7話:始祖の姫
「ん、ぅ」
もそ、と身じろぎをすれば、とても質の良いシーツが触れている感覚が伝わってくる。
衣服は着用しているけれど、恐らくどこかに寝かされているだろうことは推測できた。しかし、どうにも瞼が重たいような感じがしている。
「(……起きなくちゃいけない)」
何となくリュシエールはそう感じて、意識が少しだけぼんやりするものの、どうにか瞼を押し上げた。
「あれ」
先ほどの部屋よりも何となく豪華な部屋にいる気がする。これは気のせいか、と思っていると、誰かがこちらに歩いてくる気配を感じた。いったい誰が、とリュシエールが視線だけを動かせば、こちらに近付いてくる人影を見た。
「お目覚めでいらっしゃいますか」
「……あなた、は」
リュシエールに近付いてきたのは、他でもないハンナだった。
そういえばこの人に、めちゃくちゃ敵視されていたんだよな、とリュシエールはとてつもなく冷静に考える。
とはいえ、ハンナがリュシエールに敵対心を抱くことは当たり前だろうとも思う。
魔界で、魔王の花嫁を望んでいる人は、相当多いだろう。
通常であれば妃の選定試験だってあるものではないか、と思うし、今回に関しては戦争の終結、更には友好の証としてリュシエールが送り込まれているから、叶うはずもないが、野心を抱いているのであればこうなってしかるべきでは、ともリュシエールは感じていた。
「ええ、と」
どうやって声をかけようか。
そう悩んでいたリュシエールだったが、ベッドまでやってきたハンナをぼんやりと眺める。
ああ、このまま殺されてしまうのだろうか。
少しだけ覚悟を決めようと思っていると、ハンナの姿がすっと下に消えた。
「……え?」
一体何が、と慌ててリュシエールががばりと起き上がれば、視界に入ったのは深々と頭を下げているハンナの姿だったのだ。
「あ、あの!?」
どうしよう、まさかあの時倒れたことで魔王から何か叱られてしまったのでは!?ととてつもなく慌てているリュシエールに、ハンナは頭を下げたまま冷静に口を開いた。
「此度は、とてつもない失礼を働いてしまい……心より申し訳ございませんでした」
「……へ?」
殺されないんだ、とリュシエールが思っていれば、ハンナは悔しそうにしつつもリュシエールの疑問に応えるべく言葉を続けていく。
「ここでは、弱きものは強きものに従う、という決まりがあります」
「決まり?」
「はい」
「それって……」
ああ、もしかして、とリュシエールが思っていれば、その予想は見事的中した。
「先ほど、リュシエール様の発せられた光……と申しますか、その……」
遠慮がちに、ハンナが視線を上げたことで、二人の視線がかっちりと合った。
「?」
「リュシエール様が本来のお姿に成長されたことで、これまでの抑圧から解放された、とでも申せばよろしいでしょうか。その結果、とてつもない魔力が放たれました故……」
「さっきの……あれが」
「はい」
自分でも何が何だか、という顔をしているリュシエールを見て、ハンナは少しだけ困ったように微笑んでいた。
「ええっと」
「ハンナ、とお呼びくださいませ」
「ハンナさん」
「どうか、呼び捨てで」
「……ええと、じゃあ……ハンナ」
「はい」
頷いてくれたハンナを見たリュシエールは、自身の掌を改めて見て、またハンナへと視線を戻す。
「私……今って、魔力ずっと、出てない?」
「出ております」
「だよね……」
「恐らく、ですが……産まれたばかりの魔族で、とてつもなくひ弱な存在であれば、これにあてられれば消滅するくらいには、密度が濃く、重たいものではございます」
「え」
そんなとんでもないものを!?と驚くリュシエールだが、ハンナは少しだけ訝し気にリュシエールを見つめる。
「リュシエール様、大変失礼なご質問かと存じますが」
「はい?」
「どうして……あのように、幼い姿のままだったのですか」
それは、リュシエールが一番不思議に感じていることだ。
普通なら……そう、普通なら人並みに成長していくはずが、見た目はとても幼い姿だったのだ。勿論、食事をまともに与えられないだとか、様々な要因が重なった結果ではあるものの、こんなにも見た目が成長するだなんて、リュシエール自身が一番想定外だったのだから。
「その……まぁ、確かに育児放棄的なことはされていたけれど……」
「は?」
今度はハンナがぎょっとする番だった。
「(ニンゲンは……子をとても大切にすると、そう書物に書いてあったのに!?)」
まして、こんなにも強い存在を蔑ろにするだなんて、一体何を考えているのかと、ハンナは少しだけ憤慨する。
しかしいつまでもそうしているわけにもいかず、ゆっくりとハンナは立ち上がって、リュシエールに手を差し出した。
「リュシエール様、まずは何かお食事を……。改めまして、私が今後、貴女様の御世話係としてお側におります。何かあれば、いつでも遠慮なくお申し付けくださいませ」
「あ、う、うん?」
「お目覚めになられたこと、魔王陛下にご報告してまいります。その間、リュシエール様はお食事を……」
「分かりました」
「……」
「……分かった」
敬語を使ってしまったことで、恐らく不満に思われてしまったらしい。
ジト目でリュシエールを見てくるハンナを見て、リュシエールは降参しました、と言わんばかりに敬語を取って、手を引いてもらい食事は用意されているテーブルへと向かい、椅子に腰を下ろした。
用意されていた食事は、リュシエールがいつ目が覚めるのか分かっていなかったはずなのに、しっかりと温かいものばかり。
じわりと滲んでくる涙が零れないように気を付けて、リュシエールは一口、スープを飲んだ。
「……っ」
「リュシエール様!?」
我慢できなくなったのか、涙を零しながらも次々にスプーンを口に運んでいくリュシエールを見て、慌ててハンナが近寄った。
「どうなさいましたか!?」
「……こんな、……」
美味しくなかったのでは、とハンナが顔を強張らせていたが、続いたリュシエールの言葉にハンナはぎゅっと難しい顔を浮かべる。
「あった、かい……の、初めて、食べ、た」
ぼろぼろと涙を零すものの、スプーンを止めることはなく、リュシエールはただひたすらに食事を進めていく。
そんなリュシエールを見て、ハンナはぐっと拳を握って、レオンのところに行くべく、部屋を後にしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……」
「何だ……それは」
ハンナからの報告を受け、そしてフレディに調査してもらったリュシエールの人間界での状況を聞いて、ぎりり、と歯を食いしばった。
「人間界では……何を考えている」
「陛下、リュシエール様曰く……ではございますが。育児放棄もされていた、とのことです」
「……は?」
ふざけるな、と忌々し気に呟いたレオンはぐしゃりと報告書を握り潰し、心底嫌気がさしたような表情のままでちらりと外に視線をやったのだった。
反省したハンナさんと、色々思いのあるリュシエールちゃん




