4話:生贄の少女の役割
「……これで、十八歳」
リュシエールの年齢を聞いた魔王レオンは、しみじみと呟いて改めて彼女をじっと見つめる。
どう見たって、目の前のやせっぽっちの少女は十八歳になんか見えなかったのだ。
「とりあえず、年齢のことはさておいて。……あの、先ほどは我が城のメイドが大変失礼なことを……」
「え?」
はて、とリュシエールは一人きょとんとして首を傾げている。叩かれたことを一切気にしていないかのような反応に、レオンもフレディも、とても訝し気な表情を浮かべて顔を見合わせた。
もしかして、心配をかけてしまったのだろうか、と思い、リュシエールはまだどこか表情は虚ろなままで口を開いた。
「……その、叩かれたことには驚きましたけど……でも、あの人だって何か事情があったのでは……」
「事情、ね」
レオンはちらりとハンナを見るが、ハンナの顔には不満がありありと見て取れる。
魔王城で働くことに関して、未婚の女性であればとても名誉なこととされている。ある一定以上の身分がないと、そもそも働くための資格がないどころか、応募すらできない。
ハンナは魔界ではそこそこ名の知れた貴族の娘であり、魔王の花嫁候補とまではいかないが、側室となれるよう両親や親戚の期待を背負って、働き始めた、という経緯がある。
敬うべきである魔王の前にも関わらず、ハンナはリュシエールを睨むことを決してやめない。
それどころか、きちんとした対応もせずに与えられた世話係の放棄までしかけているのであれば、職務放棄とみなされても仕方のないこと。
レオンに目をかけてもらっている邪魔な存在、という認識しかもっておらず、直情的に動くだけの存在など、レオンやフレディにとっては邪魔なだけである、ということにも気が付かないほど頭に血が上っているというのであれば、相応の仕置きが必要ではないかとレオンが考え始めた頃、ふとフレディが疑問を抱いた。
「……あの、……えーっと、そうだ。お名前をお聞きしても?」
「リュシエール・ミスティリア、と……申します」
少しだけつっかえながらもきちんと名乗ったリュシエールを見て、フレディは表情を緩めた。
「ありがとうございます、リュシエール様。ところでお伺いしたいのですが……」
「……」
うん、と頷いたリュシエールは、フレディの言葉を待つ。
「あのメイドのことは、何か思わないのですか?」
「……ええと……」
そういえば、とリュシエールはハンナに視線をやる。
どこか未だ虚ろなまま、じぃ、とハンナを見ているリュシエールは、はっきりと告げた。
「そもそも、興味は持っていないので……」
きっぱりと告げられた内容に、ハンナ自身がぎょっとする。さっきまでオロオロしていたというのに、どうしてこういうことははっきり言うのだ、とまた怒りが浮かんできているハンナだったが、続いた言葉に目を丸くすることしかできなかった。
「……そんなことよりも、あの……」
「はい」
「ここは……魔界、ということでよろしい、でしょうか……?」
「その認識で問題ない」
フレディに代わり、レオンが肯定すればどことなくホッとしたようにリュシエールは頭を下げた。
「国王の命により、和平の証としてこちらに参りました」
「……」
「(陛下、顔)」
リュシエールの言葉を聞いて、『まさかこんなにも貧相なニンゲンが和平の証か……』と思っているレオンは、少しだけ溜息を吐いた。
実際、和平の証として差し出されるのであれば、相応の人物だろうと勝手ながら思い、期待値を上げてしまったことがこの落胆の原因ではあるのだが、レオンたちがそう思うと同時、這いつくばった状態のハンナは未だにリュシエールをどうにかしてやろうう、と企んでいるようで、彼女から目を離さずに睨み続けている。
「ハンナ、いい加減にしろ」
「……っ、ですが!」
人であるリュシエールが、ここ、魔界に来られたのはひとえに『和平の証』として捧げられたから。
リュシエールを害すること=レオンに楯突くこと、であると何故かハンナは理解していない。いつもはこんなにも極端な思考回路ではなかったはずだが、どうにも争いの種が同じ魔族ではなく『人間』であることが許せないようだったのは明確であった。
とはいえ、これはハンナ一人の意思で何かがどうにかできるわけではないため、魔王であるレオンがリュシエールを受け入れることになれば、否が応でも従う必要性は出てくる。
「(……選民思想、とでも言おうか……。この魔界では、強い者こそ全てで、弱い者にはとことんまで厳しいところ。しかし……困ったな、ハンナにも)」
宰相であるフレディは、こっそりと溜息を吐いて渦中の人物であるリュシエールを見る。
「(あれ? 何してるんだ?)」
渦中にいるにも関わらず、リュシエールはじっと己の腕を見ていた。
どう見たって、リュシエールの腕は手首を見るだけでかなり細く、栄養が体にいきわたっていないのは明らかであり、年相応などとは到底思えないものだった。
「……」
そして、リュシエールはじっと己の腕を見続けている。
何かを確認するかのように、着用していた衣服をすっとまくり上げ、確信した。
「(治って、る)」
リュシエールの体には、いくつもの傷跡があった。
人間界に居る頃、容赦なく痛めつけられ、心も体もズタボロにされてしまい、どうにか傷を治しながら日々の生活を送っていたものの、とてもではないが回復には追い付かない傷ばかり。
簡単に治るはずはないし、かなり古くからの傷跡はなかなか消えないものでもあったし、恐らく回復魔法を使用しないことには治るわけなんてないと、リュシエール本人が一番よく理解していたのだ。
「何で……」
リュシエールがぽつりと零した音を、フレディはしっかりと聞き逃さなかった。
そして、そっとレオンに近付いてからハンナには聞こえないように耳打ちをした。
「陛下」
「何だ」
自分の体をまじまじと観察しているリュシエール、そしてリュシエールを悔しそうに睨み続けているハンナ、というカオスな状況は何も変わっていないものの、これだけは伝えないといけない、と言葉を続けた。
「……彼女、恐らく人間界で虐待を受けていたから、こんなにも幼く見えるほどに育っていないのでは、と」
「で?」
「それから、彼女の中の魔力量って……陛下、気付いています?」
「魔力量……」
そういえば気にしていなかった、ということにハッと気づいたレオンは、少しだけ目に魔力を込めてリュシエールをじっと観察してみた。
「……ああ、なるほどな」
リュシエールの体の中に、渦を巻くようにして『在る』魔力の塊。
恐らく、並みの人間には御し得ないもののはずだが、これを内包してなお、リュシエールはけろりとしているのだ。
「まずは、色々彼女に確認してみないことには、何も、どうにもならないかと存じます」
「……見た目だけでの判断をするところだった、感謝する」
「いえいえ」
にこ、とフレディは人の好さそうな微笑みを浮かべる。
実際、目の前にいるリュシエールは自身の傷が治っていることについて不思議そうにしているが、恐らく何らかの要因があって今時点で彼女の傷はみるみる治っていっているのだ。
それが彼女の中の魔力によるものであることはレオンにもフレディにも容易に想像できたのだが、この事実をリュシエール自身が自覚すればきっと、ハンナのことを大人しくもさせられるはずだ。
そう確信して、レオンはとても愉しそうに表情を緩めたのだった。




