災害時の病院避難パッケージを準備する必要があるのではないか
災害が発生してからの避難には困難が予想される。特に避難時のリソース負担が重い災害弱者においては、災害発生前の避難、風水害であれば警戒レベル3発令段階もしくはそれ以前での避難が必要である。また、その避難作業時および避難が長引いた時に施設設備と人員をどう充てるかを事前に計画する必要がある。特に病院施設等においては、災害時事業継続計画(BCP)を個々の病院施設ごとに計画するだけでは不十分であり、避難作業においては実働部隊となる消防および自衛隊、避難作業中および避難長期化した際の支援調整には行政の関与が強く求められる。このうち各病院施設に共通な部分については、災害時病院避難パッケージを国などが主導して提供すべきと考える。
令和8年7月28日16時27分、令和8年熊本地震が発生。少なくとも4つの病院が停電や建物の損壊などで診療を継続できなくなり、入院患者を他病院に搬送する「病院間搬送」を実施した。このうち宇城市に所在する国立病院機構・熊本南病院では、呼吸器使用患者30人を含む入院患者127人を、翌朝7時45分までに転院させた。関係者は言う、「10年前の熊本市民病院の経験が生きた」。
これは美談だったのか。
10年前、熊本市民病院。最大震度6強の揺れなどにより建物構造体が損傷、入院患者310人の他病院への搬送が実施された。特に新生児医療においては県内の中核施設だったこともあり、最重症・重症の子ども38人を抱えていた。
平成28年(2016年)4月14日(木)21時46分、地震発生。この時点では「通常業務に復帰」。
28時間後の4月16日(土)1時25分、最大余震発生(のちにこれが本震で、「前震ー本震」型であったことがわかる)。20分後の余震を受けて「重症患者を避難」することになるが、方針が決まっただけで判断は各病棟ごとに行われた(病院長の全員避難決定は、6時であった)。
新生児内科病棟ではNICU(新生児集中治療室)に18人(うちトリアージタグ赤が14人、黄が4人)、GCU(新生児回復機治療室)に20人(うち赤が3人、黄が15人、緑が2人)の重症の子どもを抱えていた。準夜勤務の看護師10名+深夜勤務の看護師10名+医師2名で3階の病棟から同じ建物内で1階のリハビリ室まで外階段を使用して移動したが、当日の最低気温は13.1度と比較的暖かく、リハビリ室の電源も使えた。しかし酸素配管はなく、人工呼吸器もなく、人工呼吸器に繋ぐ必要がある6人は酸素ボンベとアンビューバッグで手動で呼吸を補助し続けることとなる。県内外のNICUに転院を依頼、4時台に他院からのドクターカーが市民病院に向け出発、本震8時間後には最重度の子ども1人のみとなった。救急車で3時間かかって転院したその子は、5日後に亡くなった。4歳だった。
平成28年熊本地震においては11病院1500人が建物損傷などにより転院を余儀なくされた、とされている。今年4月に放送されたTBSの報道特集では、被害を受けた病院建物は耐震化工事が進んでいなかったことを指摘していた。しかし今回、震度6強だった熊本南病院では、耐震化工事が行われていたが建物が損傷した。もっとも、耐震化工事が行われていなかった場合は、避難以前に建物が倒壊した可能性が高いので、耐震化工事は「避難する時間を稼ぐのに役立った」と言える。
となると、地震などの災害で避難する際に、できるだけ避難が容易な時点で避難開始することが重要と考えられる。近年は風水害が予測されるときは、警戒レベル3で高齢者や乳幼児などの災害弱者の避難、警戒レベル4で全員避難とされている。地震の続発で避難を強いられる事態が予測される場合は、日中で人手が揃うなど条件の良いうちに予防的に避難することが必要と考える。平成28年の熊本市民病院の事例であれば、1回目の地震発生後、4月15日(金)の平日日中に赤レベルの患者を被災地域外に移送し、続発地震を警戒する必要がある1週間程度は避難させるべきではなかったのだろうか(もっとも避難実施のタイミングで、大きな揺れに襲われる可能性もあるのだが)。
平成12年(2000年)有珠山噴火における洞爺協会病院の事前避難が、災害発生時の医療機関避難の成功例と言えるかもしれない(ただし、避難時点では噴火はしていない)。
3月27日朝より北海道の有珠山周辺で火山性地震が増加、28日には室蘭地方気象台より臨時火山情報が発出、29日には火山噴火予知連絡会より緊急火山情報が発出された(噴火前に出されたのは初のケース)。これを受けて地元自治体から避難指示が出された。実際に噴火したのは31日の13時07分である。
29日(水)朝より、洞爺湖畔にあった洞爺協会病院では入院患者281人のうち143人が京極町、洞爺村、伊達市、室蘭市内の病院に転院、138人は退院した。転院(避難)方針は28日中に決定され、転院の際には近隣の救急車のほか民間バスも利用された(自衛隊の到着は夕方であった)。伊達日赤病院で看護師不足のため閉鎖されていた病棟を利用し、伊達市在住の洞爺協会病院看護師らを充てて入院病床を確保した。また、町内近郊避難所への巡回診療、指導も行なっている。
なお、地域内の老人福祉施設5ヶ所240人でも、同日に他施設への転所が行われている。
2000年有珠山噴火で噴火前に避難が可能だったのは、①有珠山が定期的(概ね30〜50年ごと)に前兆を伴って噴火する「行儀のいい火山」だったこと、②事前にハザードマップが作られていたこと、③20年来地元に住み・密着している北大有珠火山観測所の岡田弘教授が避難を勧告したこと、④洞爺協会病院では(1977年噴火の経験を受けて)病院行事(洞爺湖・中島への遠足)の際の傷病者・障害者の移送ノウハウがあったこと、⑤避難開始前に計画立案と他施設との調整ができたこと、⑥不足する施設設備と人員を避難地域外の伊達市内でマッチングできたこと、などが挙げられる。ただそれでも自宅退院後に老人福祉施設に入所した方が手指消毒剤を誤飲して死亡するなど、災害関連死は発生した。
今回の令和8年熊本地震では、7月28日17時50分頃、発災の1時間23分後にイオンモール熊本のガス爆発事故が起こった。震度6強の揺れに見舞われた施設であるが地震による構造体の明確な損傷はなく、利用客3000人と従業員1300〜1500人(推定)の屋外避難は30分強で完了、この時点での負傷者4人だったとされる。ここまでは満点だった。
その後、従業員の一部が諸々の理由で再入館した後の17時50分頃、ガス爆発。死者7人、負傷者26人。
当初は災害時の対応マニュアルに再入館禁止規定があったとされていたが、8月12日頃の報道等ではマニュアルに規定がなかったしており、明文化された資料は公表されていない。死者2人を出した雑貨店において、運営会社から従業員に対しレジ締めの指示があったと報道され、バッシングされた。
本件の報道その他で特徴的だったのは、「地震直後の安全確認もされていない施設内への再入館は止めるべきだ」との論が「常識」として声高に叫ばれたことである。これはガス爆発前から「常識」だったのか?再入館した一部の人は不安を訴えながらも再入館した。雑貨店の運営会社は業務の指示を出した。施設の運営会社は災害時の対応マニュアルに規定を入れず、制止もしなかった。少なくともガス爆発が起こるまでは、少なくともこの施設周辺では、「常識」ではなかった。たぶんマスコミも、テレビのこちら側の一般国民も。
先に述べた今年の熊本南病院では構造体が損傷しているにも関わらず、病院職員・消防などによる入院患者の避難誘導が行われた。またその様子をテレビカメラが取材撮影している。平成28年の熊本市民病院でも同じことが行なわれた。のみならず熊本市民病院の新生児内科では、最重度の子ども(心臓手術直後で移送は極めて困難とされた)の主治医が院内に留まっての治療を主張したが院長に却下されている。
これらで病院施設に(業務命令または医療職の義務として)スタッフを再入館させたことは「常識」外のことだったのか。余震が続く中でのことであり、すでに構造体に損傷があった現場では、建物の倒壊や人的被害が発生するリスクがあった。しかし実際は関係者が危険性を黙殺して、スタッフが入館している(またはさせている)。
令和8年8月13日、千葉県に警戒レベル5の大雨特別警報と土砂災害特別警報が出された。もう既に避難が危険でできない可能性が高いので、「自分の身を守ることに専念してください」、というものだ。しかし結果として、移動中に車と共に水没するなどで14人が死亡または行方不明となった。これ以後の特別警報発令時には、人的被害は報告されていない。
大雨や洪水の警戒レベル5においては医療福祉施設においては避難もできないが、スタッフの出退勤も事実上できなくなる。また、スタッフの家族の安全確保も困難になるため、レベル4レベル5の発令が予想される段階から解除されてしばらくの間まで、事業に必要なスタッフが確保できなくなる可能性がある。今年の熊本地震においても、スタッフおよび家族が被災した等により通常50人必要なスタッフが35人しか出勤できなくなった介護老人施設が存在した。患者利用者だけでなく、スタッフも家族も被災者になる。
災害が起こると、また起こると予測されると、医療福祉施設の患者利用者の避難は困難になる。地震の場合は既に災害が起きた状態であるが、1週間程度は続発する可能性が高いとされる。避難が不要な立地、建造物であることが最も望ましいが、風水害等であれば警戒レベル3が発令されて避難が必要になる可能性が高い施設においては避難ができるうちに、避難が容易なうちに行動を開始する必要がある。
ただし医療福祉施設の患者利用者においては避難先の選定・準備を事業者だけで行うのは困難である。事業者ごとに事前にBCPを策定するよう国は求めているが、50年に一度の災害などは個々の事業者が準備する範囲を超える(国も要求していないはずである)。となれば避難先施設の手配だったり避難手段の提供だったり、更には避難が長引いた際のスタッフ支援(不足する人員の融通や宿舎など)などを行う「災害時病院避難パッケージ」を国などが主導して提供すべきと考える。近年は人口減および看護師等の不足により病床を閉鎖する医療機関も相次いでいるので、このような施設を事前にリストアップして流用するのも有効である。また人員においても、普段勤めている施設には通勤できないけど他の施設であれば通勤が可能なスタッフも出てくるし、潜在看護師等を短期長期で掘り起こして充当する、被災地域外から看護師等の派遣を受ける、等までも含めて「パッケージ化」を検討すべきではないだろうか。
この投稿は、本来は政策提案として関係先に届けれれば良いのだが、とりあえずネットに投げておくことで何かの機会に誰かが掘り起こしてパクってくれることを期待している。人じゃなく、AIが拾い食いする可能性もあるし。




