【第四章】†ep.2 心強さ†
チェックしてないですが…毎度すみません。
実は私は、リュシファーに魔法を指南してくれるよう頼んだ朝、寝ずに一晩考えていた。
そのきっかけとなったのは、精霊の女神レティシアに言われていた言葉だった。
――もともと、水の妖精族は力なき者であり滅ぶ運命にあったこと。
もし、怖れを持っていなければ炎の魔法で一掃出来たということ。
しかし、そうでなくとも私が行ったから、魔物ともども封印するとノヴァは決意し、一人生き残ったという変化があったということ。
妖精族たちの犠牲となった惨劇をしかとレティシアに見せて、強くなり怖れを消す勇気を持って欲しかったということ。
私が怖れを持ち続けている限り、これからも高い魔力を秘めながら何も助けることは出来ないということをよく考えるようにと言った。
――私は、そんな酷なことをした精霊の女神レティシアを軽蔑していた。
でも、苛々として考えて泣いて…結局、今のままでは何も出来ないんだと知った。
幼い時にその力の強さを何も知らなかったと今は違い、今はちゃんとわかっている。
自分が何故高い魔力を秘めていたのか――。
だから私は決めたのだった――。強くなる、そしてもう逃げないと――。
そして今、レティシア達はサンザルス大陸へと向かっていた。
サンザルス大陸は、砂漠地帯――。
ここに、紅蓮の洞窟という洞窟があり、そこに“聖なる炎石”という石が眠っているという。
何個か精霊の女神レティシアに言われた場所を紙に書きとめたが、砂漠とか嫌な場所は早めに済まそうとミグが言ったから決まっただけであったが、サンザルス大陸は三日はかかる程南で、船での長旅をしなければならない。
そして、船旅一日目の夜のこと――。
する事もなくミグはベッドに横になり本を読んでいる。
レティシアはぼーっと窓の外を眺めていた。
「…暇だ。ちょっとリュシファーのところにいってくる」
「――ほーい…」
ミグの心のこもってない生返事を聞いて、レティシアは部屋を出た。
「――で、なんで俺のベッドに一緒に入って来るんだお前は…」
レティシアはリュシファーがベッドに横になりながら眼鏡をかけて本を読んでいるところに、ずかずかと上がりこんで直行したのだった。
しばし何も言わずにため息を吐いたリュシファーは本を閉じてそう言った。
レティシアは少し考えたが良い言い訳は浮かばずに、こう答えた。
「――わ…すれちゃった」
リュシファーが怪訝そうな顔でレティシアを見下ろした。
「ほ、ほぉ~…まぁ、城じゃないし別に構わないが…?」
そう言って苛々とした様子でリュシファーは突然、レティシアの両手首を掴み、頭の横辺りで布団に押し付けて動きが取れない様にした。
「え、え、あっあの…リュシ…ファー?」
レティシアは、困惑しつつも自然と焦りとともに頬が紅潮していくのを感じた。
「――…何も用もないのにこんな時間に男の部屋に来て、身の危険は覚悟の上で来た方がいいな…」
「…えっ、あ? み、身の危険…?」
「はぁ……仕方ないな。例えば――…」
「――な、何を馬鹿な事をっ…大体そういうのはっ、す、好きな人と…するんだろう?」
リュシファーが言ったのは、エンブレミア王国で見たちょっと大人な場面のあった映画のことだった。レティシアは慌てて腕の拘束を解こうとするが、全然動かず近づいて来るリュシファーが耳元で囁く言葉に目を見開かせた。
「――俺は、お前は可愛いヤツだと…思うが?」
リュシファーの言った言葉。
びくっとして愕然としているレティシアを見て、リュシファーはちょっと自分でも照れた様子でふっと微笑んで少し気まずそうな顔を作ると、ため息を吐いて表情を整えてから言った。
「…安心しろ。王女じゃなかったら知らないが、俺は一応立場はわきまえているつもりだ」
レティシアの腕からぱっと手を離してリュシファーは最後に言った。
「――今のは、ちょっとした教育的指導だ…。じゃ――」
リュシファーが起き上がって、部屋を出て行く。
どこへ行くのかわからなかったが、レティシアは腕が自由になったというのに頭の横で腕をそのまま横たわらせ、衝撃の先程のリュシファーの行動に唖然とし動けなかった。
そして、脳裏には“ある事”がレティシアの頭にぐるぐると回っていた――。
実は、リュシファーに魔法の指南を頼んだ日、怪我をしているので指南は明日からということになり町を散策することになった。
その際、レティシアはちょろちょろとしていて色々見ている隙に気がつけばリュシファーがいなくて探している時、町の片隅に占い師のお婆さんに呼び止められた。
占いなどしたことのなかったレティシアは、じゃあちょっとだけと占いをして貰った。
そして、その時占いで言われた言葉とは――。
“強い運命に導かれた者とその者は、結ばれるじゃろう。その者は、そなた自身を高め、様々なことを教えてくれる者。それからそなたは少々荒っぽい気質があるのぉ……。
しかし、相手はそれを上手くコントロールして見守ってくれる――…
そなたにとって必要な相手じゃな…。見ようとせねば見えぬ相手。
まぁ自然に時がやってくるじゃろう…”
『そなた自身を高め』『様々なことを教えてくれる』……
――教育…係………?
はっ…私、何考えてるのだ…?
ほんの冗談じゃないか…いつもの言い合い。からかっただけ…。
リュシファーはムカつくヤツでいつもからかって、そうやって子供扱いして。
偉そうにしてて、――なのに時々優しく見守ってくれて…、全部お見通しみたいに考え読まれてて……『上手くコントロールして、見守って』――…くれる?
――そうだ。
私、何度か思った事がある。
……………。
“可愛いと思うが”――?
“でも俺は立場をわきまえているつもりだ”――…
最後にリュシファーの言葉を思い出し、レティシアは飛び起きた。
バンッ…
リュシファーの部屋のドアが乱暴に閉められ、そこに人の気配は消え去った。
レティシアが向かうは、甲板だった――。薄暗く、僅かに灯ったランプで照らされた甲板の上に、ちらほらと人が風に当たっている。風は少し強く、海の上と夜の冷え切った空気が体を少し震わせる。空は灰色の雲に覆われ、星ひとつ見えない。
レティシアは軽くくしゃみをしてから、寒そうに腕を抱えながら知る姿を探す。
歩みを進めながらきょろきょろと周りを見ていたが、船の先端の方へ来てもどうやらリュシファーはいない様だった。
戻ろうかと思ったがレティシアは少し寒さに慣れたこともあり、しばし手すりごしに闇に揺れる水面を目を凝らして眺め、ただぼーっとしていた。
どのくらい時間がたっただろう――。
「――あの、失礼ですが…おひとりで旅ですか?」
後ろからポンっと肩を触れる感触とともに言われた言葉に、びくっとして振り返る。
「え……」
見知らぬ男。薄く透き通る様な薄紫色の髪の毛。透き通る様な肌。透き通る様な黄金色の瞳――。穏やかで優しいその声までもが透き通っていた。歳は兄エルトと同じくらいだろう。身なりは吟遊詩人の様だったが、何故かどこかで会ったことがあるような気がする――。
レティシアはそれでも知らないその男を警戒の色を見せつつ、じっと凝視していた。
「――あ、ひょっとして警戒されてますか? それと、そんなにじっと見つめられると吸い込まれそうになってしまいます…あなたの瞳は…綺麗ですね――」
レティシアに男は優しく微笑んで何故か自分の羽織っていたケープをかけてくれた。
「夜は冷えます――少し貸して差し上げます」
「あ…えと、あ……ありがとう」
「いえ、――で、おひとりなのですか?」
「あ、いや部屋に仲間がいる。少し風に当たりに来たっていうか…」
レティシアが言うと、綺麗な薄い紫の髪を揺らす男は穏やかに微笑んだ。
「そうですか、それなら良かった。どちらへ向かっているのですか? あ、申し遅れましたね。わたくしは旅の吟遊詩人で、名は――伏せておきましょう。あなたも名乗らなくていいですよ。お嬢さん、吟遊詩人さん。これで呼びましょう」
男の言葉に怪訝そうな表情をしながら、レティシアは名乗らなくていいなどといわれると思わなかったので、少し唖然ともしながら微笑んで頷いた。
「――私はこれからダムルニクス王国へと帰る途中なのです。明朝に船が着きますから、そこでお別れですからね。名も知らず――というのも、いいんじゃないでしょうか。ふふっ…」
少しおどけるように笑って見せたかと思うと、男は静かに歌を紡ぎ始めた。
“澄んだ緑石の妖精は消え
幼き頃の思いに胸をはせ
私は独り海と共に旅に出た
水辺に映る移ろう月は
静かに僕を照らし 同じ微笑を浮かべ
その月明かりを讃えん
今独り行く 旅路の果てに
何を得たのか わからぬまま
彷徨う星は 海へと還る
今も君を想う僕の思いを 月は消してくれるか
深い海に 沈んで消してくれるか”
とても澄んだ声だった――。
周りにいた中年の男性や、若い女性など散らばっていた筈の人たちも少しこちらに集まってきていて聴き惚れていた様だった。
「すごいっ、兄ちゃん歌上手いなぁ~他にも何か歌ってくれよ」
「素敵でしたぁ。私も次何かお願いします~」
と、口々に拍手と共に吟遊詩人に歌を依頼する声が聞こえて来る。
レティシアも勿論その歌声に聞き惚れていた。
「お、お前凄いなぁ。すごく綺麗な声だった。私も何か他にも聴きたい」
そうして、何曲か披露した後吟遊詩人は依頼を締め切り、吟遊詩人が断るも聞かずに無理やり感謝の気持ちにお金を手渡していた。
「ああぁ、べ、別にいいんですよ。お金など、船の上で少し歌っただけなのですから」
と慌てている吟遊詩人がレティシアは面白かった。
「では、そろそろ休むとしましょうか。楽しかったです。また、是非どこかでお会いできたら――」
吟遊詩人にレティシアは借りたケープを返し、去っていく吟遊詩人に挨拶をした。
この甲板でついさっきまで聴こえていた歌の余韻に少し浸ってから、部屋に戻り、ベッドで眠りについているミグの隣に潜り込んだ。
こう寝る前に思っていた。
――素敵な夜だったなぁ……不思議な人だったけど。ふふっ…。
リュシファーのことは勘違いだ――うん。あいつもからかっただけだ。
と―――。
「あーあ、――で、結局お前は俺に手間をかけさせるわけだ…」
レティシアは次の日、リュシファーのベッドで寝込んでいた。
夜に甲板に長いこといたせいかレティシアは熱を出し、朝早く起きた時にミグが気付いた時には高熱が出ており、慌ててリュシファーのところに報告に行って、レティシアはリュシファーの部屋へと隔離されていたのだった。
「えへへ…まぁいいじゃないか」
「――…ま、まぁいいじゃないかだと……??」
リュシファーがふるふると震えながら怒りを爆発するのを抑えつつ、ピンと魔法で洗面器に氷を入れ、元々入っていた水にタオルを入れてかき回しているのを、レティシアは苦笑しながら見ていた。
ため息を吐いたリュシファーは強めにタオルを絞ってレティシアの額に乗せた。
寝起きのままリュシファーは髪も整っていなくて、疲れた表情を浮かべている。
「――とにかく、今日は大人しく寝てるんだぞ…?」
そう言ったリュシファーの目は怖かった。確実に怒っている目をして見下ろしていた。
「は、……はいー…」
「――よろしい」
リュシファーとレティシアはそうして部屋でほとんど二人過ごすこととなった。
レティシアが熱でボーっとする中、リュシファーは時折タオルを替え、それ以外は読書に更ける。途中抜けてちゃんと風呂にも入りにいったりもしていたが、その間はルクチェが来てくれていた。
外は雨が降っていて、波も荒い様だ。レティシアが少し眠った時も、寝ているベッドで大きな揺れに時々目を覚ます。
「リュシファー…」
レティシアは目を覚まし、声をかけた。
「ん? 目ぇ覚めちゃったのか?」
「…うん。…船…今日は随分揺れるなぁ……」
「そうだな…この天気じゃ仕方あるまい…嵐にならなきゃいいんだが――」
と、そう言った時だった。
何かの大きな衝突音の様な重い音と物凄い揺れとともに船が激しく揺れうごめき、重力の方向が変わる様にベッドごとレティシアはドアの方向へと凄い勢いでずれて行く。
「わぁっ!」
レティシアは悲鳴をあげながらドア側の壁にぶつかった。
そして今度は窓側にと重力が変わった様でレティシアはまた悲鳴をあげながらベッドの上で慌てふためいていると、ドアがバンと開いたと同時に、一気に水が溢れて来て部屋中に水位を上げていき、一瞬で首辺りまで浸水した室内でレティシアはあたふたしながら息を吸った。
…嵐!? まさか船が…、沈没する……!?
フリシールを咄嗟に使って、前を進むが水の中では勢いもつかない。リュシファーを探すが水の中では何も見えない。
ひとまず甲板の方へと急いで向かうが息も限界に近い。薄れそうな意識の中、レティシアは急ぐ――。 なんとか甲板への階段を上がったが、そこは既に海の中で渦を巻くような何かの水流にレティシアは飲み込まれ、あがいたがその流れに抗えずレティシアは意識が遠くなる。
――だめ…もう苦しい……っ
薄目で最後に見たのは、激しい竜巻のように全てを飲み込む勢いを増した水流だった――。
―――……
―――…
――…
うっすらと気がついた時には、レティシアは寝ていた。
…天井が、違う――…!
ばっと起き上がったそこは、船の部屋じゃなかった。
コテージの中…?
そして、自分の目の前にずれ落ちてくる白いタオル。意識が朦朧としながらもレティシアは苦しい呼吸を整えながら、辺りを見回す。
「はっくしゅっ」
寒い…っ。寒気がする…。
レティシアは一度くしゃみをしてから、ベッドの布団の中の毛布を引っ張り出すと、羽織った。腕の力が余り入らない。歩こうとして、レティシアは視界が渦を描く様にぼやけて、ぐらっとして倒れた。
痛っ…ぁ――…
気持ちが悪い。なんか、吐きそう…。そう思った時だった。
「レティ…!! 駄目だ! 今起きては――さっき薬を飲ませたばかりだっ」
怒鳴りつける声にびくっとして見上げた途端、レティシアは抱きかかえられ、ベッドへと寝かされた。
「リュ――…シファ……?」
視界がぼやけてはいるが、名前を呼んだ。
「あぁ、そうだリュシファーだ。喋らなくていいから、じっとおとなしくしてろ。大丈夫か…?」
リュシファーは心配そうな顔をレティシアに向けて、レティシアの頭を撫でた。
「き…持ち悪い――し、寒い…。それより、みん…なは…?」
一瞬リュシファーの動きがぴたっと止まった気がした。
「――そりゃ気持ち悪い筈だ。熱がかなり高い。…なんとかお前は助けたが、あの海の嵐で船は沈没して皆は途中まで一緒だったがはぐれた。でもきっと、どこかで再会出来る筈だ。今は俺とお前の二人だけだ。熱が収まったら探すとしよう…」
リュシファーは言った。
「…そ…か……」
そうして、しばらくしてレティシアは目を閉じた――。
少し眠っていて目を覚ました時には、リュシファーが隣で眠っていた――。
顔が目の前にあるから驚いたが、まだ熱があるのかぼーっとしていて、リュシファーも疲れたんだなと思って、リュシファーにバレないようそっとふらふらする体を起き上がらせてベッドを降りようとした時に、レティシアはぱしっと手を掴まれた。びくっとして振り返ると、リュシファーが薄目を片目だけ開けてこちらを見上げていた。
「こらこら、どこへ行く?」
「あ…起こし…ちゃったか、悪い…トイレだ」
ふらつくレティシアをトイレまで誘導してくれたリュシファーは、トイレから出たレティシアを抱きかかえてベッドに寝かせた。
ひと息ついてリュシファーもベッドに横になったままタオルを洗面器に入れて冷やす。
「具合はどうだ…? 寒い寒いと寝言で言うので、一緒に布団に入っていたが…つい眠っていたみたいだ」
「さっきより少しいい気がする…さっきはなんか気持ち悪かったし…」
「そうか……なんとか落ち着いて来たようだな」
「――それより、そういえばここは?」
「…それが、ルーセスト大陸の南西の端っこみたいだ。かなり細い半島が長く続いてるところの端の端ってとこで、近くの国や町に行くにも結構距離があるな…。皆流されて皆散り散りになったかもしれないな……」
「!」
レティシアは驚いてリュシファーに耳を疑って聞き返す。
「――そう、新緑の宝石とも呼ばれるダムルニクス王国が近い。お前が嫁ぐ筈だった国――というわけだなぁ…一応、侘びでも入れといたらどうだ。ははは…」
リュシファーはそう言って笑ったが、レティシアは笑えなかった。
でもこうも思った。精霊レティシアの示したひとつにダムルにクス王国近くがあったのだ。王国近隣にある新緑の洞窟の中にある“大地の眠り石”。これを先に入手すれば…。
「詫びるのは勘弁してほしいが、どちらにしても新緑の洞窟には行かなければ…」
「――…そうだな。まぁひとまずは熱を治せ……それからだ……」
「うん…あ~あ、ダムルニクス王国…やだなぁ~…見つかったらどうしよう」
そう言ってレティシアはリュシファーが呆れた様に「…いいからもう寝ろ」と怒るまで、嫌だ嫌だと愚痴を言っていた。
エルトによると、ダムルニクス王国はとても美しい国だと以前に聞いた。
吟遊詩人の国でもあり、王族達も皆澄んだ声を持つと――。
そう言えば名前の知らないあの歌声が綺麗な吟遊詩人も、ダムルニクス王国に向かうと言っていた。吟遊詩人の国だっていうし、ああいう人がたくさんいるんだなぁと思った。
――突然の嵐で散り散りに何処かへはぐれてしまった災難に見舞われた他の皆がどうしているか心配だったけど、『きっとどこかで会える』というリュシファーの言葉が、何故か本当にそんな気がして心強かったから心細くはない。
だって、私は――ひとりじゃない。
リュシファーが一緒だ…。
私は私の出来ることをしよう――とそう思って、
レティシアは眠りについていったのであった――。
つづく。