2話:初めまして、魔王様
「ただいま」
「お帰りなさい……って、陛下!?」
「ん?」
何の気なしに、いつも通りの会話をしていた二人。
一人は魔王・レオン・ディ・アンドレアン。
もう一人は、魔王が最も信頼しているといっても過言ではない側近である、フレディ。
確か、魔王レオンは『何だかおかしな気配がした』と言って、城の周りを散策しに行ったはず。
別に何かを拾ってくるとか、誰かを連れてくるとか、そういったことは一切なかったはずだ。
なのに。
「いやいやアンタ、何してんですか!? ソレ、子犬や子猫じゃないんですよ!?」
「落ちていたので、拾った」
「子供か!」
ぽんぽんと繰り出されるツッコミの数々に、レオンはうんうん、と頷いている。
まるで、さすが我が側近、とでも言いたげな雰囲気ではあるものの、フレディは大きなため息を吐いてからレオンの抱えている人をじっと見つめた。
「……陛下、とりあえず一つ、良いです?」
「何だ」
「もうちょっと普通に抱っこできませんでしたかね?」
「普通とは」
はて、と首を傾げているレオンに対して、フレディの顔はとても引きつっている。
「その人、っていうか女の子! 何で肩に担いでるんですか!! 荷物じゃないんですからね!」
「この方が持ちやすい」
「あほかアンタ!」
「お前、本当に容赦なくなったな」
「容赦ないんじゃなくて! 陛下の思考がマジで意味不明なんですって!」
言い終わってからぜぇはぁと肩で呼吸をしつつ、フレディはレオンが抱えている女の子をそっと受け取る。
怪我をさせないように、慎重に。
ぐったりとしいて、顔色も相当悪い。
「これは……」
「どうだ」
「まぁ、体調は良くないでしょうね。あと、……もしかして……」
「?」
「まさかこの子、前に人間界から通達のあった、お姫様……?」
「…………これが?」
とてつもなく訝し気な表情になったレオンの発した言葉を、また注意しなければいけないのだが、言いたいことは分かる……!と、フレディは困ったように頬を掻いた。
「……まぁ、そうなります、よねぇ」
「あまりにみすぼらしいだろう、コイツは」
「とはいえ……」
時期があまりに一致しているのだ。
人間界との間で結んだ、停戦協定。
その証として、人間側は一人の王女を魔界に輿入れさせる、と言っていた。おおよそこのくらいの時期だ、とも聞いていたのだが、ほぼ合致している。
「……とりあえず、起こしてみましょうか。ああでも、僕たちがいつまでもこの人に触っているわけにも……陛下、誰か呼んでくれます?」
「分かった」
ここは魔王専用の執務室だった。
来るまでに色んなメイドやその他、魔王城の使用人たちにも、この子――リュシエールを運んでくることは見られている。
であれば、話は早いだろうとレオンも考えて、メイドを一人呼んだのだ。
「お呼びでしょうか」
メイド長と、年若いメイドが一人、呼び鈴の音を聞いて執務室にやって来た。
「ああ、すまんな。頼まれてほしい」
「陛下の頼みとあらば」
メイド長の言葉に、レオンは一つ頷いてからフレディに目配せをした。
「メイド長、この方のお世話をお願いしたいんだ」
「……はて」
年若いメイドには、入ってきて最初に立ち止まった場所からは離れないように指示を出し、メイド長だけがすっと近寄り、ふと視線を下ろした。
「まぁ、こちらは」
執務室にある豪奢なソファーで、ゆっくりと肩を上下させながら眠っている少女・リュシエールを見たメイド長は、とても愛し気に微笑んだ。
「陛下が拾ってきて」
「は?」
「拾った」
「……は?」
フレディが言って、続いてレオンが言った内容に、メイド長は顔をこわばらせ、そして二人をぎろりと睨んだ。
「フレディ様、とりあえず一言よろしいでしょうか」
「はい」
「このように小さなレディを、あなたも一緒になって拾った、など!」
「すんません」
「それから陛下!」
「あ、はい」
「いくらお小さくとも女性は女性、扱いと言動にはお気を付けなさいませ!」
「……すまん」
メイド長はレオンが小さい頃から魔王城で働いている。
更に、フレディが魔王の側近となる前から知っているし、己の息子のように思っているからこそ、遠慮なく注意が出来るのだ。
「全く……あなた、こちらに」
「はい、メイド長」
メイド長が連れてきていた年若いメイドのハンナは、メイド長が呼ぶままにソファーに近寄った。
「……これ、は」
「少し前に話したでしょう、恐らく人間界から陛下の花嫁候補がやってくる、と。恐らく、この方がそうです」
「……」
ふぅん、と小さく呟いたハンナを、少しだけ訝し気な表情でメイド長が見るも、そっと肩に手を置いてから告げる。
「ハンナ、あなたがこちらの方のお世話をしなさい」
「え!?」
「なぁに?」
「あ、い、いえ……」
まずいな、とハンナは少しだけ咳払いをしてから、メイド長、レオン、フレディに対して頭を下げた。
「御世話係、拝命いたします」
「頼んだぞ、目が覚めたら改めて連れてきてくれ」
「はい」
深々と頭を下げ、ハンナはそっとリュシエールを抱き上げて部屋を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ぅ……」
「……」
ああ、気が付いたのか、とハンナはリュシエールの体が横たわっているベッドへと近づいた。
「お目覚めですか」
淡々とした口調でハンナがリュシエールに問いかけるが、反応をほとんど返さないリュシエールにすぐさま苛立って、ち、と舌打ちをする。
「……本当に気持ち悪いわね、このニンゲン風情が!」
「……ぁ」
「どうしてお前ごときの世話を、この私がしなくちゃいけないのよ!」
忌々しげに投げつけられた暴言だが、リュシエールは基本的にこの類の暴言はいつものことだし、言われ慣れている。
暴力が飛んでこないだけでも御の字、というやつだと思っていればぬっと伸びてきたハンナの手が、リュシエールの華奢な手首をがっちりと掴んだ。
「……!?」
いきなり何なんだろう、と少しだけ驚きの表情を浮かべたリュシエールだったが、強い力でぐっと引き寄せられれば、ベッドからどさりと落ちてしまう。
「あぅ……っ」
「しゃんとしなさいよ! ほら立って、陛下のところに行くんだからね!」
「ま、まって……、くださ、」
「お前の言葉よりも陛下の言葉の方が大事に決まってんでしょうが! 行くわよ!」
痛い、とか細い声が聞こえたが、ハンナはそれを丸っと無視して、引きずる様にリュシエールを謁見の間に連れていく。目が覚めたら連れてこい、と言われていたから、そうしているだけ。
もちろん、リュシエールが休んでいた客間をこうやって出る際に、使い魔を飛ばしてレオンに連絡をすることだけは忘れなかった。ただ、ハンナが一切考慮していないのは、リュシエールに対する気遣いだけ。
『やめて、痛い』という声は聞こえていたが、聞こえていないフリをして、そのままずんずんと謁見の間へと進んで行ったのだった。




