1話:「要らない」と言われた私
……ああ、また今日も一日が始まってしまった。
リュシエール・ミスティリアは、こっそりと溜息を吐く。
朝なんか来なければいいと、いったい何度願ったことだろう。しかし、無常にも朝は来てしまう。
太陽が昇り、沈み、夜が訪れ、そうしてまた太陽が昇って朝がやってくる。この繰り返しなのだ。
「……こわい」
ベッドから降りて、膝を抱えたまま部屋の隅っこで大人しくしていても、使用人に見つかればお世話という名前の虐待が行われる日々を繰り返すだけ。いっそ、殺してくれと何度考えたことだろうか。
リュシエール・ミスティリア。
とある国の姫として生まれたにもかかわらず、魔法が使えない上に、魔力もない役立たずの烙印を押されて、王宮の敷地内の外れにある粗末な別邸に幽閉されながら過ごしている。
一応王家の人間だからと、別邸の中はある程度整備されているものの、扱いは最底辺なのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この世界では、魔力ゼロ=魔法が使えないという認識かつ、魔法が使えないものを『ホワイト』と呼んで区別している。
魔力はあって当たり前なのだ、日常生活においても火を起こすことに始まり、水を手っ取り早くお湯に変えるなど使用用途は様々。花の水やりに水魔法と風魔法をミックスさせて使用することだってある。
しかし、リュシエールはそれができない。
小さい子なら誰だってできる、つむじ風を起こして花弁を舞わせ、花吹雪を起こす遊びだって。
雪が降った日に、雪だるまの形を固定するために少しだけ水魔法で湿らせて固まらせたり。
何も、できない。
『まさかこんな役立たずが生まれるなんて』と、国王も王妃も、何度も嘆き悲しんだ。そうしたところで、何かが変わるわけではないけれど、悲しまずにはいられなかったのだ。
「お母さまとお父さまを悲しませないでよ、ホワイト風情が!」
「あぐ……っ」
そう叫んで、リュシエールの姉は、リュシエールを思いきり蹴り飛ばした。
リュシエールの小さな体は、ごろごろと転がって、壁に強く打ち付けられてしまい、げほごほとせき込んだ。年の差があるからか、体格差も相まって勢いがかなりついてしまったらしい。
「……汚いわね……ああもう、腹が立つ!」
リュシエールが魔力ナシと判明し、ホワイトと蔑まれるようになったのは、生まれてすぐの魔力検査を行ってから、判定の水晶が何も反応を示さなかったことが原因だった。
また、理由もわからないが、上手く言葉を発することができないことも多く、一層蔑ろにされていたのだ。
とはいえ、生まれてすぐ王宮から追い出すわけにもいかず、しばらくの間は王宮内で世話をされていたのだが、姉や兄から虐待を受けることは日常茶飯事だった。
本来ならば世話係がいて、温かな食事が提供され、適切な教育を受け……ているはずだったが、ホワイトというだけで、この有様。
王族でこれなのだから、並の貴族や平民であれば、もっとひどい扱いを受けてしまうのだろう。
蹴り飛ばされて、どうにか起き上がったリュシエールはけほけほと咳込み、呼吸を整えてからおずおずと蹴り飛ばしてきた姉へと視線をやれば、凄まじい勢いで睨まれてしまった。
「何よ!」
「……っ、なんでも、な……」
「さっさとどこかに消えろ!」
「……!」
必死に姉の視界からいなくなって、ようやく一息ついた。
せめて、顔を合わせないように生活をしていれば……と、幼いながらに必死に考えて出した結論を、両親に伝える前に『お前は王宮の敷地内の外れにある別邸にて過ごせ』と言われ、リュシエールは心底ホッとしたが、これがある意味でのまた、地獄の始まりだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「失礼いたします」
宰相だからか、ノックは一応してくれるものの声は限りなく冷たい。
部屋の隅っこで、膝を抱えて本を読んでいたリュシエールのところにやってきたのは、この国の宰相だった。
「……?」
一体何だろう、とリュシエールが思っていると、一枚のメモが差し出された。
「あ、の」
「国王陛下がお呼びです、ホワイト様」
様を付ければいいというものでもないのだが、メモを見れば『確認次第、すぐに謁見の間に』と簡潔に記載されている。
「ご準備は……ああ、しても無駄ですね」
ハッ、と鼻で笑った宰相は、リュシエールの手をがっちりと掴んで、引きずるようにして謁見の間に連れて行った。
道中、クスクスひそひそと笑われるが、リュシエールは引きずられるように歩いているので、ついていくのに必死だった。けれど、久しぶりに家族に会えることが嬉しくて、ほんの少しだけ期待をしていた。
優しく、『帰ってきていいよ』と言われるかもしれない。
その思いは、儚く砕け散ってしまうこととなるのだが。
「――え?」
「今言ったとおりだ、お前を戦争終結のための道具とする。質問は?」
「質問、って」
「ないな。では、話は以上だ。準備ができるまで別邸に引っ込んでいろ」
「え、あの、陛下」
更にリュシエールが何かを言おうとした時、王妃が玉座からどすどすと足音をさせながら降りてきて、扇を振りかぶった。
「――世間の情報にいくら疎いお前とて、世界情勢は把握しているでしょう!? 停戦のため、お前が生贄となって魔界へ行くのよ!」
叫ばれた内容を聞いて、リュシエールは愕然とする。まさか、そんなことが、と顔色を悪くしても国王も王妃も、誰も彼女のことを心配なんかしない。
むしろ、その逆だった。
「陛下、物分かりの悪い馬鹿に時間を与えたとて無駄なこと。もうこのまま魔界に送り付けましょう!」
「……ふむ」
「ま、待って、ください。わたし、そんなの」
「ホワイトに拒否権なんかあるわけないでしょう……?」
底冷えするような王妃の冷たい視線に、リュシエールはびくりと体を震わせてしまう。
少しでも自分のものをもっていきたい、と懇願しようとしても、国王は王妃の言うことを優先すべし、という判断を下してしまった。
「そうだな、もういけ。お前と話をしている時間が、ただただ勿体ない」
「とりあえずの衣類だけ用意しておけばいいでしょう。わたくしはコレを転移の間へと連れて行って、ゲートを起動させます。誰か、適当に荷造りしてきなさい!」
王妃の言葉に、メイドがにっこり微笑んでその場を足早に去る。
持っていきたいものですら、選べないのか。大切にしているものだけでも……と思ったリュシエールだったが、口にするより前に引きずられるようにして、王妃の言っていた場所に連れてこられていた。
「あ、あの!」
「お黙り!」
どうしてこんなにも、と問うたところで、返ってくる答えなんか決まっている。
リュシエールが『ホワイト』だから。
そうでなければ、今頃王女として穏やかな生活をしているはずなのに、と思えば思うほど、リュシエールはぐっと胸が締め付けられているような感覚になってしまう。
しかし、こんなにも急な話があって良いわけがない、と主張したところで、誰も聞いてくれやなんかしない。
行きたくない、その言葉を発すれば間違いなく、もっとひどい折檻が飛んでくるに違いない。リュシエールは連れてこられたゲートの前で、顔色を悪くして王妃に何かを話しかけようとするも、その度に睨まれてしまう。
「(行きたくなんかない、でも……)」
リュシエールはぐっと胸元で拳を握り、言葉を発しようと息を吸い込んだところでリュシエールに対して何かが投げつけられてしまった。
「ひゃあ!?」
「はい、アンタの荷物ね~」
げらげらと笑うメイドに品なんかない。本当に王宮務めなのか、品位を疑うレベルだが、王妃のお気に入りなのだから咎められなんかしない。
むしろ、王妃もとても愉しそうに笑いながらリュシエールを見下ろしている。
「それをもって、さっさと魔界へ行きなさい! わたくしに感謝するのね! お前はようやく、我が国の役に立てるのですからね!」
「~~っ!?」
「ほら、行きなさいよ!」
王妃は乱暴にゲートを起動させ、そこにリュシエールを突き飛ばすようにして押し込んだ。
悲鳴を上げる暇などなく、そのままリュシエールは吸い込まれていく。
最後にリュシエールは『いってらっしゃい、わたくしたちへの感謝を忘れず、魔界でどうにでもなってしまいなさい!』という言葉を聞いたが、転移の衝撃で、魔界に到着したもののゲートから出て、くたりと倒れ込んでしまったのだった。
「…………何だ、コイツ」
リュシエールに近付いている人影を、リュシエールが認識することはなかった――。




