10話:本来あるべき力
魔界にある測定器で、リュシエールの力を簡単に測定したものの、本格的に測定するのはリュシエールの体調が戻ってからだ、とされてしまった。
リュシエール本人は、いつでも測定して問題なかったのだが、レオンにそれはダメだ、ときっぱりと駄目だと言われてしまったのだ。
「……大丈夫なのに」
「折角であれば、体調が万全の状態で、という陛下のお心づかいです」
「えー……」
「リュシエール様」
――そして、魔界にやってきてから、早一か月。
「……今日、かぁ」
「そうですよ、リュシエール様」
朝食を食べながら、リュシエールはぼんやりと呟いた。リュシエールの呟きには、即座にハンナが反応している。
ハンナの他にもリュシエールつきのメイドは増えたのだが、リュシエールが一番接しやすいから、という理由もあってか身の回りの世話に関してはすべてをハンナにお願いしていた。ハンナがどうしても手が離せない、などの用事がある場合は、他のメイドがリュシエールの世話をしている。
ちなみに、この城のメイドたちにリュシエールは大変人気だった。
成長してからというもの、『髪がとても綺麗』『肌が白くてすべすべしている』など、他にも理由はあるが、リュシエールを磨き倒したい、というメイドが殺到している。
しかも、一時的なものとはいえ、魔力判定機での結果も知られているようで『強くてきれいだなんて最高だ!』と、我が我が、と手を挙げている者が大変多くて誇らしい、というのはレオン談である。
「ねぇ、本当に手を乗せるだけで良いの?」
「はい。一月前にも計測いたしましたよね」
「あれは一時的なことであって、きちんとやったわけじゃないし……」
もご、と言葉に詰まるリュシエール。
どうやら、今日の魔力測定が、とても不安なようだ。
朝食で最近リュシエールが好んで飲んでいる、魔界産のフルーツを使用したジュースのお代わりを注いでからハンナはふと微笑みかける。
「大丈夫です、陛下もそう仰っていたでしょう?」
「……それは……そうなんだけど」
レオンは、いつだってリュシエールを全て肯定してくれるし、自信が出るように、と力強い言葉だってかけてくれる。それが申し訳ないような、それでいて少しだけくすぐったいような、そんな感じを味わいつつ、もう一度ハンナが『自信を持ってください』と言ってくれたことで、ようやく気を緩めて微笑んだのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これは聞いてない」
「すまん」
そして、いざ魔力測定の時間。
謁見の間ではなく、魔法師が管理している部屋で測定を行うこととなっていたのだが、部屋に入ると見学人がわんさかいるではないか。
「場所的には、すごく好き……なんですけど」
「そうか。では、今度リュシエール嬢専用の温室でも用意しようか?」
「あ、ええと」
部屋の中ではあるが、中央にだけ植物が生えていて、そこにはキラキラと光が降り注いでいる。
見上げてみると、吹き抜けのような構造になっており、天井はとても高くガラス張りになっていてそこから魔界の月の光が降り注いでいるのだ。
話を聞いてみると、魔法の実験で使用する植物を育てるのに、城の中庭や他の場所で育てるよりも、部屋をとても大きく作ってから部屋の中央で育成した方が良いと当時の師長が考えたらしい。
「大変申し訳ございません、リュシエール様、陛下!」
慌てて走ってきた魔法師が二人に頭をがばりと下げる。人ごみの中を必死にかいくぐってきてくれてありがとう、と思う反面、部屋に入るにも一苦労なこの状況はどうすべきか、とリュシエールはちょっとだけ途方に暮れていたところだった。
「これはどうしたことだ」
「うちの馬鹿どもが、リュシエール様の魔力測定をやるんだ、と大々的に宣伝をしてしまい……」
そんな大層なものか?とリュシエールが首を傾げていると、レオンの背後にちらりと見えていたリュシエールの姿を発見し、わっと一気ににぎやかになってしまった。
「え、ええ……?」
「リュシエール、そのまま」
レオンが困ったように頭をかいてから手を大きく『パン!』と打ち鳴らす。
それには多少魔力が込められていたことで、その場で騒いでいたもの、今まさにこれから騒ごうとしていたものたちを、一瞬で静まり返らせるほどの力があった。
「静かに、それから通してくれ。俺とリュシエール嬢が中に入れん」
その言葉に、皆が慌てて道を開けてくれた。
リュシエール自身は『私、単なる人間なのに。始祖の姫とか言われてるけど、でも……』と未だ悶々としているが、既に彼女が始祖の姫だということは知れ渡っている。
どんな姫なのか、まさか人間界にいたなんて、などの囁きが聞こえてくる中で、リュシエールはレオンの服の裾をきゅ、と握って室内へと入っていった。
「ようこそお越しくださいました、リュシエール様、陛下」
「時間を取ってくれてありがとう。リュシエール嬢、あそこに」
「……」
レオンが示した先にある、魔法師長の傍らに設置されている大きな水晶玉のようなもの。
高さはちょうどリュシエールの胸の高さ辺りで、『良かった、高さはぴったりでした』と言っていてくれているから、この日のために調整をかけてくれていたらしい。
「これに、触れれば?」
「はい、その通りでございます」
にこにこと微笑んでくれている魔法師長に視線をやり、次いでレオンにも視線をやると、彼はリュシエールに向けてうん、と大きく一度頷いてくれた。
「(このまま、ここに)」
乗せる、と心の中で呟いてから、リュシエールは何の気なしにその水晶にぺたりと触れる。
ほわ、と一瞬水晶が光って、魔法師長がおお、と呟いた直後、とんでもなく眩い真っ白な光が部屋全体どころか、この部屋の天井ガラスを突き抜けて上へと照射されていった。
「何だ!?」
ぎょっとした魔法師長だったが、レオンは光を防ぎつつリュシエールの様子を薄目で確認してから、驚きに目を丸くした。
――次の瞬間。
バキン!と物凄い音がしたかと思えば、光がゆっくりと収まっていく。
「魔法師長、判定結果は」
「は……あ、え、ええと、白。紛れもなく、最高位ですが、って、ああああああああああああ水晶割れてる!!」
水晶から手を離したリュシエールが、ゆっくりとレオンを振り向いた。
「……レオン、さん」
声は、変わっていない。
しかし外見は丸っと変化していたのだ。
真っ白な髪に、赤と、蒼の左右色が異なった目。
髪の長さは一気に地面につくほどに長くなっており、リュシエール自身もふと視線を下にやってぎょっとしていた。
「って、えええええええええええええ!?」
「リュシエール嬢、落ち着いて。はい、鏡」
「何でレオンさんそんなに落ち着いていられるんですか!? ねぇ!?」
「始祖の姿を知っていたので、つい」
とても冷静に鏡を手渡され、自分の顔を改めて確認してからリュシエールはふと大人しくなる。
「(あれ……?)」
きっと自分自身もとても驚くだろう、と思っていたはずなのに、別にそんなことはなかった。むしろ、『ああ、この色で良いんだ』とさえ思って、とてもしっくりきてしまうことの方に驚いた。
「……変じゃ、ない」
「ああ、おかしくなんかない。その方が似合っているし、それこそが、君の本来の姿だよ」
「……そう、なんだ」
少しだけ会話をしてから、ふと魔法師長の方を見れば、がっくりと項垂れていた。
「……あの?」
「気にしなくて良い、ちょっと国宝が壊れて凹んでいるだけだ」
「あれ国宝なんですか!? 私壊しました!?」
「いや、始祖の姫がここにいるんだから、それだけでとても価値がある。だから、何も気にしなくて良い」
レオンの言葉に、見学に来ていた魔族の人たちが、わっと騒いだ。
あちこちで、今夜は宴だ!と聞こえてくる。
「え、ええと……」
「リュシエール嬢、君はハンナに髪を整えてもらうといい」
「……あ、はい……?」
レオンはハンナを呼びつけ、慌ててやってきたハンナがリュシエールを見て、ぎょっと驚くがレオンのおかげですぐに我に返った。
「リュシエール様、部屋に」
「う、うん」
いそいそと部屋に戻り、まずは髪を切ろう、と話しつつ『ざっくりと髪を短くしますねー』と言いながらハンナがリュシエールの髪をある程度の長さにするためにハサミでざく、と切った途端、リュシエールの髪だったものが切り落とされて一瞬で魔石へと変化した。
さすがにこれにはハンナも驚いてしまい、『陛下ぁぁぁぁぁ!!』と走っていったのだが、部屋にぽつん、と残されたリュシエールは困りきって呟いた。
「……せめて……髪、整えてからレオンさんのとこ、行って……」
なお、この情報は瞬く間に魔界全土に広まり、リュシエールが始祖の姫であったことの祝宴を開こう、ということに加え、姫が魔石を産み出した!と魔界での一大事になってしまったのだった。




