【第四章】†ep.4 本心†
レティシアは逃げる様に中庭園を去っていた――。
走って。走って。エンブレミア王国の屋上にいつも向かう様に、ひたすら上を目指して階段を駆け上がる。
「うわぁっ!」
悲鳴と共に階段を踏み外して前にレティシアは転んだ。擦り剥いた足と手を見て、リュシファーがいつも治してくれていたことを思い出す。しかしすぐに頭を横に振った。
――なんであいつの事を思い出しちゃうんだッ……どうでも――良いんだってばっ…
レティシアはゆっくりと立ち上がると、膝から血が出ているのも気にせずにゆっくりと段を上がって行った。この城はマールシェスタ城の様にいちいち途中の階を経由せずに真っ直ぐ階段を上がれば屋上へ抜けられた。
風が吹き荒れる屋上から見渡したのは、全て緑に囲まれている様で、湖や丘、草原など全てまるで絵のでも見ているような風景だった。新緑の宝石と言われるのも頷ける。――そのことを兄エルトから聞いて何となく想像はしていたが、想像以上にそれは綺麗で美しかった。
“その教育係のこと、レティシア王女は好いていらっしゃるのですね”
名前…なんで知ってた? …あ、でもエンブレミアには王女は私一人だった。そうだ。
その後にリーフはこう言った。
“気付こうとしなければ気付かない――そんな想いもあるのですよ。
檻に閉じ込められた鳥は、外を知らない。
あなたはきっと恋を知らなかったが、――きっと初めて知ろうとしているんですよ…
その者にね――…”
『違うッッ』と言って思わず逃げて来たのはいいが、人の心を見透かす様なあの穏やかな目。どこかで見た事あるんだ。ていうか、そうだ。リーフは幼い時に私を知っていると言っていた。確かにここに来た事があるらしいが、覚えていない。
吟遊詩人に貰ったあの絵本――。
単純に話が好きで大事にしていたのかと、思っていた。――でも、違った。思い出した。
歌にあるとおり、私はダムルニクス王国に同じ様に集まった王族貴族の子供達と打ち解けられずにひとりで、庭に座っていた。誰も自分のことを気にかけてくれる者もいなかった。
どうして、ミグがその日一緒に連れてこられなかったんだろうって不思議に思ってた。
来ていたら一緒に遊べたのにって…。でも、誰かが話しかけてきてくれて絵本を読んでくれた。そして、その絵本の世界みたいな歌を歌ってくれた。その絵本は後から吟遊詩人が城にやって来てくれたけど、吟遊詩人の国でもあるダムルニクス王国から来たのは明確だ。
――その絵本くれた吟遊詩人の後ろに小さな吟遊詩人の服を着た子も立っていた。
話はしなかったけど、あれ、リーフだったのかな…?
リーフに読んで貰った本だから、嬉しくて微笑んでた。
そんなことすっかり忘れてた。そっかぁ、リーフだったんだ。
そして突然浮かぶリュシファーの言葉――。
“お前が王女じゃなかったら知らんが”
“俺はお前のこと可愛いヤツだと思うが?”
そこまで考えたとき、はっとして頭を振り乱しながら自分の脳裏に言い訳した。
――違うっ、今のはちょっと血迷っただけで、違うんだ。絶対に…違う――…
それに、どちらにしても教育係と恋に落ちるなんて許される筈ない――。
初恋は儚いものって誰かが言っていた。
儚くも胸に抱いていたその想いもいずれ消える――って。
そう、この想いは抱くだけ無駄だ。馬鹿みたい…。
レティシアはそう結論を出して、ただ流れていく雲を見ていた。
―――……
「お呼びですか。兄上…」
レティシアはノックをして客間を開けた。
「あぁ、リュシファーから話は聞いた。信じ難いがお前にはやらねばならないことが山ほどあるそうだな…どうしたものかと思っていたが、父上にどう話すと言われても言う訳にはいかないだろう。そこでだ――」
「…そ、そこで?」
「――父上には内緒にしておこう。ただし、終わったらすぐに帰ってくること。それから、無事で帰って来い…それが兄としてしてやれることだ」
エルトが言ったその一言に、レティシアは兄エルトに抱きついて感謝する。
「おいおい、仕方ないな。全くお前はさっきのことは反省してるのか? ほんと、お前は城のお騒がせ者で頭が痛い。あ…あと、ミグも探すんだぞ。その任務も言い渡す。一緒につれて帰って来い。あ…リュシファーも苦労をかける。この一件のようなことが今後ない様にしっかり守ってやってくれ」
そう言ってエルトはレティシアの頭を撫でながら、リュシファーへ目線を送った。
きびすを返してリュシファーは頷くと、レティシアの足を見る。
「ん? レティシア様、足は一体どうされたのですか?」
「あ、あぁさっきちょっと階段を上がる時に擦り剥いてしまって…」
レティシアが苦笑して手も見せると、リュシファーはハァ…とため息を吐いた。
「――また手間をかけさせてくれますねぇ、レティシア様は」
と言って、聖の魔法をかけてすぐに傷を治し、微笑んだ。
「はは…すまないなリュシファー。じゃ、悪いがちょっとノイエル殿へ挨拶に行って来る」
「いってらっしゃーい」
レティシアがそう言うと、エルトは大きなため息を吐いて言った。
「――お前も行くんだぞ、リュシファーに言ったんだ。今のは」
「えっ、わ、私も…?」
そういうわけでやって来た大広間。
ダムルニクス国王ノイエルの元へエルトに連れられてやって来たレティシア。
エルトの後ろにこそこそと恥ずかしそうに隠れながら向かう。
ノイエルはそんなレティシアを見て、くすっと微笑んだ。
「――よくいらっしゃいましたね。レティシア王女…。隠れなくても怒ってはいませんよ」
ノイエルは穏やかにレティシアにそう言うと、玉座から立ち上がって、レティシアの元へと歩みを進めてきた。微笑んでレティシアを見つめるその顔はとても端整で男性とは思えない面持ちだ。おまけに父エリックと違って穏やかな物腰に、レティシアは安堵して盟約の証の件の侘びを入れた。
「いえ、お気になさらないでください。時が来るまで伝えないこととしていた私たちこそ詫びねばなりませんと、エリック殿にもお話しました」
「え……ノイエル様……」
レティシアはエルトの顔を不思議そうに見た。怒られるかと思っていたら、何と穏やかな方なのだと不思議だったのだ。エルトはレティシアに微笑むと、よかったなと頭を撫でた。
「誠にノイエル殿にはなんと感謝の言葉も思いつきません」
「いえいえ、まぁおかけください。お茶を淹れさせましょう」
そう言って手を叩くと、侍女にひそひそと耳打ちして茶を頼んだ後ノイエルはエルトから事情を聞いた。
「なんと…それは、数奇な運命に立たされましたね…しかし、エリック殿に言えばおそらく旅立ちを阻止されるでしょうねぇ。…では、私も内緒ごとに加担いたしましょう…ふふっ」
「へっ??」
「レティ、ははっ…そう驚くことはないぞ。ノイエル殿はこういうご理解のあるお方なんだと、前にも言っただろう?」
レティシアはノイエルの心の広さに、これでもかってくらいいい意味で精神ダメージを受けた。よくコレで王様やってるなと正直思ったことは内緒である。
「あ…そうそう。ひとつだけお願いを訊いて貰えますか?」
話している間に侍女が運んできたお茶に、ノイエルは砂糖を4杯にミルクをたっぷり入れて掻き混ぜている。甘党…? とどうでもいいことにレティシアは気が取られていた。
エルトに声をかけられてからレティシアは、はっとして頷いて返事をした。
「――では実は今夜ちょっとした舞踏会がありまして、ドレスは用意させますから参加を」
「えっ!? ぶ、舞踏会って…私そのっ――」
動揺しているレティシアにエルトが苦笑して『レティシアが踊ったことがない』とノイエルに教えたが、くすっと笑ってノイエルが『殿方に任せていれば大丈夫』と言った。
レティシアは先に戻っている様に兄エルトに言われたので、廊下を歩きながらため息を吐いた。
――ノイエル殿、穏やかそうな顔して主君のオーラは皆無だと思っていたが、気がつけば承諾させられている。美しい罠にかかって周りを取り囲まれた気分だ。
能ある鷹は爪を隠す――穏やかそうに見えて頭は切れる方と兄上も言っていた。
侮れぬ方だ…よりによって舞踏会……。そりゃたいした事じゃないけど…。
そう思って客間のドアに手をかけてドアを開けた。
リュシファーがいない――……と思ったらベッドで寝ている。
ため息を吐き、忍び足でリュシファーが寝ている側のベッドの傍にしゃがみ込もうとする。
しゃがみ込むと同時にリュシファーは口を開いた。
「――どうした…俺の寝てる横でため息なんか吐いて」
「わっ! お、起きてたのか。…なんだ、驚かすなッ…何でもない。別に…」
慌ててレティシアはそっぽを向く。
くすっと微笑を浮かべてリュシファーは起き上がった。
「――それより…レティ、…今日は本当にすまなかった――俺がついていながら…」
「とっ、突然何を言うかと思えば…仕方ないじゃないか。済んだことだ――気にするな」
「あ…いや、だけど、何――ともないか? その…無事だったか?」
リュシファーは起き上がって心配そうな表情を浮かべてレティシアの顔を覗き込む様に見ていた。レティシアは少し顔を曇らせて口を開く。
「…ぶ……無事と言えば無事だ。……無事じゃないと言えば無事じゃない…兄上たちが来る前に少し一悶着あったからな。でも大した事じゃないさ……別に」
レティシアはそう言って微笑を作った。
「――お、おいっそれってまさか……」
レティシアは少し慌ててそう言ったリュシファーに首を振って、エルトが来る前のことをリュシファーに話した。
「まぁそれでも、少しだけ怖かったけど終わり良ければ全てよしっ。――何ともない…」
リュシファーは少し安堵の色もその顔に浮かべて息を吐いた。
「…それでも詫びさせてくれ。本当にすまない…俺はなんて情けないと思っている…」
「お、おいっ。な、何をそんなに気にしているんだ。そう落ち込む事もあるまい。お前が起きたところで縛られていては何も出来なかったんだ。兄上が来たという幸運のお陰で助かったんだ。よしとしようじゃないか。らしくないぞぉ…お前でも落ち込む事があるんだなぁ」
その言葉にリュシファーははっとした様にレティシアを見て、一度俯いて顔を上げると言った。
「あ、当たり前だっ――!」
突然怒鳴られたのでレティシアはびくっとしてリュシファーを見る。
「――あ、いや…すまん。つい声を荒げてしまった。とにかく俺だって本当不甲斐ないと落ち込むことくらいある……」
落胆した様子で息を吐いたリュシファーがベッドにうつ伏せたので、少し心配でレティシアは隣に一緒に横になった。
「――ほら、気にするな…お姉さんがよしよししてあげようなぁ~元気だせ…」
リュシファーはよしよしと頭を撫でられているのを不快だったのか、冷めた目線と棒読みで「ありがとなー…」と言った。慰められることはあってもいつもと逆でレティシアが慰めている構図は、第三者の目線から見てもなんだか少し可笑しくて、レティシアはふふっと微笑んだ。
少ししてから、勝ち誇った様子のレティシアに静かにリュシファーは口を開いた。
「――俺さ…初めてお前に会った時、薔薇みたいに美しく綺麗だと思った。薔薇の棘までちゃんと持っていたがな。はは…しかし、それがいつしか放っておけない存在になって、俺はお前が王女じゃなかったら…とか思わされる事が時々あった。でもまぁ、お前は俺のこと妙に敵視してたからなるべく考えぬようにしていたが、こういうことがあると駄目だな…」
レティシアは耳を疑った――。きょとんとしてリュシファーを見る。
リュシファーは苦笑して少し起き上がって、そして唐突にそれは言われた。
「――悪いが、嫌だったら言っていいからじっとしててくれないか…」
リュシファーはレティシアに顔に近づいて来た。手の指が顎にそっと触れた。
それはゆっくりと上を向かせていき、リュシファーの唇がゆっくりと近づいて来る今のこの状況下にレティシアは困惑していた。それでも抵抗することなど容易な事だったが、レティシアは抵抗どころか力が抜けて動けずただリュシファーを目を見開いて見ていた。しかし、唇が触れると思った瞬間、リュシファーの唇ではなく何故か人差し指が唇に当てられた。
はっとして唖然としていると、リュシファーは少し複雑そうな表情を浮かべて一度息を呑んだ様に言った。
「――お、お前…抵抗はしなくていいのか?」
その表情はいつものからかう様な意地悪いものではなかった。からかわれたと文句を言おうとしていたのに、出来なくなったレティシアはただ困惑の表情を浮かべる。
リュシファーは意外そうな顔をしていたが、ため息を吐いてこう言った。
「…その…な、何ていったらいいか。お前さ――素直じゃないだろう? だから少し試させて貰おうかと思ったんだが…少し予想外だった。よ、要するに、お前がもし俺のことが嫌いなら拒む――、そうでなければ受け入れる――。そして、さっき…お前は――――…」
―――…
――え…………っ
………
そして――夜。
舞踏会の時間がやって来て、レティシアはドレスに着替えて大広間にいた。
髪は紫色、瞳はピンクに変装をして出席をした。薄いピンクに白いレースのついたドレスはレティシアに良く似合っている。髪も舞踏会用に整えて貰い、ドレスアップしていた。
「僕に任せていれば大丈夫ですから…」
最初の一曲をリーフと踊るために呼ばれていたが、舞踏会が初めてのレティシアは大広間の中心で緊張していた。そんなレティシアにリーフが小声で言った言葉であった。
緊張しながらも曲が始まり、皆がレティシアとリーフを見ている。
レティシアは何度かリーフの足を踏みながらも、何とか要領を掴み始めたところだった。
曲が終わり、拍手が一斉になった。
しかしレティシアは俯きながらエルトとリュシファたちのいる場へと戻った。
「レティ、まぁまぁ初めてにしては上出来じゃないか? ははは」
それでも兄エルトに少し褒められたのは嬉しかった。
次の曲が始まると、他に呼ばれた貴族たちがたくさんの輪を作り踊り出す。
「リュシファー、お前も踊れるか?」
「あ…ええ、まぁ一応」
「じゃ、レティと踊ってやってくれ。多少足は踏まれるかもしれないが――」
エルトが少し意地悪そうに微笑んで言った。
「あ、兄上…」
「ははは、冗談だ。せっかくなんだから少し慣れるといい」
そう言ってリュシファーとレティシアを前に押して促した。
端の方で立って向かい合い、ちらっとリュシファーの顔を見ると、困った様に微笑んで手を差し出したのでレティシアは手を取り踊り出す。
先程慣れたのか上手くステップが踏める。しかも、リュシファーは一応と言いながらダンスが上手い。失敗しそうなところも上手くカバーしてくれる。
あれ…さっきより、踊りやすい……。
曲が終わり少し疲れたレティシアはメイドに飲み物を受け取って、バルコニーに行くとエルトに告げて向かうと、リュシファーが後ろからついて来た。
格子に手を乗せながら、はぁ…とため息を吐いてレティシアはグラスに口をつける。
その瞬間、とっさに口を押さえる。想像と違う味に戸惑った。
「ど、どうした…ッ――ってこのグラス…お、お前子供はこんなの飲んじゃ駄目だっ」
「こ、子供じゃな―――あ、ありゃ? なんかくらくらするぅ~」
そう言ってレティシアは何故かふらふらとして倒れそうになったのを、リュシファーが慌てて支えてバルコニーにあるソファに座らせてくれた。
そして、水を取りに行くからこのまま座っててと言っていなくなる。
顔がぽかぽかとしてなんか頭が浮いている様に感じて何か心地がいい様な変な感じだとレティシアは思っていた――。
―――…
――リュシファーが水を持って来て飲ませたが、レティシアは相変わらずくらくらするらしくリュシファーはレティシアの酒の弱さを知った。
『ここに座れ』だとか『あはは』だとか『あーもぉらめらー』とか言いながら、レティシアは顔を赤くしながらご機嫌な様子である。
はぁ…完全に酔ったな。しかも超厄介に絡んで来る…。大体、たった一口だぞ…
リュシファーはそう思いため息を吐くと、レティシアは何故か嬉しそうに微笑んでいる。
次の瞬間だった。
「…りゅしふぁーいつも面倒見てくれてありがとー」
一瞬リュシファーは耳を疑ったが、確かに言われたその一言に唖然とした。
そして、事もあろうか腕をリュシファーに回してレティシアは抱きついて来た。
――こ、これはさすがに驚いた……。どうやら酒飲むとすっげー素直な様だな…。
いつも素直なら手がかからなくていいのだがとも思っていた。
…いつも素直なら――…
「――こら、酒飲んだ時にそういう事言うと、後で大体後悔するんだ」
「珍しくおれい言ったんだから感謝しろおっ、はぁーなんか気持ち悪い……」
リュシファーはレティシアをやれやれと介抱しながら、ふと客間で話した自分とレティシアの会話を思い出す。
“さっきお前は――抵抗しなかった。ということは嫌いではないということの様だな。”
――ち、違うっ。ただ驚いて動けなかっただけだっ…
“まぁ、どちらにしても俺はお前が王女で良かった。どうこうしようと思わないからなぁ。はは。不相応だろう。教育係と王女なんて。とにかくそういうことだ”
――な、何考えてるんだっ、私は少し疲れたっ。少し休むからそこどいてくれ。
……今なら―――?
「……レティ」
「ん~なあに?」
「もし―――俺が、お前のことを好きだって言ったら――どうする?」
一瞬、レティシアはきょとんとした。
そのあと俯いて言った。
「もしそうなら嬉しいかな……。よくわかんないんだけど、いつのまにか好きになってて。でも、りゅしふぁーは言ったもん……おうじょじゃ相手にしてくれないって――」
「!」
「――不相応だって、言ってた……。きっとね、好きでも無理なの。だから………あきらめ―――」
リュシファーは、そう静かに哀しそうに言うレティシアの言葉を思わず止めていた――。
……………。
――それが言葉によるものではなかった事を、レティシアは覚えていないだろう。
レティシアは大人しくしていたが、気がつけば寝ていたのであった。
――――…
そして明朝――。
「――レティ、いつまで寝てる。起きろ」
兄エルトの声とともに、目の前にエルトの呆れ果てた顔が見え、ゆっくりと起き上がる。
途端に頭痛がして、頭を抑えて顔をしかめた。
「…頭痛むのか? 未成年でも少しくらい酒を飲む事はあるが、レティそれは2日酔いというヤツだ。リュシファーによるとたった一口と聞いたが。弱いな、さすがに……はは。朝食だ、行こう」
「うぅ……はぁ~ぃ」
少しだけ簡易魔法で身支度を整えると、レティシアは気だるい身体を兄エルトに支えられながら大広間へと足を運んだ。
ノイエルが苦笑しながらやって来た二人を見ている。
「レティシア王女、ふふっ……どうやら二日酔い……でしょうか? ぷっ……くすくすくす」
レティシアが辛そうなので、だんだん可笑しくなって来たノイエルは、吹き出すように笑い始めて詫びたが、あの酒はダムルニクス王国で一番弱いアルコール濃度のものだったとそう説明を加え、リュシファーやエルトは苦笑していた。
席には他には誰もいない。エンブレミア王国では日曜だけ何もなくとも大広間で食卓を囲うが、そういうわけではないらしくリーフ王子の姿も見えず、ここにいるのはノイエルだけである。
兄エルトとノイエルが話をする中で“新緑の洞窟”へは王家の者しか入れないので、リーフとともに行くといいという話を聞いた。しかし、二日酔いでは困りましたねとちらっとノイエルがぎこちなく微笑んでレティシアを見た。
「――ご心配なく、ノイエル殿…」
とリュシファーが口を開く。
「二日酔いの薬を後で調合して1時間ほどで治る様に致しますから、時間通り10時に出発ということでよろしいかと……」
「ほぉ、そなたは医学も心得ているとか聞き及んでおりました。いえエリック殿が優秀なと仰って説明しておられたのですよ。それならご心配ありませんね」
レティシアははぁ…とため息を吐くと、少しして朝食を半分くらい残して朝食を終えた。
客間へ3人で戻っている際、そういえば酒を飲んでからどうしたのかを思い返していた。
しかし、全く覚えていない――。
「兄上、私酒を飲んでからの記憶が全くないんだが、すぐ寝ちゃったのかな……?」
それを聞いたリュシファーがため息を吐いていた。エルトがそれを見て苦笑して言う。
「ははは、何も覚えていないか。俺は知らないが『座れ』だとか『あははは』だとか上機嫌でリュシファーに手間を焼かせていたらしいぞ。……お前は酒を飲まぬ方が良いらしいな」
全然、覚えてない……。酒というのは飲まないようにしよう。
エルトが酒は飲んでも飲まれるなという言葉を言いながら、大して飲んでないというのに……と付け加え、リュシファーと二人で笑っていた。
エルトは今日、エンブレミア王国へと帰還するらしいのでエルトは支度をしている。
その中で、レティシアはベッドになだれ込んでリュシファーの作る二日酔いの薬を待っていた。
支度を終えたエルトがレティシアに、包装紙で包まれた小さな箱を手渡した。
「さて、私はこれで失礼するが、二人とも気をつけてな――ミグにもよろしく頼む。レティ、無事を祈っている。ではまたな――」
「え、兄上これ――」
パタン…
そう言った時には既に客間のドアは音を立てて閉じていた。
「……はは、行ってしまわれたな…」
レティシアは頷いて包みをゆっくりと開けた。
そこに現れたのは赤いルビーで出来たピアスだった。涙の形にカッティングされたそのピアスの入っていた箱の内側に、何かメッセージが書かれた紙が入っている。
『兄から大事な妹へ 祝いの言葉がまだだった。誕生日おめでとう。少しは女の子らしく振舞うよう願いを込めて贈り物をしよう。無事を祈る。 エルトより』
「兄……上……ずるい…こんなの、泣いちゃうじゃないか……っ」
レティシアは少しの間、涙が溢れて止まらなかった。
何も言わずにちゃんと誕生日祝いの贈り物を用意していたなんて、思ってもみなかったのだった。そして、鏡をリュシファーに持って来て貰うとピアスを耳につけた。
それは片方だけ。
「――ん? 両方しないのか?」
「うん。なくすと困るから片方だけ…城へ帰ってからもう片方はつける」
レティシアは微笑んでそう言った。
10時になり、リーフが部屋に来た頃にはすっかりと二日酔いも治っていた。
新緑の洞窟へ向かっている最中に、精霊の女神レティシアが話しかけて来た。
精霊の女神レティシアは、たった今目を覚ましたという。
何故――。と聞くと船が難破して乗客を救うために力を使ったため、眠っていたんだとか。
それと、その時に、海の底から邪悪な気を感じて気がそれた拍子に皆を助けたはいいが、散り散りに何処かの大陸へと送ってしまったのだとか。
ちなみに、レティシア達には何もしなかったというので私は怒って文句を言った。
――心配ありません。あなたたちはお互いに魔力が高く、うまくやると思ったのです。
とあっけらかんと答えた。
ふざけるなと私は思った。
精霊の女神レティシアはさらに、それに――と言いかけたが続きを濁してとにかく助かったのだからと私の進む先を促した。
精霊の女神レティシアは、石を集めろとしか言わない。
集めたらどうするのかもその時にとしか言わない。
導いてくれているような導いていないような微妙な女神だと思ったら、怒って出てきてしまいには泣いたので慰めた。女神の癖に時々手がかかるとレティシアは思っていた。
新緑の洞窟までの道のりはあと数キロだ。
エンブレミア王国と違い周りは美しい木々や草原などが生い茂り、あたりは見渡せばレティシア達が通ってきた細い半島の山岳地帯も見え、空気が澄んで綺麗だった。
数キロ先に湖があり、そこの近くに洞窟があるという。
「よしっ、じゃあ私が先頭~っ」
レティシアはそう言って少し遅れをとった二人のもとへと走っていったのだった。
つづく。
時間かかってすみません。
やっとupしましたぁ。
ちょっと本編から抜けたような話ですが…。ちょっと必要だったのでw
ではでは…。