21話:私、幸せです②
「いい加減になさいませ!」
リュシエールの叫び声が、会議の場に響いた。
まさか、誰もが魔王妃が立ち上がり、怒鳴りつけるわけがない、と思っていたせいもあり、場内がしん、と静まり返る。
「(……声、出しづらいな)」
更に声を上げようとしたリュシエールだったが、素早くまた姿を変える。本来の姿で喋ることの方が多かったためか、多少の呼吸のしづらさがあろうとも、全体を通して魔族としての姿の方がリュシエールは性に合っていたのだ。
そしてまた、叫んだ。
「勝手な思い込みで発言し、証拠も提示しないお涙ちょうだいをいつまで見せられなければならぬのですか! 己らの態度は改めず、魔族への配慮も何もない、こんな人間の方がよほど魔族らしい!」
その叫びを聞いて、オクタヴィアは顔を真っ赤にして口をパクパクさせており、すぐさまライオネルが立ち上がった。
「何を言っている! かつての俺の婚約者を虐げ、命を奪った蛮族に、何を言われても、どうとも感じない!」
「……は?」
「ふっ、聞こえなかったようだからもう一度言ってやろう! かつての俺の婚約者を虐げ、命を奪った蛮族に、何を言われても、どうとも感じない、と言ったんだ!」
その叫びを聞いた人間サイドが、わっと色めき立ったが、リュシエールは愕然とする。
この人は……いいや、こんな人が、かつての婚約者だったのか、と少しだけ絶望したような感じがした。優しくて、思いやりに溢れたあの人は、もういないんだ、と認識を改める。
姉の婚約者になって、思考回路が似てしまったんだ、と結論付けたリュシエールは、自分の顔を覆い隠していたヴェールを引きはがすように取り去った。
「……っ!」
ヴェールの下から現れた美貌を見た人々は、一瞬息を呑んで静かになったが、リュシエールは人々が黙っている隙に、かつての人間だった時の姿に変化した。
「……リュシエール?」
かすれた声で名前を呟いたライオネルを一瞥したリュシエールは、改めてすっと礼をする。
「死んでなどおりませんし、私は魔王陛下にとっても大事にされております。……その上で、皆さまに申し上げましょうね」
こんな、感情を露わにしたリュシエールは、家族の誰もが見たことがなかった。
かつて、感情があるのかないのか分からなかった目は、すっかり怒りに満ちている。あれだけ魔力ナシだと蔑んでいたというのに、リュシエールの体にはしっかりと魔力が満ちている。
「私は、魔王様にとても大切にしてもらっているし、魔界でも魔王妃としてきちんと仕事をしているわ! あなたたちからこそ、非人道的な扱いを受けていたけれど、魔界では一切そんなこと、されていない!」
愕然としていた国王夫妻、兄、そして姉であるオクタヴィアだったが、リュシエールが身にまとっているものを見て、ハッとする。
人間界では採掘できない、魔界特産の宝石の数々、質の良い生地ばかりを使って作られたドレス、色は普通ではありえないだろうから、恐らく専用に染め直したか、あるいは糸を染めた後に織られた生地で作られたものなのか。
「(あなた……!」)」
「(リュシエールが生きていたのは好都合、ということだな!)」
素早く会話をした国王夫妻は、下卑た笑顔を浮かべてリュシエールに手を伸ばしながらどうにか取り入ろうとしてくる。
「ああ、良かった……リュシエール! わたくしの愛しい子!」
「お前が無事で良かった! さぁ、お父さまのところへおいで! 魔界での話を聞かせておくれ!」
「りゅ、リュシエール、お姉さまのところに……」
「いいやリュシエールそれよりお前、いつの間に魔力が……! 素晴らしい才能じゃないか!」
うわ、とレオンが嫌悪感丸出しで反応するほど、元・家族の様子はおどろおどろしいものだった。
まるでゾンビのごとくリュシエールに手を伸ばしてくる様は、まさに恐怖でしかなく、思わず一歩後ずさると、レオンがすぐさま立ち上がってリュシエールを背に庇う。
「……レオン様」
「守る、安心してそこに居ろ」
「……っ、はい」
ほ、と安心したように息を吐くリュシエールは、無意識のうちにレオンの服を、きゅう、と掴む。その様子がいじらしく、レオンはふと微笑みかけてから、リュシエールの元・家族に向けては冷たい目を送る。
「それに……どうせこの馬鹿どもは、俺のリュシエールから利益をむさぼることしか考えていない。そんな馬鹿丸出しの輩の茶番に、付き合ってやる必要はない」
レオンのその言葉に、カッとなったオクタヴィアが手の中に攻撃魔法を出現させた。
「うるさい! 何よ、魔族のくせに、ご高説垂れちゃってんじゃないわよ!」
叫び声と共に魔法が放たれるが、レオンはすぐさま防御魔法を展開させることで、己とリュシエールを守った。
「……フレディ」
「はい、陛下」
レオンの冷え切った声に、フレディはすぐさま反応して、国王夫妻に冷たい視線を向ける。
「どうも、魔王陛下の側近をしておりますフレディ、と申します。……さて、ここ数年……いいえ、ここ数百年程、こちらの会談において本来されるべき配慮は一切されておりませんでしたが、どういうことなのかご説明願いたい」
「はぁ!?」
「そういう契約が、かつての王と結ばれており、これまでヒトの王家とこちら、双方で文書を保管しているはずですが……?」
冷静に、どこまでも冷たく放たれた言葉に、国王夫妻は顔色を悪くした。
どうせ魔族なんだから、と一切の配慮をしていなかったのだ。例えば、せめてこの会議の場だけでも魔力濃度を調整する、などの細やかすぎる配慮すらされていない。
「何故、魔族と人間が戦争をすることになったのか。これまで平和に暮らしていたのに……ヒトが、条約を守らなかったから、仕方なくこちらは武力に訴えかけました。仕方ないですよね、言葉が通じないのですから」
ひぃ、と参加していた貴族から悲鳴が聞こえる。
何人もがリュシエールに縋るような目を向けているが、リュシエールは見向きもしない。
こうなったら、と言わんばかりにオクタヴィアがリュシエールを奪い返そうとテーブルに飛び乗ってレオンのところまで距離を詰め、手を伸ばす。しかしレオンは即座に結界の強度を上げて、きちんとリュシエールを守った。
「ちっ! リュシエール、こちらに帰っていらっしゃい! お前の意思でね! 今ならこのわたくしが許しましょう!」
自信満々に告げた姉を見て、リュシエールは閉ざしていた口を、すっと開き、冷めきった眼差しを向けて小さく呟いた。
「……みっともない人たち」




