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デザートでもいかがですか?

作者: ふくふく堂
掲載日:2026/06/20

「……」

「……」


「…………」

「…………」


 気まずい。

 ベルム伯爵家令嬢、カリーナは密かに嘆息した。先日ステニアン侯爵家の嫡男フィリップと婚約し、月に一度互いの家で友好を深めるためのお茶会を開催することになった。

 本日はその記念すべきお茶会第1回、ベルム伯爵家の応接室にて将来の夫となる予定のフィリップと向かい合って座っている。まだ相手の好みも何もわからなかったので無難な紅茶とちょっとしたお茶請け。フィリップが甘いものが苦手な可能性も考えて軽めのサンドイッチも。


 初めて会った時は別に普通の対応だったと思う。プラチナの髪にサファイアの瞳はともすれば冷たく見られがちだが、話す言葉も仕草も見た目の第一印象を覆すには充分なものだった。ついさっきだってベルム伯爵家を訪れたフィリップは礼を失することなく、カリーナに対して笑顔だって見せていた。だが応接室に案内して向かい合わせに座っての今、ひたすらの沈黙である。なぜだ。

 カリーナは早くもこの状態に飽きてきた。フィリップはお茶は飲むけどお茶請けには手を出さない。何が好みかカリーナにはわからないのであまり強引にお茶請けを勧めるのも憚られる。自然カリーナもお茶ばかり飲んでしまって、もうお腹はタプタプだ。もう気まずいし面倒だし帰ってくれないかな。しかしカリーナは曲がりなりにも高位令嬢だ。帰れ、と直接言うのはいただけない。

 カリーナは思案する。


 彼女は最近自分が転生者であることに気がついた。不破ふわ 香里奈かりな。日本の女子大生だった。今では、その頃の影響が大きい。うっかり女子大生ムーブしそうになるのをかつての伯爵令嬢仕草を必死で思い出しつつ押さえつけているのが現在。

 そういえば、とカリーナは思い出す。


 香里奈時代、大学に京都出身の友達がいた。彼女の名前は美也子。美也子は遠回しな物言いが上手かった。初めて美也子の家を訪れた時楽しくてついつい長居してしまい、いつまでも帰らない香里奈に美也子が言ったのは「ぶぶ漬けでもどうどすか?」だった。香里奈はアホウだったので「え? ぶぶ漬けってなに? 京都名物だったりするの? 食べる食べる!」などと答えてしまい、美也子から氷点下の視線を浴びて三日ほど口を利いてもらえなかった。

 他の友達からは「それは有名な京都仕草や。ほんとに食うなよ、ぶぶ漬けを」と大笑いされたが、彼女たちのポンコツ度合いも香里奈とどっこいだったので、みんな順番に美也子の絶対零度の視線を浴びる羽目になった。

 月日を追うごとに変わっていったのはポンコツ組ではなく美也子の方だった。なんだかんだで居心地のいい美也子の家にみんなで集まり長居していると、美也子はぶぶ漬けがどうとか言うこともせず一言「帰れ」としっしっというジェスチャー付きで言うようになった。

 美也子曰く、こんな察しの悪いポンコツどもに遠回しにものを言っても体力の無駄、である。一応香里奈たちも京都仕草を覚える努力はしたのだ。なんだかんだ言ってみんな美也子のことが好きだったし、合わせることもやぶさかではなかった。問題があったのは彼女たちの記憶力と些細なことに気を遣える感性である。

 ともあれ、あれ使えるのでは? 遠回しな言い方で京都人の右に出るものはいない(個人の見解です)。そうカリーナは考えた。

 が、この世界にぶぶ漬けはない。ぶぶ漬けはお茶漬けのこと。お茶漬けは締めで食べるイメージ。締めといえばデザートじゃない?というわけでカリーナは言った。


「デザートでもどうですか?」


 目の前に並んでいるスイーツはなんなのだ、と側に控えている侍女侍従は心の中でツッコミ千本ノックである。

 にも関わらずフィリップは言った。


「はい。喜んで」


 あちゃー京都仕草、異世界の貴族社会では通じなかったかー。ため息を堪えてカリーナは背後に控えているメイドに目配せをする。

 カリーナに付いてたメイドのアイリスは僅かに目を見開いた後、そっと部屋を出た。


 アイリスは調理場へ足を運ぶと、料理長は一人快哉を上げていた。


「よぉう! アイリス! お嬢様のおっしゃっていたプリン、ようやく完成したぜ」


 カリーナは前世の香里奈だった時からプリンが大好物だった。こちらの世界には卵や牛乳や砂糖は普通に存在していたが、生憎蒸すという調理方法がなかった。そのためプリンというデザートは存在しなかったのだ。香里奈はプリンの調理方法は知っていたが、すぐそこのコンビニに行けば数百円で買えるものをわざわざ調理することもなく、よしんば調理するとなっても間違いなくこちらの世界にはない電子レンジでチーンとやっていたに違いないので、対して大口を叩くこともできず、料理長にはお鍋に水を沸騰させてその蒸気で卵と牛乳と砂糖を混ぜたものを熱するとなんだか幸せな食べ物ができあがるというふわっとした説明だけであとは料理長のポテンシャルにお任せ状態だったのだ。

 そして料理長のポテンシャルは伯爵家の料理長を名乗るに恥じないものだった。


「そうしましたらこのプリンを今お嬢様とお客様にお出ししてもよろしいですか?」

「ああ、この出来ならお嬢様も喜ばれるに違いねえ。夕飯まで待ちきれないのもわかるな! あれ、でも……?」

 プリンが成功したことなんでお嬢様は知ってるんだ?


 料理長の疑問に答えることなくアイリスは二人分のプリンを用意すると調理場を出た。


 相変わらず沈黙が支配する応接室でカリーナはメイドのアイリスを待ち侘びていた。こちらから言い出したので仕方ない。さっさとデザートを食べて帰ってもらおう!この際デザートがバナナ一本であろうとも構うものか……!


 ノックの音がして、入室の許可を出す。お待ちかねのアイリスとデザートだ……ってプリンだ! 料理長、とうとう成功させたのね! 記念すべき第1号プリンをこんな用途(婚約者にさっさとお暇願うため)に使うのはもったいなさすぎるけど致し方ない。


「……どうぞ」

「……では、遠慮なく」


 カリーナはとりあえずフィリップにプリンを薦めると自らもスプーンで掬って口にした。

(うん! これよこれ!)

 さすがの料理長である。前世の記憶にあるプリンとほとんど遜色ない。今日の夕食後にまたこれが食べられると思うと頬も弛む。後でめっちゃ褒め称えよう。なんなら臨時ボーナスをあげてもよい。


 ふと、当初の目的を思い出し、カリーナは向かいに座る婚約者を見る。

プリンを食べて顔を緩ませる侯爵令息。ほんのり頬は上気し、目を閉じてほおぅっとため息をつく。それを見たカリーナは「んぐぅっ…」と変な呻き声をあげそうになった。これが巷でいうぐうかわってやつか!


「甘いものお好きなんですね」


 取り繕うように言うカリーナの言葉にフィリップはハッと我に返り、「みっともないところをお見せして申し訳ありません」と謝った。


「え? みっともないですか? そうは思いませんけれど?」


 むしろ可愛い。撫でくりまわしたい。


「 —— 実は甘いものが好きなんですが、男らしくないでしょう?」

「そんなことはありません。フィリップ様は宰相様の補佐をなさっているでしょう?頭脳労働は糖分を使うので身体が糖分を欲するのは当然です」


 カリーナは前世で将棋のプロ棋士が氷砂糖をガリガリ齧りながら対局しているのを観たことがあるし、理系の大学に通っている兄は煮詰まってくるとブドウ糖を直入れじゃい!とラムネをアホほど口に入れる。


「男らしいといえば騎士様なんかが代表格かと思いますが、彼等は訓練や戦闘などでたくさん身体を動かしますでしょう? そうすると汗をかきます。汗は塩分と水分で出来てますから塩辛いものを好むのはまあ当然でしょう。フィリップ様とは使っているものが違うので好みが違うのは当たり前かと。もちろん、甘党の騎士様や辛党の文官様がいることも否定はできませんが」

「そう、ですか。そう言ってくださるのですか……」


 カリーナの言葉にフィリップはしばし目を瞬かせた後、そっと伏せる。

 フィリップは幼少の頃から甘いものが好きだった。そのことについて家人から何か言われたことはないが、子供同士の交流会などに参加するにつれ、甘いものがあるところに集まるのは令嬢ばかりであることに昔から賢かったフィリップは気がついてしまった。

 また学院へ入学すると、甘いものは女子供が食べるもの、と声高に言う男子生徒も多くいた。男らしさ、なんてものを声高に語るようなやつは総じて声もでかい。反論するものも特におらず、ますますフィリップは甘いもの好きであることを隠すようになった。

 そうしてそうしての今回の婚約。甘いもの好きがバレて婚約者を失望させてはいけない、と初めてのお茶会にフィリップは気を張っていた。

 色とりどりの様々なスイーツがフィリップを見ている(見てない)。でも男らしくあるならば甘いお菓子など目もくれず、申し訳程度に横に並べてあるサンドウィッチにこそ手を出すべきなのだ。けどせっかく用意してくれたスイーツが食べて欲しそうにフィリップを見ているのだ(見てはいない)。

 ……という葛藤でフィリップの内心は忙しく、お茶会開始からしばらくの間無言が続いていたことに気がついていなかった。

 むしろ、カリーナが強く勧めてくれたら、それを言い訳にスイーツを食べることができるのに……! といささかそれはどうなのよ? と思われることを考えていたところで、カリーナからのデザートはいかが発言である。渡りに船とばかりにフィリップは頷いたのだった。それがカリーナの「はよ帰れ」と言う意図だったとは知る由もなく。なんせフィリップは京都出身ではないので仕方ない。

 自身の甘いもの好きを認められたからなのか、脳に糖分が補給されたからなのか、はたまた目の前のスイーツに手を出すことが公式に認められたからなのか、そこからのフィリップはカリーナとの会話を実にスマートに楽しげにこなしたのだった。そうであればカリーナとしても異論はなく、フィリップとの会話を心ゆくまで楽しんだ。楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。そろそろお茶会もお開きに、といったところでカリーナが言った。


「今度サロンデュベリーへご一緒に参りませんか? ベリーを使ったスイーツがとても美味しいと評判のお店ですの。婚約者に付き合って行くというていであれば問題ないのではありませんか?」

「よろしいのですか? なんだか貴女を利用しているみたいで……」

「わたくしだって甘いものは大好きですもの。何も問題ありませんわ」

「貴女が婚約者でよかった……」


 思わず、といった体でフィリップが言ったものだから。カリーナの頬がストロベリーに染まる。そんなカリーナの様子をフィリップは微笑ましく見つめるのだった。

 2人はエントランスへと向かった。

 エントランス前に待機していたステニアン家の馬車に乗り込む際、さりげなくフィリップの手に手のひらサイズの箱が乗せられた。

 こそりと手渡されたのはキャラメルだった。これもまたカリーナのふんわり指導と伯爵家料理長試行錯誤の結果の渾身の作である。


「これでしたらお仕事中にもこそっと食べられますよね?」

「ああ、確かに。本当にありがとうございます。今度のデートではなんでも好きなもの食べてくださいね」


 デートという言葉を聞いて自分がデートの誘いをしたのだと改めて自覚して赤面してしまうカリーナだった。

 このキャラメルがフィリップの仕事中上司である宰相に見つかり、隠れ甘党だった彼が自家のシェフの襟首をひっ掴んで伯爵家へ駆け込み、慄くベルム伯爵にレシピの買取とシェフへの指導をお願いしたのはまた別の話である。


 その夜、カリーナは夢を見た。

 カリーナは香里奈が前世にいた大学のキャンパスにいた。中庭のベンチに腰掛けて、隣には美也子が座っていた。


「カリーナ! 京都人がぶぶ漬けを勧めるのは締めの食べ物だからじゃないのよ! 『おもてなしをするのに簡単なぶぶ漬けくらいしか用意できなくて心苦しいのです』ってことなのよ。それをアナタ、手作りプリンなんて凝ったもので代用なんてできるわけないでしょ! この間教えたばっかりなのに」

 確かに大学時代、ぶぶ漬けを珍しがって食べようとする香里奈に美也子が切々と言い聞かせていた覚えはある。

なぜ美也子が普通にカリーナを香里奈みたいに扱っているのか疑問ではあったが夢の中のカリーナはへらりと笑って「ごめーん」と言った。

 美也子はそんなカリーナに仕方ないわねぇといった笑顔を浮かべた。

「カリーナならどこでもホワホワとやっていけそうだからあんまり心配してないけど、そっちはどうなの?」

「うん、婚約者さんもいい人そうだし、大丈夫そう」

「そう。ならまあよかったわ。カリーナが幸せなら私たちも安心だ」

「ありがと。美也子ちゃん。みんなにもよろしくね」

「うん」

じゃあねバイバイ。互いに笑顔で手を振った。


 朝になり、カリーナは目を覚ます。

「美也子ちゃん、わざわざ間違いを指摘するために夢に出てくるなんて律儀過ぎる」

と少し笑って少し泣いた。



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― 新着の感想 ―
実は甘党だった隠れ可愛い婚約者さんも、きっとイケオジの隠れ甘党の上司さんも、凄腕の料理人さんも、もちろん主人公も、みんなキャラが素敵だなぁと思いながら読んでいたのですが。 最後の最後で、前世の律儀なお…
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