20話:私、幸せです①
魔王夫妻がやってくる、という当日。
人間界では王家総出で、彼らを出迎えるべく転移ゲートの前で待っていた。
「……結局、リュシエールはどうなっているんだ……」
「あなた、落ち着いてくださいませ」
こそこそと話している国王夫妻は、揃って顔色が悪い。もしも、魔王がやってきた途端、人間サイドに攻撃でも仕掛けてこようものなら、どう対応すれば良いのだろうか、と気が気ではない。
姉であるオクタヴィアは、婚約者となったライオネルの腕にべたりと甘えるようにくっついていた。
「……オクタヴィア様、リュシエールは……」
「もし、生きていれば何らかの形で同行させると思うのですが……でも……っ、あの子は……もう……!」
よよ、と念のために泣いている演技を抜かりなくしておいたが、オクタヴィアは気が気ではない。
リュシエールの、行動が全く読めない。
先日、密かにリュシエールからオクタヴィア宛てに手紙が来たが、腹立たしくてとても読み返す気にはならなかったから、びりびりに破り捨てている。
リュシエールの兄であるエリクも、婚約者を伴って、転移ゲートの前で待っているのだが、こちらも顔色は良くない。
揃ってリュシエールのことを虐待していたのだ、もしも魔王にあれこれ吹聴されてしまったらどうなるか、と考えるだけで恐ろしい。
もしかして、魔界で思いがけず成果を上げていれば、人間界サイドがリュシエールの力をしっかり把握できていなかった、ということが露見されてしまう。
「……エリク様……リュシエール様って……」
「生きている、とは思うが……」
皆揃って顔いろを悪くしているが、色んな意味で自業自得なのは、気付いていない。
そうこうしていると、転移ゲートが淡く光り、起動した。
「……来るぞ」
国王が低く告げれば、転移ゲートから発せられる光がとんでもなく大きくなり、目を開けていられないほどになっていた。
「うわ……っ!」
皆が目を覆って、光が収まるのを待っていると、次第に弱まってくるのが分かる。
恐る恐る視線を上げれば、魔王レオンと、魔王妃が最低限の護衛を連れて、ゲートをくぐってやってきた。
「これはこれは魔王陛下、よくぞお越しくださった」
「出迎え、感謝する。人の王よ」
レオンはわざと慇懃無礼に挨拶をしてから、魔王妃に頷きかける。すると、口元までの長さのあるヴェールをまとった妃が、すっと綺麗に頭を下げた。
「……これは、こちらの国の挨拶……?」
「我が妃が、大変勤勉でね。自分くらいは、こちらの流儀に従おうか、というものだから」
「なんと……!」
口元しか見えていない魔王妃――もといリュシエールは、こくん、と頷いてからレオンの手をきゅ、と握った。
レオンはどことなく尊大な雰囲気を醸し出しているのだが、魔王妃としてやって来ているリュシエールは、顔こそ見えないものの『可憐』と呼ぶにふさわしい雰囲気をまとっていた。
ほう、と感嘆の吐息が聞こえてくる中、リュシエールはヴェールの向こうで『何だ、見た目にしか興味がないのか』と落胆する。
きちんと、この国の挨拶をしてやったというのに、この知識をどこで手に入れたとか、そういうことは一切気にしていないのだから、まぁ、予想通りと言えば予想通りの展開ではある。
「ささ、こんなところで立ち話も何ですから、城へと移動しましょう。馬車もご用意しております故」
どうぞどうぞ、と媚びへつらってくるような態度の国王をじっと観察し、馬車に乗り込んで遮音の魔法をぱっと展開させたリュシエールは、大きく溜息を吐いた。
「……予想通り、か?」
「はい、びっくりするほどに」
「なるほど。しかし、気付かぬものだな」
「それだけ、興味がないのでしょう」
向かいに座っていたレオンだが、どこか寂し気に言うリュシエールの隣へと移動して、優しく頬を撫でた。
「しょげるな」
「しょげてません」
遮音の魔法をかけているとはいえ、一応小声で話しかけたレオンに対し、リュシエールも小声で返す。
顔を見合わせ、視線は合っていないものの、どちらからともなく笑い合った。馬車の中はとても和やかな雰囲気で、城へと進んで行ったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
城に移動し、会議室へと移動すれば、そこには国中の貴族が集まっていた。
ああ、ここで魔王に対して何らかの糾弾が行われるのだ、と察知したリュシエールとレオン、そして宰相のフレディに護衛としてやってきていたメイドのハンナは、全員がそっと目配せをする。
何かあったら、即動けるように、とハンナに合図をしたリュシエールに対し、ハンナは深々と頭を下げた。
「……何をしているんだ……?」
「こちらへの攻撃ではないでしょうな……?」
こそこそと話している貴族たちの言葉は、きちんとリュシエールたちにも届いているし、声も拾えている。
何かあったらすぐに動けるようにとフレディとハンナも、揃って目配せをした。
「……さて……」
国王が口を今から開こうとした瞬間、オクタヴィアががたん、と椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がったかと思えば、テーブルをばん!と物凄い音を立てて叩いた。
「魔王陛下! 先に問いますわ! 我が妹、リュシエールはどうして今ここにいないのですか!? 無事なのでしょうね!?」
オクタヴィアのその言葉に、貴族たちはハッとする。
そうだ、姫であるリュシエールが嫁いだにも関わらず、今ここにいないというのはどうしてだ、と魔王に勢いよく視線をやった。
鋭い視線が突き刺さる中、オクタヴィアは女優も真っ青な程の泣きまねを披露し始めた。
「わたくしの……大切な、可愛いリュシエール! ああ、誰も知り合いがいないところに無理やり嫁がされ、まさか命まで奪われるだなんて!!」
ありもしない事実を大声でいきなり騒ぎ始めたことで、ハンナやフレディの視線が一気に鋭くなり、空気が一瞬でひりついてしまう。
「(大切な……って、よくもまぁ白々しい嘘が言えたものね……)」
さすがに、リュシエールも人間の姿に戻らないと少しだけ呼吸がつらく感じていたため、こっそりと人間の姿に戻っておいた。
魔力コントロールの練習のおかげで、人間サイドにはバレていない。しかし、この呼吸のしづらい中で平然としているのは、さすが魔王だ、とリュシエールは感心しながら隣に座っているレオンを見上げた。
ふと視線が合い、『心配しなくて良い』と口パクで言ってくれているのを見て、安心したリュシエールはにこ、と微笑む。
「聞いておりますの!? 魔王陛下、何とか言ったらどうなんですか!」
このオクタヴィアの台詞を皮切りに、レオンに対しても鋭い目が向けられることとなってしまった。
ああ、この姉は本当に何も分かっていないんだ、いいや、分かろうとしていないんだ、と感じてしまい、我慢が限界に達してしまう。どうにかして黙ってほしい、これ以上、リュシエールのことを大事にしてくれるレオンのことを悪く言わせたりなんかするもんか、とリュシエールは気が付けば会談用のテーブルを、拳で思いきり叩いていた。
ばん!と物凄い音がして、一瞬人間サイドが黙り、また反論してこようとしたところで、リュシエールはすっと立ち上がり、ヴェールはそのままですぅ、と息を吸い込んでから大きな声で叫んだ。
「――いい加減になさいませ!」




