9話
満景が部屋に入ると、両親がそれぞれ座布団の上に正座して待ち構えていた。
両親の前にも、誰も座っていない座布団が一つある。どうやら満景は、そこに座らなければならないようだ。
満景は部屋の中に踏み入りつつ、目だけを左右に動かして、部屋の内装を把握する。
部屋の片側には、榊が飾られた祭壇がある。祭壇の上には、普通ならば果物や団子や酒などが置いてあるイメージがあるが、ここでは木の供物台にビーフジャーキーや牛骨が置いてある。
その反対側には、何枚もの札が壁一面を覆っていた。いや、天井にも貼られている。
この札の効力は、霊を閉じ込めて外に出さないもの――作り上げた狗神が霧散しないようにするための呪術だ。
(部屋の中は相変わらずだ)
一種の懐かしさを抱きながら、満景は用意された座布団に座った。そして相対する両親に目を向ける。
満景の両親は、雰囲気が二人とも良く似ていた。
周りに隈のある目をギラつかていて、髪は肩口まで伸ばしていて、背筋が丸く、体型は痩せ型。
似た者夫婦と言えなくはないが、そう言い表せないほどの不吉さが二人から漂っている。
言い方は悪いが、人間でないものが人間を模しているかのような――人間の皮を被った狼が目の前にいるような雰囲気がある。
(僕の記憶の中の両親は、もう少し人間味のある見た目をしていた気がするんだけど……)
歳を経たことでなる人間の変化か、それとも狗神を用いる呪術を使い続けてきた副作用か。
満景は、どちらでも良い事だと断じてから、両親に改めて向き直った。
「父さん、母さん。僕から宣言することがある」
両親が何を言ってきても自分の我を通すとばかりに、満景は強い口調で言い放った。
しかし両親は、不思議そうな顔を満景に向けてきた。
「お前のペットが二匹とも居なくなったことか? 新しいペットが欲しいのか?」
「犬は寿命で死に、猫には逃げられた。なんて間抜けな子なのかしら」
「役立たずに終わった犬も、恩知らずの猫も、さっさと殺して呪術の道具にすればよかったものを」
「犬猫が殺せないのならば、鳥にする? 呪術の効力は弱いけれど、速攻性では動物の中でも随一なのよ?」
呪術を基準にしか物を考えられない両親に、満景は反発心を生む。特に、アゼンとオシロを揶揄した物言いに対して、強い怒りを覚えた。
しかし満景は、怒りの感情に身を任せることはしない。
(怒りを感じることは、人間としての普通の感情。だが、その怒りを長続きさせてはいけない。怒りとは、他人に執着しなければ起こらない感情なのだから)
ソコノ住職から教えられた、自分の感情に振り回されない自制法を実践し、満景は怒りの感情を初っ端でカットすることに成功した。
平静を取り戻した満景は、座布団に座った状態で、両親に深々と頭を下げた。
「今まで、育ててくれてありがとう。僕は今日、この家から出ていきます」
満景が言い切ってから頭を上げると、両親は不思議そうな目で見てきた。
「出ていく必要があるのか?」
「不出来であれど、満景は私たちの子。見捨てる気はないけれど?」
幼い満景に納屋に住めと言い、ペットのエサ代は自分で稼げと突き放し、中学卒業まで大した世話もしてくれなかった存在なのに、どの口が言うのか。
満景はムッとしたが、ここでも自制を発揮し、揺るがない気持ちで両親を見据える。
「悪いけど、決めたことだから。僕は家を出て一人暮らしする。熊野高等専修学校に通うことも」
熊野高等専修学校――霊能者を育成する学校の名前を出した瞬間、両親の表情に新たな感情が浮かんだ。
それは強い嫌悪感だった。
「英孝の入学を阻んだ、あの学校へ行くというのか! 当てつけのつもりか!」
「あの学校は、我が家を悪し様に罵ってくるような輩の巣窟よ! それなのに!」
満景は知らなかったが、どうやら両親と兄は、あの学校に何らかの因縁があったらしい。
(もしかしたら、師匠たちからの紹介がなければ、僕も犬塚家の人間だからと入学を断られていたかもしれないな)
改めて師匠連中に感謝の気持ちを抱きつつ、満景は話は終わったからと座布団から立ち上がる。
「そういうことだから。ちなみに、保護者だからといって、僕の行く道を阻むことはお勧めしない。既に別の後見人は見つけてある。いまの父さんと母さんは、僕の生みの親という以上の意味を持たない存在になっているんだから」
満景が絶縁宣言ともとれる言葉を投げつけると、両親の顔から表情が抜け落ちた。まるで人間のフリをする必要がなくなった、と言わんばかりの表情の変化具合だった。
「好きにするといい。こちらは、お前に何かすることはない」
「勝手にしなさい。犬塚の名を捨てても構わないわ」
両親は本当に、満景に意識を向ける気すら亡くなった様子でいる。
満景も、両親への義理は果たしたと、この犬塚の家を出ていく決心を固めた。
満景は廊下を通り抜け、上り框で自分の靴を履くと、戸を開いて外に出た。それから一切実家に振り向くことはせず、新たな自分の住居であるマンションへ向かって移動することにした。




