19話:訪問の知らせ
「リュシエール様、腕を上げていただけますか?」
「はい」
勝負服だ、ドレスの準備だ、と盛り上がった城内では、あれやこれやと準備を進めていっていた。
準備されていったドレスをリュシエールは言われるがまま試着し、気に入ったものに関してはサイズを直しにかかっていたところ、リュシエールはふとしたことに気が付いた。
「……あれ?」
「どうなさいましたか、リュシエール様」
「私のサイズって、こんなのでしたっけ?」
「こんなの?」
ハンナがリュシエールのところにやって来て、疑問に答えようとサイズが記載されている羊皮紙を覗き込んだ。
何もおかしいところはないのだが……と首を傾げていると。リュシエールは困惑した様子で口を開いた。
「私、こんなに大きかった、っけ?」
「……ああ、なるほど」
そういうことか、とすぐさま納得したハンナは、思わず笑みをこぼしながら言葉を続ける。
「それは、リュシエール様が成長なさっているからですよ」
「え?」
「魔界に来た頃と比べれば、健康状態もそうですが、きちんと……というとおかしな表現ですけれど……成長なさっておりますからね」
「せい、ちょう」
「はい、成長です」
何となくドヤ顔をしているハンナの言葉に、他のメイドたちもうんうん、と揃って頷いている。成長している、っていうことは……とリュシエールは自分の体をじぃ、と見下ろして、から手の大きさを見るために自分の掌をぐーぱー、とさせた。
「……大きく、なったかな」
「勿論です」
「……そっか」
嬉しそうに表情を綻ばせているリュシエールに、メイドたちは皆揃って表情を緩ませている。
「きちんと栄養を取っているので、体もきちんと成長した、ということでしょう」
「やっぱり、きちんと食事をすると成長するのね……」
そりゃそうだ、とメイドは揃って内心ツッコミを入れているが、リュシエールの置かれていた環境を思うと、そうも言えない。
「あと、リュシエール様の場合は『成長阻害』もされてしまっていたのでしょうね」
「成長阻害、って……何?」
「そうですね、簡単に言いますと……」
どう説明したものか、とハンナは考え、にこ、とリュシエールに改めて微笑みかけた。
「人間界では、リュシエール様の成長が不十分だったのです。そもそも、リュシエール様は魔界でいた方が正常に成長できるお方ですし。人間界では、魔力の流れも阻害されていたことでしょう」
「なる、ほど?」
「魔力の流れが正常になったことで、せき止められていたものが正常になった。これにより、体の成長も元に戻った……というか、本来いる世界にやってきたことで、成長が促進されたと推測されます」
実際、リュシエールは魔界にやって来てから、あり得ないほどの速度で成長しているのだが、どうにも本人は自覚がなかったらしい。
人の成長とは、分かりづらいものなのだろうか、とハンナは考えたが、今まであまり鏡を見る習慣のないリュシエールからすれば、自分の成長を実感するという機会はあまりなかったのかもしれない。
何かを考えていたリュシエールは、ふと言葉が零れ出る。
「……もしかしなくても、私がいた環境って……おかしい?」
「おかしいです」
ハンナに断言され、リュシエールはびし、と硬直してしまった。
そうか……おかしかったんだ……とリュシエールは改めて認識したリュシエールは、これを夕食の席でレオンに報告しておいた。
「ああ、確かにおかしいだろうな」
「うぐ」
「そんなに気にすることはない。我が妃は、これからも健やかに成長していくのだからな」
「……あ……」
「それに、付け加えると……愛情も、触れ合うことで分かる温かさもな」
「レオン様……」
レオンの言葉に、リュシエールは嬉しそうに表情を綻ばせ、本日の夕食のメインメニューであるチキンソテーを切り分けて食べたのだった。
なお、こうやって夕食を取っている間、使用人たちはリュシエールとレオンの衣装を揃いにして、人間たちに目にもの見せてやろう、と張り切りまくっていた。
ドレスは全て魔王の瞳の色、アクセサリーも魔界でしか取れないとされているもので統一し、いかに大切にされているのかを、全てにおいて見せびらかしてやろう、と奮起しまくっていた。
「ねぇ、リュシエール様のお飾りはこれでいいかしら」
「良いわね! あ、そうだとレオン様のはこうすると……」
「やだ、それ最高!」
ああでもない、こうでもない、とメイドに加えて執事やフットマン、その他家臣たちまで参加して井戸端会議のスケールではない、全くの別物の話し合いの場へと変化していた。
とんでもなく平和な空気感の元、行われているお着替え選び大会は、いつまで経っても楽しそうな笑い声が途切れることはなかったのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、人間界の時間で、オクタヴィアがリュシエールに手紙を送り付けて、一週間後のこと。
「何だと……!」
「魔界のものが……」
国王の元に届けられた、魔界の王家の紋章の封蝋がされた手紙が届けられたのだ。
その中に書かれていた簡潔な、内容。
『定例訪問を行う。王族、貴族は皆出席されたし』
ざわ、と王宮の役人たちがどよめく中、オクタヴィアはハッと一瞬早く我に返った。そうだ、こちらに良いように心象操作をしてしまえば良いのだ、とすぐさま判断し、ばっと国王の前に出てきた。
「陛下、よもや、魔王は……我が妹のリュシエールが死んだことをいいことに……再び生贄を寄越せ、というようなことを言ってくるのではありませんか!?」
そう、こう言っておけば勝手に皆が推測してくれる。
ただで終われると思うなよ、というオクタヴィアの思考に導かれるように、周囲はどよめき始める。
「戦の準備を!」
「万が一の事態に備えるのだ!!」
「魔族め……どこまでも卑劣な!!」
勝手な妄想が広がっていく中、オクタヴィアはほくそ笑む。
返すなら、それでよし。
死んでいるなら、それはそれで何も問題はない。リュシエールの死を利用して、戦争を起こせばいい。
――それだけなのだから。




