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生き返るための時間

 アジトに着き、一息ついた頃だった。ガタン、と頭上で音が響く。


 反射的に身構えた私を、ゼンジロウが制した。


 「大丈夫だ、心配しなくていい。俺ら以外の魔力には反応しねえようになってる。……仲間が来たんだよ」


 現れたのは、鼻腔を刺激する香ばしい匂いだった。

階段を下りてきたのは、先ほどのスキンヘッドの男――シドが、両手に山盛りの料理を抱えた姿だった。


 「ギュるる」と思わず腹が鳴った。


 「おいおい、シドのおっさん! こんなに食えねえよ、祝勝会は明日でいいって言っただろ」


 「馬鹿野郎、誰がてめえらのために無償で作るかよ。……これは、あんたにだ」


 シドはそう言って、私の前にどさりと皿を置いた。


 「私に……?」


 「そんな痩せっぽちで、8年間何を食わされてたんだか。……いいから、いくらでも食え」


 人相の悪い顔を背け、シドはぶっきらぼうに言い放った。


 「だってさ。さあ、食おうぜ!」


 促されるが、私は戸惑っていた。衆人環視の中で食事をするのが、久しぶりすぎて、どうすればいいのか、なんだかひどく気恥ずかしかったのだ。

 そんな私の考えを知ってか知らずか、アイリスがちょこんと隣に来て、皿の上の料理を一口パクリとかぶりついた。 


 「わあ、やっぱりシドさんのご飯は美味しい! ほら、コウさんも!」


 「じゃあ、俺も……」


とゼンジロウが手を伸ばすと、隣にいた色っぽい女性がその手をパチンと叩いた。


 「主役が食べるまで待ちなさい」


 私は、意を決して一口、料理を口に運んだ。


 「……うまい」


 自然と言葉が漏れた。

 それからは、自分の意志とは関係なく、手が勝手に動いた。次々と料理を掴み、口へと放り込んでいく。


 最初の言葉以降は何も言えなくなっていた。代わりに、瞳から溢れた涙が頬を伝った。

 シドはそれを見て、満足げにニヤリと笑っていた。


 今までで一番、考えられないほど食べた。

 腹が満たされると、強烈な眠気が襲ってくる。


 「奥で休んでけ。ベッドがある」


 シドの言葉に、私は自分の体を見た。薄汚れた囚人服、8年間風呂にも入っていない体。


 「だめだ……私みたいな薄汚れた奴が、ベッドなんて」


 「何言ってんだ」


 「ずっと……石の上で寝てた。床でも私にとっては天国だ」


 この期に及んで彼らの好意を素直に受け取れない私だったが、アイリスが何時の間にかすぐ近くに来ていた。


 「えい!」


 そう言って彼女は私の身体を抱きしめた。


 「なっ!私は、穢れた存在なんだ!」


 ずっと城の兵士達に言われていた言葉が、自然と自分の口から出たことに私は心底驚いた。


 「……コウさんは穢れてなんかいません。あなたは誰よりも清らかで、優しくて、高潔な人……」


 さっき食事をした時一生分の涙を流したと思っていた私の目からスッとまた一滴涙が落ちた。


 シドはハァとためい息をつくと、私に言った。


 「お前は8年間、あんな辛い環境でよく生きてたよ。……でもな、心は半分死んじまってる。人間ってのはな、うまい飯とあったけえ寝床がねえと、心が死んじまうんだ。そうなると、人の言葉を受け入れられねえし、他人も気遣えねえ。そうやってどんどん人間じゃなくなっていく」


 シドの手が、私の手を掴む。


 「いいか、お前は汚くなんかない。……浴びせられた言葉で、その人間は形成されちまう。お前はずっと、そんな呪いみたいな言葉を浴び続けてきたんだな。だがな、お前はいいやつだ。少女を守るためにためらいのない、言葉よりも何よりも先に正義のために行動できる男だ。俺はお前みたいな男を尊敬するぜ」


 シドは私をベッドの前まで引っ張った。


 「さあ、細かい話は明日だ。アンタは寝ろ。明日の午前……おい、8時ってのは早すぎるだろゼンジロウ!」


 「いいだろ、8時にこんな店に来る客なんかいねえよ」


 「てめえらが毎日たむろしてるから客が寄りつかねえんだろうが!」


 「シドの顔が怖えからじゃないか?」


 「なんだとぉ!?」


 言い争う二人を、リュウメイが諫めた。


 「はいはい、騒いでたらコウさんが眠れないでしょ。さあ、そろそろお暇するよ」


 皆は私を残して上に帰っていく。


 アイリスは帰る前に私の方を向き優しく微笑んだ。


 「じゃあね、コウ。また明日」


 彼女はテーブルの方へ小走りで戻りかけて――ふと、立ち止まって振り返った。


 「お休み」


 「……ああ。おやすみ、アイリス」


 暗闇の中で横たわる毛布は、驚くほど柔らかかった。

私は8年ぶりに、深い、深い眠りへと落ちていった。

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