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懸河の蹴球シリーズ短編集 

無条件降伏・水面下の惨敗~懸河の蹴球スピンオフ読切

作者: ういんず
掲載日:2026/10/09

日本サッカー発展への切なる祈り

東京・御茶ノ水、JFAハウスの会長室。

部屋を包むのは、静寂ではなく、押しつぶされそうなほどの焦燥と重苦しい空気だった。


「……完全に、手遅れだったというわけか」

常態(つねさま)会長が、低く絞り出すような声で呟く。その端正な顔は青ざめ、机の上に投げ出されたタブレットに表示された『ダン、蘭名門アヤックスへ期限付移籍!』の公式発表を、血がにじむほど拳を握りしめて睨みつけていた。


対面に座る岡本竹史副会長は、すでにソファから立ち上がり、部屋の窓際を落ち着きなく往復している。その顔には、いつもの余裕など微塵もない。憤怒と焦りで、奥歯がギリ、と音を立てていた。

「ああ、ツネ。完全に先を越された。こちらのシント=トロイデン(STVV)へのレンタル移籍の絵図、JFA主導での囲い込み計画なんて、向こうはとっくに見抜いていたんだ。本人や家族に接触する隙すら与えられなかった……!」

JFAが用意していたのは、日本資本が入り、コントロールの利く環境での「安全な育成」だった。だがそれは、JFAの都合でしかない。

「動いたのは、フィンランド協会のハリ・モトマネンだ。最初から『代表の選択権』をフィンランド側でもぎ取るために、この最速の一手を打ってきた……!」


岡本が吐き捨てた名前に、常態の背筋に冷たいものが走る。

ハリ・モトマネン――フィンランドサッカーの生ける伝説。現在は協会の要職にある彼が直々に動き、彼の古巣アヤックスという「世界一の若手育成クラブ」の切符をダンの前に差し出したのだ。

「アヤックスの提示した条件、そしてビジョンは、我々のシント=トロイデン案を遥かに凌駕している。勝ち目は無かった。」

常態は前髪を乱暴にかき上げた。現役時代、数々の修羅場をくぐり抜けてきた男の目が、かつてない危機感に揺れている。

「これは、単なるクラブの移籍問題じゃない! ダンが、フィンランド代表を選ぶ決定打になりかねない……!」

それは、日本サッカー界にとって未来のワールドカップの希望を、文字通り「強奪」されるに等しい、致命的な敗北だった。JFAの権威もプライドも、モトマネンの手のひらの上で完全に粉砕されたのだ。


「クソッ……! 私の名前には『本竹』が入ってるんだ。対面さえすれば、『井助先生との深いご縁』って、泥臭くても何でも懐に飛び込んで、JFAへの信頼を繋ぎ止めるつもりだったんだよ……!」

岡本は激しく机を叩いた。自身の名前に引っ掛けた執念の親近感アピールすら、試す機会すら奪われた。

「向こうは国家の威信をかけて、ダンの未来を、その碧き瞳のキックを奪いに来たんだ……!」

「……岡ちゃんさん。歯ぎしりしている場合じゃない」

常態が、重く立ち上がった。その目は、敗北の絶望に染まりつつも、まだ諦めてはいない執念の光を灯している。

「だが、ダンはまだ日本国籍を捨てたわけじゃない。オランダで彼がどれだけ巨大な存在になろうとも、我々は泥をすすってでも、日本代表のユニフォームを着せるためのアプローチを続けなければならない」

「分かっている、ツネ……! すぐに現地へ人間を回す。モトマネンの影に怯えながら指をくわえて見てる暇なんて、1秒だってない!」


日本サッカー伝説の巨頭、本竹井助と、アヤックスを欧州王者に導いた10番、ハリ・モトマネンの系譜を受け継ぐ、至宝のオランダ降臨。

その裏で、日本とフィンランドの、一歩も引けない「至宝の争奪戦」は、JFAの完全な敗北から、より過酷な第2ラウンドへと突入しようとしていた。


あまり裏のドロドロ話は好きじゃないんですけど、たまには、と。

それと、本当にダン・ホルトーリや本竹井助が誕生した場合、JFAにしっかりして欲しいと願いを込めて。

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