へ向かう途中、部屋についてから、薫はずっと不満そうな顔で、先ほどの事件(?)に関することを呟いている。
「しかもル○マリア……俺はス○ラの方が好きだったんだ。っていうか最初から主人公に感情移入できなかったんだぞ? それなのに……」
この部屋に戻ってきてから15分ほど経過しただろうか? 彼はベッドに座って背中を丸めたまま、ぶつぶつと呟いている。
「……キラがよかった……」
どうやらそれが、彼の本音らしい。
私は彼の隣に座って、肩をぽんぽんと叩きながら、
「まぁ、人生色々あるよ」
「……その一言で片付けられるほど、心の傷は浅くないんだ……」
本気でずどーんと落ち込んでいる彼に、私はかける言葉が見つからない。
だから、
「じゃあ……私が癒してあげようか?」
一度呼吸を整え、呟く。
「都?」
驚いたような表情で、彼が私のほうを向いた。私は無言で自分でブラウスのボタンに手をかけながら、上から、ゆっくり外していく。
すぐに上半身がはたける格好になった。薫はそんな私をしばらく見つめていたが……不意にくるりと背を向け、沈黙する。
気が付いてくれたらしい、私の変化に。
「今日の都……反則だぞ。スカートだし、コスプレだし、それに……」
私に背を向けたまま、彼がぽつりと呟いた。
実はさっき、あの衣装から着替えるときに……意を決して、下着も替えておいたのだ。
コレはなんと、真雪さんからの助言。薫の深く傷ついた心を察知した彼女からの、ささやかなプレゼント。
「気にってもらえなかった?」
無言で首を横に振る彼。
「じゃあ、私の方を見てほしいんだけど……」
これにも無言で首を横に振る彼。
「じゃあ……私、帰る……」
「都!?」
急に焦って振り向いた彼の頬に、私は人差し指をぐりっとねじ込み、
「……逃げないでよ。私は、薫に見てもらいたいの」
不機嫌な顔で見上げると、ぽつりと「ゴメン」と呟く声が聞こえた。
ったく、この人は……どうしてこう、妙なときに我慢強いというか、なんというか。
肝心なときに、私に対して一気に踏み込もうとしないんだろう。こっちは準備万端なのに。
「言っとくけど、私は最初からそのつもりなの。ココ最近は私の都合とか、バタバタしてたりとかで……その……全然できてなかったなぁって思ってっ!」
どうして女の子にココまで言わせるかな、っていうか言っちゃうのかな、私。
「それに……今日のことで、薫に心配かけちゃったし……怖かったし……だから……」
彼の胸に額をぶつけ、
「……忘れさせて、ほしい」
思い出すだけで怖くなる。足がすくんで、耳を塞ぎたくなる。
あんな思いは二度と味わいたくないし……早く忘れたい。私が知っているのは彼だけでいい。
かすかに肩を震わせる私を、薫は少し強く、包み込むように抱きしめて、
「……1回じゃ終わらないと思うぞ?」
頷く。
「……3日間くらい拘束するかもしれないぞ?」
「3日って……」
どうやら、奈々の情報は正しかったらしい。思わず嘆息する私に、「俺だって……」と、私の耳元で彼が反論する。
「俺だってずっと……いや、そんなに長い期間じゃないけど……でも、都がいいって言ってくれるまでは、絶対強引に抱いたりしないようにって……我慢してたんだぞ」
「知ってるよ」
そんなの、見れば分かるし。
「でも……それでもいい、から……お願い」
私は君に、おやすみって言って……それで、明日の朝はおはようって言いたい。
君も私におやすみって返して、明日の朝は笑顔で起こしてもらいたい。
そんな日々を、繰り返していきたい。
お互いに好きなことを認め合いながら、一緒にいたい。
夢みたいに幸せな時間を、ずっと。
不意に、腕の拘束が緩んだ。薫は眼鏡をはずし、着ていたシャツを脱ぎながら、
「都、一つ聞きたいんだけど……それ、誰が選んだの?」
「千佳さんに決まってるじゃない。私がこんなの選ぶような性格だと思う?」
キャミソールのストラップを引っ張りながら返答すると、「まぁ、それはそうだと思ったけど」と、微妙な格好のままの私をまじまじと見つめ、
「……高かった?」
「どうして?」
「後学のために」
どういうことだろう。彼の質問に疑問を抱きながらも、私が「トータル3800円だったけど」と返す。
「そんなもんか」
ふむ、と頷く薫に、私は首を傾げるしかない。
「……どうしたの?」
「いや、もっと高そうに見えたから、あまりに高額だったら都に悪いかな、って」
「そこまで考えなくていいよ……」
自発的にやってることですから。
嘆息する私の眼鏡を外しながら、彼がふと、大きな手で私の前髪をかきあげて、
「……成長したって聞いてるんですけど」
「前髪が?」
「さすがに都の前髪事情まで俺は知らないけど……」
もう片方の手で、「下」を指差す。
それがどの部分を指しているのか察した私は……千佳さんがそこまで伝えていたことに、怒りを通り越して呆れてしまった。
「千佳さんって人は……」
「俺のおかげ?」
「薫との因果関係まで私は知らないわよ。私だって、自分でなりたくてなったわけじゃないし……」
世の女性の4割がカチンとくるであろう言葉かもしれないが、私の特性を考えて納得していただきたい。
「私は巨乳を愛でるのが好きなの!」
「いや、そんなこと俺の前で言われても……」
「薫だってそうでしょう!? 筋肉の引き締まった体で、白のスーツが似合って、目が鋭くて、いかにも「俺は鬼畜攻めです」って人を見るのは好きだけど、自分がそうなりたいとは思わないでしょう!?」
「いや、それは確かにそうだけど……」
私の実に説得力のある言葉に頷いた彼だが、次の瞬間、少しだけ目を細めて、私を真っ直ぐ見据える。
「……都が相変わらずだってことは分かったけど……でも、俺からの忠告というよりワガママ、聞いてくれる?」
「はい?」
何だろう。
改まった薫に私も背筋を伸ばす。よく分からない雰囲気で向かい合っている私達は、今からお見合いでも始めるみたいに固まっていて。
彼は一瞬躊躇ったが、私の額に添えていた手を肩までおろして、
「都は……俺以外の男にとっても、十分魅力的だから。俺としては、たまに無防備すぎる都が、危なっかしくて見てられないんだ」
……本人には全然自覚がないんですけど。
「だから俺は、都と一緒に住みたいと思ってるんだよ。都を魅力的だと思うのは、この先俺だけじゃなくなるかもしれないし……」
「いや、それはないと思うけど」
思わず否定すると、薫は笑顔で首を横に振った。
「まぁ、それならそれで俺はいいよ。俺は都しか見てないから。だから……」
肩にある彼の手が、そのまま、私の体をベッドに沈める。
自分はベッドに座ったまま、その綺麗な顔で私を見下ろし、
「とりあえず都、ゴミはちゃんと分別して捨ててる?」
「……捨ててます」
奈々が。
「洋服はハンガーにかけて、クローゼットに片付けてる?」
「……片付けてます」
奈々が。
……こう考えると、相変わらずダメ人間街道まっしぐらの私。
でも……どうして私、押し倒されたまま尋問されているんだろう。
言葉だけの答えに満足そうな表情になる薫が、私の左手を顔の横まで持ってきて、彼自身の指を絡める。
そのまま一度、強く、握り締めた。
「じゃあ、俺に御褒美をくれる?」
表情に、意地悪な笑み。
「綾美の新作でいい?」
負けじと返す私。そんな私に、彼は「いいや、それはそれとして」と、やっぱり否定も肯定もしないまま、首を軽く横に振って、
「だから今日は、都が欲しい。これからも、俺以外の男は見ないでほしい」
至近距離&真顔でそんなことを言われるから、耐性のない私は赤面して口ごもってしまう。
「ダメ?」
あぁもう誰か何とかしてよこの人。無自覚で乙女の心臓に負担かけすぎなのよ!
でも、
「……言って」
ぽつりと、私は呟いていた。
薫の言葉を喜びながらも、物足りないと思ってしまう。それがきっと、欲張りな私の本音。
だから、私は正直に呟く。
彼との距離を、自分からもっと近づけるために。
「見ないでほしい、じゃなくて……俺しか見るなって、言って……」
きっと、この先何があっても……彼は、私を守ってくれる。
そして、私は彼の側から離れない。離れたくない。
愛しいとか、大好きだとか……そんな思いよりももっと強く、一緒にいたいと思う。明日も、名前を呼んで笑顔を向けてもらいたいと願う。
――君のいない日常なんか、私には考えられないから。
一回り大きな体を何度も抱きしめながら、そんなことばかり、考えていた。
エピローグへ続きます……うん、この内容は15禁だな。