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「白は素人です!」By都

 混乱したままの私は、結局そのマンションの2階角部屋まで引っ張られた。

 何?

 何が起こっているの?

 彼が部屋の扉を開き、そのまま中へ連れ込まれる沢城都。靴が脱げる。っていうか足からぬける。大学生向けのワンルームは、薫の部屋の構造と多少違うものの……玄関を入って右側にキッチン、左側にバス・トイレがあり、居住スペースとなっている部屋は閉ざされているすりガラス戸の向こう側。


 ……ちょっと、待て。

 後ろで彼が扉の鍵を閉めた音を聞いた瞬間――私はようやく「現実」を理解する。

 今まで散々ゲームをプレイしてきたじゃないか。こうやって見知らぬ部屋に連れ込まれたヒロインはどーなった?

 扉の向こう、部屋の中にはうじゃうじゃと男がいて、ヒロインはそのまま、順番に――!?


「冗談じゃないわよ!!」

 よーやく大声を上げるまで自分を取り戻せた私は、部屋から出る障害になっている彼を、強引に押しのけようとした。

 このまま好きに弄ばれるなんて冗談じゃない! パニックになりそうな自分を必死で保ち、部屋から出ようと全身でもがく。

 ただ、私が強引に彼の横をすり抜けようとした瞬間……不意に右肩をぐっと掴まれ、中へ引き戻される。

「っ!?」

「……逃がさないよ」

 そのまま私の行く手を阻み、表情の見えない低い声でぼそりと呟く。一瞬背中が震えた。あまり刺激しないほうがいいような気がする。彼が何者で、何を考えているのか分からないけど……この部屋は私にとってアウェー。仕掛けられたら勝てない公算が高い。

 完全に萎縮した私を、彼はそのまま部屋の奥へ促す。

 とりあえず背を向け、素直に従ってみた。今は確実な勝機を待つ。幸い、彼以外の靴は玄関にないし、扉の向こうに人の気配もない。部屋に入った瞬間押し倒される可能性はあるが……そこまで彼にやらせれば、100%警察へ引き渡せるのだから。

 前に進むしかない私は、一度つばを飲み込んで、その部屋へ続く扉を開き――


 予想外の光景に、絶句するしかなかったのである。


 部屋の中にある家財道具は、この位置からだとベッドとパソコン、コートをかけるためのパイプハンガーと棚くらいだ。しかし、まずは正面にあるその棚が尋常ではない。むしろ、棚というよりガラスケースと言う方が適切だろうか……様々な美少女フィギュアが綺麗に陳列されたその光景は圧巻。私も欲しいアレとか、一度現物を見てみたかったアレとか、一体ネットオークションで数十万はするアレとか……いかん、目移りしてきた。

 勿論完全塗装済みの一品ばかり。ガチャポンやワンコインサイズのミニチュアから、スカートの中まで完全再現された種類まで、あらゆる美少女フィギュアがそこに網羅されていた。

 でも凄いなぁ……ヒロインだけでなくサブヒロイン、隠しヒロインまで幅広く揃っている。総額いくらなんだろう、っていうかこんなにあるんだから、1体くらい持って帰っても気が付かないんじゃ……いや、絶対気が付くだろうなぁこういう場合。毎日欠かさずチェックしてそうだし。

「あれは――!」

 思わず声を上げそうになって慌てて口を閉じた。ココで私がマニアックな指摘を――あの一番上にいるアル・アジフはエセルドレーダの衣装を着ている限定仕様だ!――するのは得策でないような気がするのだ。同類であることは変わりないかもしれないけど……いや、何となく個人的に。

 そして、次に注目すべきはパイプハンガー。壁側に縦2列で並んでいるのだが……びっしりと某学園の制服とか某付属校の制服とか某Pia○ャロの制服とか……とにかくそういう「精巧なコスプレ衣装」がずらりと並んでいる。これで一件メイド喫茶開けるんじゃないかってくらい並んでいる。そして……その制服が一体何の作品で登場するのか、9割分かってしまう自分が嫌だ。

 ……ベッドの下に積みあがっている直方体の箱は積みゲーだ! 隙間の薄い奴は同人誌! 間違いない!!

 色々と事情が垣間見えてショッキングな部屋の入り口で立ち尽くすこと数秒。彼は私を追い越してハンガーの反対側にあるベッドへ腰掛けると、

「とりあえず……最初はナースかな」

 ぽつりと呟き、私を見上げる。

 ……あぁなるほど。

 林檎ちゃんが吐き捨てた言葉の意味をよーやく理解した私は……ため息をつくしかなかったのである。


「……とりあえず自己紹介しない? 私は沢城都。貴方は?」

「俺は世界の頂点に立つ男だ」

 知るかボケ。

「で、そんな「世界の頂点に立つ男」さんが、何も知らない女の子を部屋に連れ込むとはどういうことでしょうか?」

 胸中でばっさり切り捨てながらも、腕組みして彼を見下ろす。睨む感じで。

 私が聞きだしたのは、どうせ記憶にも残らない彼の名前ではない。

「っていうか貴方、さっきの彼女とは知り合いなの?」

「ずっと前から俺を気にしている様子だったから、声をかけて部屋に招待しようと思っただけだ。この素晴らしい衣装を着たくてたまらないと、いつもあんなに俺へ視線で訴えていたのに……あの女、バカな奴だ」

 いや、それは間違いなく君の勘違いだと思うのですが。

 突っ込む気力もない。いや、相手にしたくもない。こんな独りよがりな奴が私と同類だなんて……個人的に絶対認めたくないんですけど。

 そんな私の胸中など知るわけもなく、彼はおもむろに立ち上がると、自身の衣装ハンガーに近づき、

「お前は……アニメやゲームが好きだと言われていたが」

「それが何か?」

「単なるオタクにこの崇高な衣装が理解できるとは思えないが……しょうがないな」

 ヲイ、何がしょうがないんだよっ!! っていうか崇高って……アンタが見つめてるのは某一年中枯れない桜がある島の物語でヒロインが着ている白いセーラー服だしっ!

 本気で殴りたくなってきたが、彼はそのまま衣装を選びながら、

「……メイドで奉仕させるのも、悪くないな」

 ヤバイ、このままじゃ私、名前も知らないエセ俺様キャラ野郎(仮)に、御奉仕決定!?

 このまま逃げようと思った。今なら逃げられる。ただ……今後、奴の影に怯えながら生活しなければならないかと思うと、っていうか薫の部屋に通わなければならないかと思うと、それはそれで冗談じゃないのだ。

 こういうのは、一度、徹底的に叩いておいたほうがいい。どこから得た教訓なのか全く分からないが、強くそう思う私なのである。

 だから、私はあえて、この部屋から逃げることもなく、

「ねぇ、メイドが一人っていうのは寂しいんじゃない?」

 瞬間、彼が顔を上げて私を見た。まぁ、鼻と口しかはっきり確認できないけど。

 そんな彼へ、私は鞄から携帯電話を取り出し、

「私の知り合いに、すっごい美人がいるの。電話で呼んでもいい?」

 にやりと、口元に笑みを浮かべる。


「――都、どうした?」

 案の定、すぐに電話へ出てくれた薫は、なかなか到着しない私を待っていたのか、矢継ぎ早に質問してくる。

 真雪さんに連絡出来ればベストだったのかもしれないが、私は彼女の番号を知らない。だったら、そろそろ私が部屋にやってくるはずだとそわそわしている(はずの)薫しか、頼れる相手はいないのだ。

「今、どこにいるんだ? まだ千佳さんたちと一緒なのか?」

「あー……薫、今、暇?」

 彼の名前が中性的で良かったと思いながら、私は部屋の主からの視線も気にしながら、続ける。

「あのね、今、ちょっと友達の家に来てて、薫も暇なら来ない?」

「は? 誰の家にいるって?」

「コンビニから大学の寮へ向かう道を少し折れて右手、クリーム色のマンション、2階の一番奥の部屋にいるの。非常口の鍵が壊れてて誰でも入れるから、早く来てね」

「都? お前、何言ってるんだ?」

 少しでもいい、不審に思って欲しい。

 普段から私を見ていてくれてるなら――私しか見ていないのなら、この変化、気が付いて欲しい。

 これ以上喋ると、助けを求めてしまいそうで。一方的に電話を切った。

「少し強引だな。不審に思われるぞ?」

 彼の言葉に、私は「あんたに言われたくない」と言い返し、

「大丈夫。薫は来てくれるから」

 自分に言い聞かせるように、呟いた。


 さぁ、後は……出来るだけ時間を稼ぐしかない。

 ただ、この狭い室内。あるのは美少女フィギュアと、積みゲーと、コスプレ衣装。

 ……いや、その気になればいくらでも話を広げられるけどさ……。

 ベッドの上に座った私は、音沙汰のない携帯電話を見つめ、ため息をつく。

 彼は色々衣装を手にとっては考え、戻し、別の衣装を手にとっては考え、同じことを繰り返していたのだが。

「……やっぱりナースだな」

 手に取ったのは白いナース服。少しエナメル素材なのが特徴で、勿論マイクロミニである。

「それを私に着せて、どーするのよ」

「聞きたいのか?」

 にやりと笑みを浮かべる彼に、私は本気で身の危険を感じた。

 ヤバイ、やっぱりさっき逃げるべきだったんだ……こんなに部屋の奥まで入り込み、あまつさえベッドに座っている。そりゃあ、誤解されたっておかしくないよ私ってば!!

 背筋に悪寒が走った。私はこれから、薫以外の男性に……。

 ……冗談じゃない。

 正直、今は足がすくんでうまく逃げ切れる自信はない。だけど、もう少しだけ粘れば……絶対、薫は来てくれる。

 私は自分の中にある恐怖心を強引に押し殺し、別のスイッチを入れることにした。

 それは、

「……白のナース服、ねぇ。それで喜ぶなんて素人だわ」

 挑発的な言葉に、彼の動きが止まった。

 私は足を組み、肩をすくめて続ける。

「そりゃあ、白衣の天使って言うくらいだもの。ナース服=白って思うのもしょうがないと思う。でも、この部屋にあるフィギュアを見なさいよ。白いナース服よりも圧倒的に多い色、見えてくるんじゃないの?」

 私の指摘に、彼が目を見開く。

 そう、私が言いたいこと、それは、

「無難にリアルな色選んでるんじゃないわよ。コスプレナースっていえばナース服はピンクって、相場で決まってるでしょう!?」

「なっ……!」

 瞬間、彼は実に分かりやすく絶句した。

「ざっとみた限りでは……ピンクのナース服、ないわね」

「そ、それは……」

「リアルと同じ色を選ぶなんて、素人のやることね。いい? コスプレは架空でいいのよ! より「萌える」方向へ持っていったほうが勝ちなの! そういう点では明らかにピンクのナース服のほうがいいって分かるでしょう!? 分からないなんて言わせないから!」

 頼む、お願いだから分かってくれ。

 ギャルゲーにおけるナース服は、ピンクの場合が結構多い。理由まではよく分からないが……私は圧倒的にピンクが好きだ。だってエロいし。

「そんな、俺のコレクションが……無難……」

 きっと、彼の中にある色々なものを根元からへし折ってしまったのだろう。がくりとうなだれる彼だが、私は容赦をする気なんか全くない。

「その隣にある制服……「D.C」の付属校よね? 本校は?」

 私の問いかけに、彼は答えられない。

「主人公の制服ばっかり揃えて、何か制覇したつもり? 本校までフルコンプしてからデカイ態度になりなさいよ。それに……その横にある「SHUFFLE!」は夏服だけみたいね。新作では完全に冬服がクローズアップされてるし、コ○パでも随分前から売ってるわよ。なのに揃えてないなんて、どういうことなのかしら」

 重箱の隅をつつくような指摘に、彼は言い返せなくなる。

「その横にあるハルヒの制服も、カーディガンが足りないわよ! キャラでダントツ人気なのは長門でしょう!? そこまで揃えないなんて信じられない」

 多少喋りすぎている気もするが、でも正直、私はまだまだ突っ込める。

 ただ、その矛先をフィギュアに向けるのはやめておいた。あのショーケース(にしよう)は完璧なのだ。私も知らない衣装を着た限定版のセイバーさんが微笑んでいる。欲しい。思わず口に出しかけた言葉を飲み込み、私は、彼を見据えた。

「何よ、反論しないの? 情けないわねぇ……その程度のコスプレになんか、付き合ってられないわ」

 私も自分で何キャラなのか分からなくなってきたが、本心を吐き捨てると……彼は不意に、持っていた衣装をパイプハンガーに戻し、

「……お前の言うとおりだな」

 ぽつりと呟く。そして、

「お前みたいな女、初めてだ」

 そりゃそうだろう……どこにだっているタイプじゃないと思うよ?

 まるでどこぞのフラグを立てた乙女ゲー攻略対称キャラ(♂)が、初めて主人公の前で自分の思いを吐露しましたー……みたいなシチュエーションで聞けそうな言葉に、内心ベタだなと思う。

 勿論ときめくわけがなかった。だって、私はあまり乙女ゲーやらないし……それに……。

 そろそろ潮時かと思って立ち上がる。フィギュアに関しては敗北せざるを得ないが、この程度で口ごもるなんて、相手にならない。

 ただ、立ち上がろうとした私を阻止するように、彼は急にベッドのほうへ近づいてきて、

「ちょっ……!?」

 逃げようと思っても、体が機敏に反応出来なかった。私はそのまま組み伏せられ、表情の見えない彼を睨みつけるしか、ない。

「言っとくけど……こういうのは現実じゃ許されないのよ! あんた、自分が何をしようとしてるのか、分かってやってるのよね!?」

 なじるように叫んだ言葉に、彼は一度だけ頷くと、

「お前も……俺と同じなんだろう?」

「何ですって?」

「自分の好きなことを誰にも分かってもらえない、誰にもいえないまま……隠して生きるしかないんだろう? 違うか?」

 彼の言葉に、言い返せなくなる。

 間違いじゃないのだ。私が好きなのは、あまり人前で堂々と話せるようなことじゃない。むしろ、普通の友人関係を築くためには……絶対言えない、そんな領域。

「アンタに何が分かるっていうのよ」

「俺は、お前を受け入れられる。俺はお前を、都を――」

「名前で呼ばないで!!」

 自分でも驚くくらい、大きな声を出していた。

 だけど……こんな奴に、名前で呼ばれたくない。私をそう呼べるのは一人だけだって……一人しかいないんだって、そう、思ってるから。

「出会って数十分のあんたに、私の何が分かるっていうの? こうやって強引に連れ込むことしかできないくせに!」

「……でも、お前は逃げなかっただろう?」

 それはまぁ、確かにその通りなのだが。

 ……まさかうっかりフィギュアに見とれていました、交渉しようと思ってましたー……などという事実を告げるわけにもいかず、唇をかみ締める。

 彼はそのまま、私の耳元へ口を近づけ、一言呟く。


「バッドエンドだ」


 その言葉が、今の私の現実だった。  

サイトに掲載したときは、都の思考に共感してくださる方が多くてウハウハしていました。

ただ……皆様、万が一、都みたいな状況に陥ったら、全力で逃げてくださいね!

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