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『いらない』と言われた令嬢の幸せ物語 ~うちの子なので返しません、と魔王様がご立腹です!~  作者: みなと


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5話:そこからどいて

 リュシエールは、じっと己の手のひらを見ていた。

 魔王レオン、そして魔王の側近であるフレディ、憎々し気にリュシエールを見ているハンナのことは、全く気になっていなかったのだ。


「(治って、る)」


 一体何故なのだろうか、とリュシエールは必死に考えていたが、何がどうなって、という考えにたどり着いてしまうばかりで、一向に答え等は出てくるわけがなかった。

 しかし、ひとつだけ確信できていることがある。


「(息が……しやすい)」


 魔界に来て、目が覚めてからずっと思っていることだった。

 こうして比較して考えてみると、何故だか人間界では呼吸がとてもしづらかった。まるで、高いところにいるような……あるいは、一気に走ったせいで、ぜぇはぁと呼吸が荒くなってしまうような、そんな感じの息苦しさが全くないのだ。

 今の状況そのものが、リュシエールにとって何か良い状態を引き寄せてくれている、とでもいうのだろうか。


 何か、どうにかして決定的に『これが原因でした』と分かるようなことがあれば、と考えているのだが、その考えをリュシエール自身が口に出さないから、レオンやフレディは、ただ待っている。

 無理やり聞き出したとしても、恐らく思考がまとまっていないから、結果として会話が進まないのでは、と考えているのだ。


 だが、そうは思わない人物だってここにはいる。


 それが、ハンナである。

 どうにかこうにか、魔王からかけられていた重力魔法から抜け出し、床に座り込んで荒くなった呼吸を整えていたハンナだが、彼女はリュシエールのことをいつまでも『得体の知れない供物』だとしか認識していない。

 確かに、和平の証として人間界から差し出されてしまったニンゲンだから、魔王の客としてもてなす必要があるのかもしれない。


 しかし、ハンナ自身はどうしてもそれができなかったのだ。


 まず、ハンナ自身は魔王城で働いているメイドではあるものの、魔族の妙齢の女性が魔王城で働く=魔王の花嫁候補、という慣例のようなものだってある。

 ハンナの実家は、魔界の中でも結構な歴史と、権力を兼ね備えている名家であり、魔王城のメイドなり家臣として働くことのできる資格はもっている。次に年齢は結婚適齢期に達しているため、魔王の花嫁候補としての資格も持っている。

 実際、ハンナ以外にも同じ理由で魔王城で働いている魔族の女性は多い。


 だが、彼女たちとハンナでは、決定的に異なっている部分がある。


 今回、人間界とずっと続いている戦争が、今代の魔王のおかげでようやく終結を迎えることができたのだ。

 戦争の終結、すなわち和平交渉へと話は移行していく。

 であれば、何らかの契約が人間界と成されることは間違いない。


 おおよそ、こういう場合は双方からの代表たちの『婚姻』をもってして、和平の証と成されることが多い。これまでの歴史を鑑みても、人間と魔族の友好の証として『婚姻』を利用することは多々あった。

 お約束、とでも言うべきなのかもしれないことではあるが、権力を持つ者たちは『仕方ないが、今代は魔王の花嫁として我が娘を魔王城へと送り込んだところで、魔王妃となれる可能性は皆無だろう』と理解し、彼らの適齢期の娘たちにも強く言い聞かせていた。

 理解したうえで、魔王城で働く、ということの誉れが欲しいと言い、己を律して『魔王城で働く』という道を選んだ者ばかりだった。


 ハンナは、理解していながらも『それでもチャンスはあるはずだ』ととてつもない野心を抱きすぎてしまったかもしれない。


 実際に『和平の証』としてやってきたリュシエールを見て、『コイツ相手なら、自分が魔王の妃として太刀打ちできる』と考えてしまったのだ。

 ハンナの家は歴史のある、魔界の中では大貴族というに相応しい地位にいる。

 だがしかし、ひとつだけ大きすぎる欠点があった。


 とてつもない野心家だった、というところである。


 そういう両親に育てられたから、結果としてハンナ自身もとてつもない野心を持ってしまった。和平の証たるリュシエールがいるにも関わらず、魔王の妃になれると思い込んでいる。


「……っ、陛下」


 ハンナは、重力魔法からどうにか逃れ、レオンの前までやってくるとどうにか膝をつき直して深く頭を垂れる。


「先ほどは、高貴な姫君に対して失礼極まりない態度、もうしわけございません」


 フレディやレオンだけではなく、この場には他の家臣たちもいる。

 彼らにも聞こえるように、ハンナはしっかりと謝罪をしてみせることで、まずは『自分は反省している』と見せつけている。手法としては問題ないが、既にレオンの不興を買っていることには恐らくハンナ自身は気付いていないのだ。


「……ですが、陛下。少しだけご助言がございまして」


 ハンナの浮かべる笑みは、どこか媚びたような、いやらしいものだったが、あまり表に出さないようには気を付けている。

 あくまで、質の良い笑顔を、としているらしく、レオンやフレディが何も言わないことをいいことに、彼女は言葉を続けていく。


「ヒトは……我ら魔族と比較して、大変か弱い存在だと聞き及んでおります。此度、人間界からやってきた高貴な姫君に何ができるのか……ヒトはとても弱く寿命も短いと聞き及んでおります」


 にこやかに、しかし確実にリュシエールへの毒を含んだ言葉を、ハンナは遠慮なく放った。


 実際、ハンナの言うことはもっともではある。

『和平の証』と言いながらも、人間との婚姻は危険だ、ということを必死に訴えかける。


 自分こそが、と更に続けようとした矢先、リュシエールが不意に口を開いた。


「……嫉妬?」

「…………は?」


 びきり、とハンナの表情が明らかに硬直し、リュシエールは思わず自分の口を塞ぐ。


「ありゃま……」

「人間は予測できんな」


 そんな二人を観察していたレオンとフレディは、各々反応しつつ苦笑いを浮かべている。

 リュシエールは自分の一言が、確実にハンナを怒らせてしまったことを理解しているものの、きっと今何を言っても目の前のハンナには届かないであろうことも、併せて理解していた。


「あ……」


 ハンナが、怒りに任せて己の爪を凶器にするために、ぐぐ、と腕に力を込めていく。

 魔力を腕に集中させ、思いきり手に力を込めれば、それまで普通の爪だったハンナの爪が、一気に凶悪なほどに尖り、長さを変え、凶器と化した。


「……っ」


 このままではまずい、と判断したリュシエールだが、ハンナは床を蹴り、跳躍してリュシエールとの距離を一気に詰めてくる。

 大きく振りかぶっていく様までが、リュシエールにはまるでスローモーションのように見え、このままではいけないからどうにかしないといけないと理解しているものの、その場から動けないままだった。


 ああ、きっとあの鋭い爪で、自分は切り裂かれてしまうのだろう。


 とてつもなく冷静に判断している自分がいることにリュシエールは驚きながらも、ぐっと喉奥からこみ上げてくる奇妙な感覚に耐えようとしていたが、あまりに急で、ばっと口元を手で覆っていたが耐えきれず、か細い声で『うぐ』と聞こえる。


「フレディ!」

「っ、リュシエール様!」


 まずい、とフレディが慌てて駆けよろうとした刹那、リュシエールが体をくの字に折り、口元をおさえていた手を離して、それを胸元へ移動させ、大きく息を吐いた。


「貴様のような下等生物が、魔王陛下に近寄るなぁぁぁぁぁぁ!!」

「……っ!?」


 ハンナの咆哮が一瞬先に響き渡ったが、間髪入れずリュシエールの全身から放たれた光がハンナを包み込むと、その光によってハンナが吹き飛ばされてしまったのだ。


「リュシエール様!」

「っ、おい!」


「何だ!?」

「一体なにが……!」


 ざわつくその場だったが、リュシエールから発せられた光があまりに眩しすぎた。

 まるで閃光弾のように、その場の全員の視界を奪いつくしてしまい、動こうにも動けないまま。


「……っ、リュシエール!」


 レオンが叫び、少しづつ光が収まってきたことで、ようやく目が開けられるようになった。


「……あ」


 レオンが己の名前を呼んでいるのが聞こえ、『そういえば、名前って初めて呼ばれたな……』とリュシエールはぼんやりと考える。

 同時に、ふと視線を下におろして自分の状態を確認し、ぎょっとした。


「え、」


 すらりと伸びている手、足だって伸びている。


「あ、れ?」


 髪だって伸びているし、そもそも、体が成長している。


「……え、えええええええええええ!?」


 リュシエールは、叫びながら冷静に思う。そういえば私、初めてこんなにも大きな声、出しちゃったな、と。


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