12話:勝手な思い込みもほどほどに
――時間は、ほんの少しだけ遡る。
「……ふぅ」
「はい、お疲れ様でございました、リュシエール様」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げたリュシエールに、魔術師長はとても穏やかに微笑みかけた。
「しかし、驚きましたね」
「?」
はて、と首を傾げているリュシエールに、魔術師長はステータスがまとめられた羊皮紙を見て言葉を続ける。
「とんでもない潜在能力でしたから。魔力量は陛下と同等。ですが……」
「人間界では、私は他の魔族の皆と違って、デバフ? のようなものがかかっている……んでしたっけ」
「はい」
通常、異なる世界に行けば、大気中の成分が異なっているため、呼吸がしづらい、などの副作用なんかがある。大気中の成分が異なっているだけではなく、魔力の濃さの違いや魔素の種類が異なっている、などもある。あまりに魔素が濃く、呼吸がしづらい場合は『瘴気が濃ゆいため』と判断されることも、ままある。
「リュシエール様は、生まれてから人間界で過ごしていたために『息苦しい』という程度で済んでいたこと、それから体が適応していたことで我々魔界に住んでいる者と比較すると、使用する能力にも制限がかからない、ということもありますね」
「……なる、ほど?」
そういうことだったのか、と納得したリュシエールは、自分の体質に関して、今はとても感謝をするようになってもいた。
「……いけ」
現在、魔術師長に教えてもらいながら、リュシエールは魔法の訓練をとんでもない速さで行っている。
初級魔術に関しては問題なく行使できるようになり、明確な詠唱がなくても放てるようになった、のだが。
「……あ」
ふと思ってリュシエールの放った火球は、かなりの速度で飛んで行って、演習用の的を消し炭にしてしまったのだ。
どごおおおん! と物凄い音がして、魔術師長は思わずあんぐりと口を開けてしまう。
「リュシエール様……」
「……ごめんなさい、ひとつだけ残っていたから、つい……」
ある意味完璧主義とも言える彼女の性格により、消し炭にされてしまった的に関しては大変申し訳ないのだが、おかげで野次馬根性丸出しで見学に来ていた面々にはとんでもないインパクトを与えられたようだった。
「しかし、リュシエール様の魔法はかなり安定してきておりますね。最初は大きすぎたり、小さすぎたり色々とございましたが……うん、大変よろしい傾向かと」
「本当ですか!」
嬉しそうに微笑んでいるリュシエールはとても可愛らしく、ついうっかり頭を撫でそうになってしまったが、途端にどこからともなく飛んでくる殺気。
「……!!」
相手なんて分かりきっている、レオンだ。
リュシエールに関しての独占欲は人一倍、ましてリュシエールの秘めたる能力がとんでもないものだったから、好意を寄せる相手としても、一生涯の伴侶としても大変素晴らしいことを理解しているからこそ、独占欲も更に高くなっている、とういわけだ。
「ああそうだ、リュシエール様」
「はい?」
「言い忘れておりましたが、ここ、見てください」
「……?」
はて、と首を傾げつつリュシエールは魔術師長の差し出している資料を見る。
「ええと、『……なお、リュシエール嬢は、実力としては陛下以上のものがあると推測される』って……何でしょうこれ。誤記載?」
「ではなく」
「……」
更に首を傾げているリュシエールに、魔術師長は苦笑いをしながら言葉を続ける。
「リュシエール様の魔力量、そして活動できる条件など、諸々考慮し、判断した結果がこれ、ですよ」
「……ええ……」
えらいこっちゃ、と思ったリュシエールは、その日の練習を終えて、日課となっているレオンとのお茶会でこれを報告した。
「はっはっは、良いことじゃないか!」
「良くありません!」
向かい合わせに座り、各々選んだケーキを食べながらその日の報告をし合っている姿は、すっかりここ魔王城での日課になっていた。
今日リュシエールが選んだケーキは、魔界産の果物がふんだんに乗っているフルーツタルト。レオンはいつも通り甘さ控えめのチーズケーキを食べている。
「だが、現状これが真実なんだ。リュシエール嬢、そろそろ諦めなさい」
「うう……」
「そんなに唸ることか?」
きょとんとしたレオンの様子に、給仕係のメイドたちは『陛下があんなお顔を!』『役得!』と喜んでいるのだが、一番驚いているのは他でもないフレディとハンナである。
レオンのこともそうなのだが、リュシエールがこんなに明るく、しかも感情を出して喋っているだなんて、ここに来た当初からは想像できないことだった。
「……リュシエール様……あんなにも嬉しそうに……」
「君が言うかい、ハンナ」
「過去は過去、今は今ですので悪しからず」
少しだけ茶化すようなフレディの言葉に、淡々と対応するハンナ、という構図も今やすっかりお馴染みになっていた。
ああ、色々と変わっていくんだな、と思っていた魔王城の使用人たちは、自分たちが過ごす魔界が、とても良い雰囲気に変わっていくであろう未来を思い描いて、雰囲気も明るく変わりつつあった。
魔界=薄暗くてじめじめしている、と人間界で学んでいたリュシエールだが、彼女自身の認識も変わりつつある。
「だって、レオン様よりも私が強い、だなんて!」
「時と場合によりけり、という話だろう。リュシエール嬢、そんなに気にするな」
はっはっは、と朗らかに笑うレオンは、ケーキをリュシエールよりも先に完食し、コーヒーを飲んでいた。
レオンの反応に少しだけ不満そうなリュシエールだったが、何かを考えていたハンナがすっと近寄ってきたことで視線をそちらに向けた。
「ハンナ、なぁに?」
「いえ、少しだけ思いまして……」
「何かあった?」
「リュシエール様、そして陛下に進言させていただきたく」
「ん?」
自分にもか、と顔を上げたレオンに対し、ハンナはにっこりと微笑んで言葉を続ける。
「お二方、そろそろ様とか嬢、とかをお外しになってもよろしいのではございませんか?」
「……へ」
「何だと」
ポカンとする二人だったが、ハンナ以外に室内にいた給仕係のメイドたちが『そうですよ!』とわいわい騒ぎ始めてしまった。
「え、ええとあの、っていうことは……レオン……、と?」
「俺は構わん。とすると、俺は……そうか、リュシエール、だな」
「……っ」
かつて『家族』と思っていた人たちからも、こんな風に呼ばれたことはない。お前、とか、出来損ない、と呼ばれていたため、名前で呼ばれることに加え、とても柔らかな声音で呼ばれることなんてありえなかったのだ。
「……」
「リュシエール様!? わ、私何か余計なことを進言してしまいましたか!?」
「ち、ちが、……あの、嬉しく、て」
えへへ、と微笑んでいるリュシエールを見て、給仕係のメイドたちは『何と愛らしい!』とか、『リュシエール様……このようなことでお喜びになるだなんて!』とおいおい泣いている者もいる。
なお、リュシエールがやってきて、実力が判明し、加えて容姿の愛らしさなど諸々が加わったことで、リュシエール人気がとんでもないことになっている上に、仕えている者たちへの配慮もできる、素晴らしい将来の魔王妃だ!と評価は上がり続けていたのだ。
「……リュシエール」
レオンがとても優しい声音でリュシエールを呼び、隣に来るようにとソファーとぽんぽん、と叩けば、リュシエールは涙を拭いてそちらに向かった。
隣に腰を下ろし、優しく頭を撫でてもらうとリュシエールはまるで猫のように目を細めながら微笑んでいる。
「これくらいで喜んでいては、君との結婚式までに毎日泣かせてしまうことになるぞ?」
「……だって、嬉しいんですもの」
「まったく……愛らしい姫だ」
「……ふふ、くすぐったい」
呼ばれ方も、接してくれる手の温かさも。
リュシエールは心から嬉しそうに微笑み、魔界とは思えないほどの平和な時間が流れていた、その時。
「突然失礼いたします!!」
珍しくノックもなしで、魔界の近衛兵長がレオンの部屋に駆け込んできたのだ。
「……」
レオンは一気に不機嫌になり、フレディに対して顎をくい、と動かして『お前が聞いてこい』と指示をする。
あまりの殺気に『ひぃ!』と部屋の中の面々は震えあがったが、何事かと聞けば、フレディの顔色もさっと悪くなり、弾かれたようにレオンを見て声を荒げて報告した。
「陛下、人間界より宣戦布告です!」




