17話:幸せ自慢
「リュシエール様、一体どうしてそのような思考に……」
「ええと、それはですね……」
リュシエールが説明しようとしたところで、レオンの執務室の扉がノックされた。
「誰だ」
「へ、陛下……リュシエール様がこちらに来ているかと、思い、まして」
「……ハンナ?」
「あ」
入室の許可をすれば、何だかヘロヘロになっているハンナがいた。どうやら、リュシエールが転移魔法でレオンの執務室に来た直後、何か思い当たりそうなことがあったために、走ってきたらしい。
「お前、転移魔法使えるだろうに……」
「すみません、つい……」
ふー、と息を吐いて呼吸を整えてから、ハンナは背筋を伸ばして改めてレオンに頭を下げる。
「改めまして陛下、御事情を説明させていただきたく存じます」
何がどうなってリュシエールがこうなったのか、を滾々と説明してから、ハンナはすっとリュシエールの後ろに控えるようにして立った。リュシエール自身は『幸せであることの報告をすることで、生きていることの証明にもなるし戦争を引き起こす必要もないんだ』と伝えることもできるし、仮にあちらの王家まで伝わらなくても、姉にさえ伝われば結果的には問題ない、と判断したらしい。
「……なるほどな。そうかそうか」
「はー……まぁ確かにそうですねぇ。ニンゲン含め、こちらを害しようとしてくる馬鹿には、それ以上の幸せを見せつけてやればいい。なるほどなるほど、精神ダメージを与えられる最適な方法だ」
レオン、そしてフレディはリュシエールの選択を聞いて、確かにそうだ、と納得する。
そして、すっとレオンは立ち上がってから自室の窓を開け、魔力を練り上げて大きな鳥の形をした使い魔を作り出した。
「陛下、それって」
「伝達魔法を使って、国民全員に伝達しよう。改めて魔界全土にて、我らの婚姻を祝福してほしい、とな!」
思ったよりもノリノリになっているレオンに対し、リュシエールは嬉しそうに、そして、少しだけくすぐったそうに微笑みながら頷く。
――そう、何も彼らはただのんびり過ごしていたわけではないのだ。
リュシエールが魔界にやって来て、本来の姿を取り戻してからの動きは、実はとんでもなく早かった。
本来の姿を取り戻したことが分かった途端、まず動いたのが魔界の幹部たち。
「こんなにも魔王妃として相応しい方を寄越してくれるとは、人間界に感謝!」
と叫んだかと思えば、かつてよりの慣習に従って、リュシエールとレオンは『血の盃』を取り交わした。
互いの血を、それぞれの体内に取り込むことによって、双方の絆、繋がりをとても強くする古からの魔界の古代魔法の一つ。血を取り込む際には指定された魔法陣の上で執り行わなければならず、呑んだ後にも誓いの言葉を唱えることが必須とされている。
相性が悪い者同士が執り行ってしまうと、あっという間に拒絶反応によって倒れ、場合によっては命を落としてしまうことだってあるこの魔法だが、とんでもなく相性が良かったことで、二人揃って普段以上の力を発揮できる状態になってしまったのだ。
そして次。
互いを取り込んだので結婚式だ! と大騒ぎしていたのは魔界の法務大臣をはじめとした、『早くリュシエールにレオンとくっついてほしい』と願った人たち。
二人の雰囲気もさることながら、リュシエールを見つめているレオンの蕩けるような笑顔を見て死にかけている使用人のためにも、早く二人には名実ともに夫婦になってほしい、と願う人たちによってあっという間に結婚式も終わってしまった。
なお、人間界には知らせなくて良くないか、という魔界の役人たちをはじめとした諸々によって、知らせを届けていないのだが、これくらいは嫌がらせとしてご愛敬だと思ってほしい、というのはリュシエール。
「別にわざわざ知らせない方が面白そう」
というリュシエールの鶴の一声により、現在に至っているが、この読みだって当たっているのだから推して知るべし、というものである。
更に、二人の結婚式前には、『ニンゲン風情が』とリュシエールのことを罵倒していた者たちだったのだが、リュシエールにその声が届いたところで、リュシエール本人は何とも思っていない。
悪口だけなら別に痛い思いもしないし、言われたところでかつて人間界で受けていた仕打ちに比べれば、心からどうってことはない。城下町におりたときに悪口を言われても、リュシエールはしれっと『……で?』としか返さなかったことにより、リュシエールのメンタルの強さに惚れ込んだ者が圧倒的に多かったこともあり、一気に人気も獲得してしまった、とのこと。
ここまでが、魔界で行われていたあれこれ、のお話である。
リュシエールは、しみじみとそれを思い出していたのだった。
「リュシエール嬢、どうした?」
「うーん……いや、ちょっと前のことを思い出していて……」
リュシエールがそう呟いた途端、飛んで行っていたレオンの伝達魔法が今回の件を一気に拡散したらしく、まるで大陸が揺れるかのごとく城下町を皮切りに歓声が起こった。
「……えぇ……」
「しっかり大騒ぎになったようだな、よし」
「レオン様、狙いました?」
「戦わずして勝つ、というやつだ。魔族が皆戦争を望んでいるわけでもないし、平和に抗議ができるとあればその方が良い、というのは皆同じ気持ち、ということだ」
「……そっか」
なるほど、と頷いているリュシエールの頭にレオンは手を乗せて、よしよしと撫でる。
レオンに頭を撫でられることにはすっかり慣れてしまったリュシエールは、心地よさそうに目を細めている。
なお、城下町から広がった大歓声は『リュシエール様万歳!』とか、『魔王妃様、魔王様、これからもお幸せに!』という声が上がりまくっていることで、こっそり侵入していた人間界からの偵察部隊は何事だ、と目を丸くしたものの『こんなはずではないのに!』と報告に走ったようだ。
……だがしかし、フレディがこの動きを見逃すはずはなかった。
「陛下」
妖しい動きをしているニンゲンがいれば、報告をするようにと伝えていたことが幸いしたようだ。
「……虫が出たか」
「では、こちらも動きましょうか」
にま、と微笑んだリュシエール。
リュシエールと比較できないほどのあくどい笑顔を浮かべたレオンは、それぞれ視線を交わして頷き合う。
「レオン様、では私はお手紙を書いてまいりますね」
「頼んだ。届けるときは遠慮なく伝令部隊を使いなさい」
「はぁい」
にこ、と可愛らしく微笑んだリュシエールは、ハンナと共に転移魔法を使って自室に向かう。きっとこの後、人間界にいる姉宛てに手紙を書くことにしたのだろう。
「……人間界で、果たしてリュシエールの姉はどんな顔をするのだろうな」
リュシエールはレオンの言葉通り、姉であるオクタヴィア宛てに手紙を書いていた。
内容は勿論、魔界でどれだけ幸せに過ごしているか。
これはオクタヴィアの逆鱗に見事触れることになったものの、それこそがリュシエールやレオンの思惑通り。
リュシエールの字で『こちらは大変幸せなので、お姉さまもどうぞお幸せに』と締めくくられた手紙を、ぐしゃり、と握りしめる。だが、それだけではやり返し足りないと思ったオクタヴィアは、半狂乱になりながらリュシエールからの手紙を引き裂いた。
「……舐めた真似を……」
ふーふーと鼻息荒く呟いたオクタヴィアは、ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻きむしって髪型をぐちゃぐちゃにしたところでようやく我に返った。そして、手にしてた髪飾りを床にたたきつけると思いきり踏みつけ壊し、ソファーにあったクッションを掴んで思いきり振り回してから壁にぶつけた。
ふわふわと羽毛が舞い散る中、憎しみまみれの表情で窓の外を見る。
「このままで終われるなんて、思うんじゃないわよ……!」




