12話
熊野高等専修学校に入学する前の時期に来た、土曜日の朝。
満景は中学生時代と同じように、ソコノ住職がオーナーを務める占いの館にやってきた。
この占いの館は、東京都内にある雑居ビル一棟の全ての階に多数の占い師が配置されていて、多くの人たちの悩みを日々解決している場所。
平日は社会人を顧客として狙っているため、午後五時からオープン、最寄り駅で終電が出る前の深夜まで営業している。
しかし土日は学生や主婦などを顧客として狙うために、朝十時からオープンして夜九時まで営業するスタンスを取っている。
満景は中学生の頃から、その土日に雑用係として、占いの館の手伝いに入っている。
満景が早朝に占いの館にやってきて、最初にやることは、ビルの施錠を開けること。
預かっている合鍵で開錠し、夜間に入れられるセキュリティーを解除し、一階の管理人室の扉も開ける。
満景は管理人室に入るとロッカーへ向かい、その中に入っている自分の衣装である、狩衣の姿へ。薄青の衣という年若い陰陽師が着るイメージの強いものだ。
(もう高校生になるんだし、別の色にしてもらえないかな)
満景はそんなことを考えつつ、狩衣姿になった後、満景は管理人室を出る。雑居ビル内の階段下の空間にある収納を開き、そこに仕舞っていた箒と塵取りを取り出す。箒は竹箒で、塵取りも木製のもの。占い師のイメージには自然物が似合うとのソコノ住職が出した意見からのチョイスである。
満景は、竹箒でざっざっと音を鳴らしながら、雑居ビルの前と近くの周辺を掃いていく。
この雑居ビルのある場所が駅に近い立地ということもあって、細々としたゴミが落ちている。吸い殻、お菓子の袋、レシート、お酒の缶や小瓶、などなど。
そうしたゴミを回収し終えると、今度は新たに階段下収納からモップとバケツを取り出し、雑居ビルの廊下と階段を水拭きしていく。
エレベーターで最上階まで上がってから、小一時間ほどで乾く程度の水加減で、一階まで拭き掃除をしていく。
掃除が終わり、諸々の道具を階下収納に入れ、替わりに一人用の机と丸木椅子を取り出す。
それらを雑居ビルの前に運んでいると、黒いスクーターがビルの前にやってきた。
僧衣に袈裟を着けた、フルフェイスヘルメットの姿。
満景が出入口の場所を空けるように横にずれると、僧衣ヘルメットの人物は出入口の中までスクーターを押していく。そして階段を誰も使えないようにするように、階段の手前に停車させた。
その後にヘルメットを取って出てきた顔は、ソコノ住職のものだった。
「ソコノ住職。おはようございます」
「おう、満景。おはよう。ちゃんと朝の仕事をしてて偉いぞ」
ソコノ住職は笑顔で満景に近づき、その頭を撫でて褒める。それから雑居ビルのエレベーターへと近づいた。
そのソコノ住職の背中に、満景は声をかける。
「今日もまた、最上階に住む人達のお世話ですか?」
「連中。放っておくと昼まで起きて来んからな。ここに住まわせる約束の一つである、土日の勤めを果たさせるためには仕方がない」
やってきたエレベーターに乗り込み、ソコノ住職が最上階へと上っていった。
ソコノ住職が占いの館に住む面々を叩き起こす作業を行う間に、満景は机と椅子を出入口の脇に配置してから、もう一度収納に戻って一枚のプレートと漆塗りの箱を持って戻る。
プレートには『受付』の文字があり、それを対面者に見せる形で机の上へ。
昔話に出てくる玉手箱のような見た目の黒塗りの箱も机の上にのせ、蓋を開く。その中には、細々としたものが入っていた。短冊が重ねられた状態で二十枚ほど。小石が一つ入るぐらいの小さな巾着袋が五つ。筆ペンが二本。小型のパウチに入った塩が七袋。数珠が一つ。
(収納から補充する必要はなさそうだな)
満景は箱の中身を確認し終えると、箱を閉じた。
自身の準備が整ったところで、この雑居ビルに近づいてくる影が二つあった。
一つは、福々とした顔の輪郭を持ち、体型も同じくふくよかな、少し背の小さい男性。口ひげと顎先に髭がある。まさにエビス顔な人物だ。
もう一つは、ピシッとスーツを着こなした、細身で背の高い男性。長い頭髪を後ろで一つに括り、目には大きなサングラスをしている。
満景は、そんな二人の姿を見て、椅子から立ち上がってお辞儀した。
「おはようございます。浅葱信念さん。デビル大杉殿下さん」
それぞれの占い師としての芸名を告げて挨拶をすると、エビス顔――浅葱が笑い顔を見せた。
「おはよう、満景。住むところを変えても、朝に水垢離を忘れずにやっておるようで、感心感心」
「マンションに井戸はないので、水のシャワーですけどね」
二人が笑顔で話している横で、サングラス姿の人物――デビル大杉殿下が周囲に目を配ってから、満景に注意を促してきた。
「前にも言ったが、世を忍んでいる姿でいるときは、デビル大杉殿下と呼ぶな。大杉だけでいい」
「でも、デビル大杉殿下、までが名前だって」
「それは真の姿のときだ。分かっていて言ってんだろ」
「分かります? 周囲に他の人が居ないとわかって、名前行ったの」
「こ、こいつー。我は悪魔の王子かつ貴様の師匠の一人なのだぞ。敬いの気持ちをだな」
デビル大杉殿下が苦情を口にしかけたところで、雑居ビルのエレベーターが開き、そこからソコノ住職が出てきた。
ソコノ住職は、出入口にいる浅葱とデビル大杉殿下を見て、笑顔になる。
「うちの稼ぎ頭二人が朝から登場か。今日は大入りになりそうだ」
ソコノ住職は嬉しそうに言うと、すぐに二人の背を押して占いの館のエレベーターに押し込み、占いを始める準備をさせ始める。
そんな三人の様子を見送ってから、満景は椅子に戻った。そうした後で、占いの館の部屋を代金を払って借りた外様の占い師を迎え入れたり、待ちきれない様子で開店前にやってきた客の相手をしたりで、開店時間になるまでの時間を消費していった。




