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【第一章】†ep.1 少女の敵意†

 ――男――

 先程からずっと辛そうに激しい呼吸を繰り返していた少女が、その場からなんとかして身を起こし始めた――。

 そして床に座り込んだまま睨む様な視線をこちらに向けている。


 ――あの記憶に焼きついている澄んだ翡翠の様な緑石色の髪と瞳は同じ色をしていた。綺麗に澄み――、それは吸い込まれそうになる様な鋭い光をその奥に携えて、明らかに敵意を抱く表情を見せている。

 しかし、自分に向けられるその顔の造形は、まだあどけない少女のものではあるものの美しく、また凛とした強ささえも感じる様な気品も兼ね備え、端整に整っている。

 薔薇そのもののように、誇り高さや高貴さをも感じさせた視線は、その“棘”を突き刺す様に拒絶の意志を訴えているというのだろうか――…。

 つい吸い込まれるように少女の視線から目を離せなくなっていた自分に、はっと気が付いた時、少女も何かを思い出したかのように時計を確認したかと思うと、驚いて目を見開いた。

 かと思うと、痛む足を床に触れない様に慎重に立ち上がろうとしている。

「お、おい無理はするな、そんな足じゃまともに歩けまい――」

と、声をかけているのを見向きもせずに口を閉ざし立ち上がった少女に、男は途中で口を噤み、少女の様子を少し見守ることにした。

 痛めた右足をかばうように、一歩ずつゆっくりと歩みを進めていく少女――。

 腕組みをして呆れながら見守っていた男は、その後姿を見ながら考えていた。

 ――床に身体を打ちつけられながらも何とかかばい、助けてやったというのに…礼の言葉も心配する言葉に対する返事さえも、全く口を開こうとせず――ひたすら何か急いでいる………?

 仕方がないか――とは言っても、やはり何か一言文句のひとつでも。

 …いや、それは少々大人げないか…? いやしかし…。

 と、悩んだ挙句、結局一言男が口を開こうとしたその時だった。

「わ……っぁああっ――」という少女の声とともに、倒れる音――。

 呆然と立ち尽くしていた男が分析する限り、痛む足をかばいながら一歩一歩歩みを進めるのでは、少しでも地に足をつけなければならず痛むので、ならば今度は左足だけでぴょんぴょんと飛び跳ねながら――と、少女は考えた様だった。

 しかし通常なら、交互に足を踏み出す際にかかる負荷は均等だが、片足にだけかけられ続けたそれは、左足に悲鳴をあげさせたとおおよそそんな所だろう。

 …あ~ぁ、言わんこっちゃない。派手に転んだな…

 呆れてそれを見ていたが仕方がないので少女の目の前に行き、顔を覗き込むよう

にしてしゃがみ込み、手を差し伸べる。

「!」

 少女の苦痛に歪ませる顔は恥ずかしいものを見られてしまったと言わんばかりに、男をきっと睨み上げていた。

 その端整で美しい顔立ちは相変わらずだったが、その表情には怒りと恥ずかしさが同居し、顔を紅潮させている――。

 差し出された手は借りず何とか自分で起き上がったものの、その瞳は男をより強く睨み続けていた。

「…俺のせいじゃない。睨まれる謂れはない筈だぞ」

 少女の謂れのない敵意に、少し困り果てた様にため息混じりで、男はこう続けた。

「……まぁいい。それより、さっきから急いでいるみたいだが、そんな足じゃ歩けまい?」

 少女が先程まで黙って睨み続けていたのを停止し、慌てて立ち上がろうとするのを引き止めるまでもなく、足の痛みで顔を歪ませてその場にしゃがみ込む。

 呆れてため息を吐きながら、男は少女がやはりこちらを睨むのも気にせず言った。

「――仕方ない奴だな…。最後まで聞け――…どうせそんな足じゃまともに歩けないだろう? どこかに急ぐなら連れてってやるぞって言おうとしたんだよ、俺は」

 その後、すぐに「よし」と男は立ち上がると、少女の返事も聞かずにひょいっと持ち上げた。もちろん、少女は慌てて抵抗し「降ろせっ」と言ったが、男が「ではどうやってそこまで行くつもりなのか」と聞くと、言い返せない様子で不機嫌そうにおとなしくなった。

 しかしこれ以上、謂れもなく睨まれ続けるのは避けたいので、男はあまり少女を刺激しないように気をつけることにした。

 聞いても行き先を言わない少女を連れたまま、男は歩みを進め出した。

「あっ…、おっ、おい――、こらっ!」

 少女が先程進もうとしていた先には、左側に二つしかドアが存在していない。

 行き止まりになった廊下の先を見て男は、そのどちらかのドアが少女の行き先である事は明確だろうな――と、考えたのだった。

 ――で、どっちだ?

 男は、二つのドアの中間地点まで歩みを進めてから少女に尋ねた――。

 どうやら、しばらく苦悶の表情を浮かべながら少女は何かを考えている様子であったが、不機嫌そうに前を向いたかと思うと右のドアを指を差し示したので、男はその先に足を進める事にした。

 少女は、親切にされているにも関わらず、敵に手は借りたくないとそう思っているのだろうか――。しかし、その敵意の休戦を余儀なくさせる何か、とにかく急がねばならないその“何か”のため、仕方はないものの敵の手を借りる事にした――という事だろうか。

 その判断は少女にとってはおそらく不本意なもの――。

 それは後姿しか確認出来ずとも、不機嫌そうな表情が目に浮かぶ様で、男はやれやれとため息を吐いていた――。

 

 少女が指し示したのは、左奥から二番目のドア――。

 そこを進むと、さらに少し先に真正面にドアが見える以外何もない通路が広がっている。

 しかし近づいていくと通路は右へとさらに続いており、ドアが二つ見えた。

 男は両手が塞がっていたので、先程も行ったドアの前で少女がドアノブに届くようにするための、その場に少しかがむ動作をした。

 少女がドアノブを回し、部屋のドアが開かれると、白を基調とした世界がそこに姿を現わした。部屋は、とても一人の部屋として与えられるものとは思えぬ程広く、部屋自体、とても清掃が行き届いており、綺麗に整頓されている様子だ。タンスや机、天蓋付のベッド、本棚等は、ほとんどが白で、時折黒や赤が上手く取り入れられて調和している。そしてそれらは、カスタード地に太陽の日差しが当たった様な落ち着いた地に魔法文字と幾何学模様がデザイン的に黒字で描かれた壁により、うまく引き立てられていた。

 視点に止まった中央のテーブル・ソファー周り――――。

 その床には、おそらく動物の毛を着色したものであろう薄いピンク色のファーで出来た大きなラグが敷かれている。その淡い色の存在は、白、黒、赤という強いまとまりの輪の中に唯一溶け込めず、異彩を放っていた。


 少女の様子はというと、部屋に連れて来るなり何かを確認する様に部屋を見回している。

 男も部屋中を見回してみたが、男が見る限りこの部屋の隅々にこれと言って、何かを感じさせるような異変は特に見当たらない――。

 その事は少女にもすぐにわかったのか、安堵するように小さく息を漏らしていた。

 少女の気が済んだ様なので、あの目の止まったピンクのラグが敷いてある部屋の中央に歩みを進め、少女をソファの上に降ろす。

 そしてその場にしゃがみ込み、男は少女の右足に手を伸ばす。

「なっ、何をっ…」

 足を咄嗟に退こうとする少女が、すぐに苦痛の声を漏らす。その後、少女がこちらを睨んでいるのがわかったが、靴下に手をかけながら男は言った。

「動くと痛いだけだぞ…わかったらおとなしくしていてください。お姫様」

「う……」

 部屋に着いた瞬間、男はこの城の王女である事を確信していた。

 少しだけ言葉遣いを丁寧に変えたが、今更だとも思っていた。実際、それは少女にとっては不愉快そうだった。しかし、ぷいっとそっぽを向いたかと思うと黙っていた。

 男は靴下を脱がせた後、足に触れたりじっくりよく見たりして何やら頷いていた。

 それを不安そうに見ていた少女にとって、突然のことだった――。

「今からちょっと足動かすから、痛むかどうか教えてくれ」

 少女が嫌がる間もなく足首に手を添えた男は、少女の足を少し捻る様に動かした。

「…!」

 痛むかどうか言わずとも、少女の反応は明らかに痛みを示す物だった。

 少女は目の端に涙を浮かべながらソファーにもたれ掛かっている。

「…なるほどね。軽くひねって捻挫してるな」

 そう呟くと男は鞄から、ゴソゴソと瓶や袋を何種類か取り出して薬を調合する作業の準備に取り掛かることにした―――。

 ――――…


 ――少女――

 男が鞄から何やら色んな物を出しながら微笑んだ後、さらにすり鉢とすり棒を取り出して、それらをゴリゴリとすり始め、手馴れた手つきで行われる作業を薄目で見た少女は、初めて見る物に注ぐような視線でそれを観察し始めていた。

「――なんだってそんなに急いでいた?」

「!」

 突然再び話しかけられたので、少女は少しびくっとしてから慌てた様子でぷいっとそっぽを向いた。

 質問には答えずに黙っていたので不思議に思ったのか、こちらに視線を向けて来た男は、呆れたように困った笑みを浮かべ、またその作業を再開し始めた様だった。

「…そんなに痛かったか?悪かったよ、――そう怒るな」 

 少女は、男が作業に真剣に続け始めた頃を見計らって、こっそりその様子を見ながら考え始める。それは目の前の敵の実態調査だ。

 …あの時は、息切れして『無礼者』と言えなかったが、敬語も使わない。しかも何かすっごく偉そうだし…。おまけに子供だと思って私のことを『お嬢ちゃん』なんて言って来た。

 ――第一っっ!! 私は頼んでもいないというのにっ…――

 …………。

 頼んで…いないと……言うのに――…

 少女は、そこまで腹の立つポイントを並べかけて、途中で思考を停止した――。

 改めて状況を思い起こすと、非があるのは自分であり――この男は被害者だ。

 それなのに、文句の一つも言わずに、自分を心配し、無理やりとはいえ部屋に運び、おまけに手当てまでしてくれている。

 …べ…別に、悪い者というわけでは―――……

 !? あ――いや、……前言撤回っ…。

 だからといって、子ども扱いされていることには変わりない…っ。

 ――って、…大体、この者は何歳なのだ…?

 せいぜい4つ位しか変わらない位であろう? 

 しかし、なんか偉そうなヤツ……っ…

 医者…の様に作業は手馴れているが17やそこらで医者とも思えないと、分析を進める少女はついに結論を出した。


 ……全くわからん。


 はっきり言って、全然何者かどうかなんてわかる筈もなかった。

 ただ――と少女は付け加えた。

 ひとつ言えるのは――なんとなく。


 只者ではない気がするのは、気のせいなんだろうか………。


「――出来た。ちょっと冷たいぞ」

 少女は少しびくっとして、敵の実態調査の考察を停止させた。

 考察に夢中で気がつかなかったが、男は既に作業を終えていた――。

 そして何やら薄いガーゼの様な布に、先程の薬が塗られている物を手に取っていた。

「!」

 少女の足首にひんやりと冷たい感触をもたらすその何かを男が貼った瞬感、少女は確かに冷たいとは思ったものの、熱を帯びた患部に貼られたそれは熱と痛みを心地よく取り去り、スーっとした清涼感とともに効いていく気がした。

 少しきつく目を閉じていた少女の様子に、男は少し微笑んで包帯を鞄から取り出して巻いていく。

「こうやって包帯を巻いて5時間おとなしくしててくれれば治るから大丈夫」

 そう言って微笑んだ男は、道具を片付け始めている。

 少女は、礼は言わなくてはならないとは思っていたのだが、つい口を噤みそっぽを向き横目でちらっと男の方を何回か見ていた。

 片付けが終わった男に、照れくさそうにそっぽを向いたままで“一応”という言葉のついた礼を少女はなんとか口にした。

 余計な一言が混じりつつも、一応感謝はされている礼の言葉を言われて、男は困った様に微笑んでため息を吐いた後、少し冷めた目を少女に向け憎まれ口を叩いて来た。

「一応……ねぇ…?」

 その独り言の様に呟かれた一言に、少女がかっとなって何か言い返そうとした時だった――。

 コンコンというノックの音―――。

 音とともに男はドアの方へ向いたが、少女はすぐ返事を出来なかった。

 男が不審に思ったのか、振り返って来るのが視界に入り、それにせかされる様にじっとそのドアを見つめた後、一度息を吸い、吐き出して気を落ち着かせていると、再び、来訪者によるノックの音が聞こえた。

 そして、覚悟を決めて少女は口を開いた――。


 ………………。

つづく。

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