【第三章】†ep.1 ルクチェ†
そうして、その後なんとか夜中にサユラナの街に到着した二人は、やっと宿屋にて疲れた身体を休めるため、二人して部屋のベッドになだれ込んでいた。
「はぁ~…ねぇー、ミ――じゃない、エルフィン」
先に声をかけたのはレティシアだったが、ミグと言いかけて別の名前を呼んだ様子だ。
「ん…?」
ミグはもう眠くて死にそうな表情を、その顔に浮かべながら返事をした。
「部屋…狭いね」
そう言ったレティシアに、呆れた様に笑うとミグは言った。
「ったり前だ……普通はこんなもんなんだよ。レ――じゃない、ティアラ」
どうやら偽名でお互いを呼ぶ事にした様子の二人だが、ついいつもの調子で名前を呼びそうになってしまう様子であった。
無論、偽装のためだ――。
レティシアの偽名は、――ティアラ。
髪の毛は、紫水晶の様な紫色――。瞳は淡いピンク色。
少し驚くのは、髪の毛の長さである。レティシアは、盟約の話を聞き何かを決意したように剣を取り出したかと思うと、ミグが止めるのも聞かずに思い切って剣でバサッと切り落としてしまったのだった。それに唖然として見ていたミグは、実は、髪の毛を自分で好きな様に切るのが得意で、いつも自分でやっていた。したがって、いつもレティシアの髪の毛も切ってあげており、自分が作り上げたカットラインが、崩されて台無しになって許せなかったのもあるのかもしれないが、剣で切り落として短くなったレティシアの髪の毛を、無造作に整える様に切り整えてあげたのだった。
ミグの偽名は、――エルフィン。
レティシアと正反対で髪の毛は、淡いピンク色。瞳は紫水晶の様な紫色――。
レティシアの髪形は、前のミグの様に肩につくかつかない位でデザイン的にカットされ、真っ直ぐだが、ミグはゆるく巻いてあるので、より女の子らしくカモフラージュされている。
二人はどこから見ても双子である事はよくわかるが、女の子二人であれば簡単に追っ手に見つからないだろうとそう考えた。
「――ティアラ。お前さ、風呂ひとりで入れる?」
「えー? なんで? 入れるよ」
「…ふぅん。じゃ、先どうぞ」
「うん。行って来る」
そう言って走り去っていくレティシアを、ミグはベッドにうつ伏せたままで手を振って見送った。しかし、その後数分後、レティシアがミグを呼ぶ声がする。
「……はぁ、やっぱりな」
そうである。レティシアは侍女にいつも洗って貰ったりしていたため、洗い方など何も知らず、洗ったことなどなかったのであった。そんなレティシアがミグを呼ぶのは想定内だったのだろう。ミグはそうため息を吐きながら面倒くさそうに、バスルームへと向かっていった。
――――…
一緒に風呂に入って面倒を見てくれたミグは、レティシアにシャンプーなどの役割などを説明して洗い方も教えてくれたが、結局、目に入ったりして上手く洗えないレティシアの頭を、仕方がなさそうに洗ってくれた。バスルームを上がるなりバスタオルを渡してミグは言った。
「これで拭くくらいは出来るだろ?」
「?」
「す…少しは侍女達の様子見て覚えろよ……ったく、はい。これでよし…」
「はーい」
先程からレティシアは少し楽しくなっていた。
狭い風呂場――。侍女達がいなくて少しミグに教えて貰いながらも、大体はやってもらったが、本当は自分で洗髪をしたりしなければならないというその行動――。それらが、なんだか城を出たことを実感して、嬉しい気分だったのである。
「で、ここからどうするかだなぁ…」
「ん? 何が?」
「何がって…お前、逃げ続けるためにどう動くかだよ。追っ手と時間の差は多分、2時間半ってとこだ。俺らは17時半くらいに出たが、多分19時半の夕食時にいなくてマリアたちが城を探して、早くても20時には騒ぎになっているだろうから…多分ルーセスト大陸の西とか北とか北西とか南西とかさ…兵士が分配されて探しに動くと思うんだ」
「ふむふむ…」
意外とミグがしっかりと冷静に状況と対策を考えていることに、感心しながらレティシアは聞いていた。ちなみにマリアがのんびりしていたので、結局騒ぎになったのは20時半で、実際は、3時間追っ手より先に行動しているのだが、二人は知らないことであった。
「――で、多分、逃げるためにどこを目指すかって考えた時に、探す側もこのサユラナの街を重点的に探そうとすると思うんだ」
「え…何で?」
レティシアのその言葉に、ミグは頭を横に振りながらため息を吐いた。
ミグが言うには、逃げるなら出来るだけ遠くへ逃げたいという発想になる。
サユラナの街には船が出ている。だから、自分達がここサユラナで船に乗ろうとする事は、簡単に予測出来ると思う――ということだった。
「ミグ、頭いいっっ――あ…じゃない、エルフィン。でも、じゃあ何でサユラナに来たの?」
その言葉に、ミグは得意げな顔をして言った。
「他の街へ逃げても、多分捕まるのは時間の問題だからだよ。遠くに逃げられる可能性が少
しでもあるなら、少しでも挑む――婆ちゃんだって言ってただろぉ?」
「オルフェシアお婆様~?」
「……婆ちゃんさ、『…色々なことがこれからあっても、少しでも可能性があるなら少しでも挑むのよ…そうすれば何かが変わるわ…』って言った後に、それは俺らが産まれる前に死んだ、あなた達のお爺様がよく言っていた言葉なのよって言ってたっけなぁ…オーグロンドお爺様。肖像画しか見た事ないけど、どんな人だったのかなぁ~」
ミグがそう言ってベッドに横になったので、レティシアも隣へ潜り込む。
二人はお互いに背中合わせにそっぽを向くように並んだまま、しばらく黙っていた。
「…ミグ…ううん、エルフィン………ありがと……。――逃亡に付き合ってくれて」
そうレティシアが口にすると、ミグが少しふっと微笑んだように息を吐いたのが聞こえて、その後に静かにこう聞こえて来た。
「いや――俺が勝手に連れて来ただけだ…気にするな」
「…………」
ミグのその返事を最後に、二人は眠りに堕ちていった。
―――…
明朝――。
午前5時――。
ミグに魔法をかけられて少し仮眠もとっていたレティシアは、少し早く目が覚めた。
窓の外を見ると、すっかり雨も止んではおり、雲行きは快晴とまではいかないが、どうやら天候の悪さが過ぎ去った様子に安堵していた。
船の出港は、確か7時が一番早いとミグが事前に調べていたため、そろそろミグを起こそうとミグに声をかけた。
どうせ、船の中で寝ればいいのである。
そう思ったミグは何とか目を擦って起き上がった。
サユラナの街は観光が盛んなだけではなく、漁業も盛んで朝早くから漁をして、採れた新鮮な魚を朝早くから振舞う店も多い。そう、街の人に聞いていた二人は出港の時間までに、朝ごはんを食べるため、準備をして宿を出る事にした。
「そういえばお前さ、…ぁ、いやティアラさ、昨日思ったけど実戦経験は少ないのに、前より剣の腕上がったなぁと思って」
「えっ、そ…そぉ? き、気のせいじゃないか?」
「ふーん。まぁいいけど、思ったより当てに出来そうだと思っただけだ。まぁ、でも至近距離に近づくわけだから怪我だけはしないように、お兄ちゃんは心配なのだよ、ティアラちゃん」
「…なんだそれ。ちなみに今は、お姉ちゃん――だろ?」
「…………」
魚のムニエルとパンと魚貝のスープ、サラダなどの朝食セットを二人で食べながら、仲良
く会話する美少女二人。その店にいた誰もが、その双子に目を奪われていた。
そこに良からぬ思惑で二人に声をかけようと、四人連れの男達の中の一人が席を立ったのを見ていた一人の女性が、その男性より先に、素早くレティシア達の前にしゃがみ込んだ――。
突然、自分達のテーブルに手をかけてしゃがみ込んで、同じ顔の二人を交互に見ているその女性に、レティシア達は声も出せずに困惑の表情で見つめていた。
「ねぇ、お嬢さん達。これから船に乗るのかなぁ?」
レティシア達は二人揃って一度、顔を見合わせた。
歳はレティシア達よりも年上の25~27歳くらいの女性で、レティシア達の返事を待つように、その視線を漆黒の様に黒い瞳で向けている。同じ様に黒の髪を三つ編みを所々に混ぜ、片側だけに高くまとめて結び、服装は少し独特で踊り子の様な服を着ているが、そのスカートの下には、裾の膨らんだズボンの様な物を穿いている。気が強そうでもあるが、優しく面倒見が良さそうな女性だった。
にっこりと微笑んで言われた言葉に二人は、女性の方を向き黙って頷いた。
「そう。私もそうなんだけど…一人で船旅は長いし…、良かったら混ぜてくれないかなぁと思って」
今度はミグとレティシアは、少しも悩まずに口を揃えて言った。
「いいですよ」
先程頷いた時に、二人より三人の方がバレにくいし、確かに二人より三人の方が長い船旅は楽しいと思ったことを、なんとなくお互いに目で伝え合っていたのだった。
――これは、双子の成せる技なのかもしれない。
「わぁ…ありがとぉっ。それにね、お嬢ちゃん達ちょっと目立つのよ。周りの男達が皆見ているのには、全然気がついていないみたいだけど、まだ若いみたいだし? 二人じゃ危険かなぁと思ってねぇ、ふふっ」
と、そう言いながら女性が周りを見渡した先を一緒に二人も辿ると、店の客達がぱっと目を逸らすのが、明からさまに解かった。
そしてミグも女の子として見られている事に、レティシアは密かににやにやと笑みを溢す。
レティシアのその意地悪い笑みに気付き、何とでも言ってくれと言わんばかりに呆れた様な表情をしてから、作り笑顔にその表情を作り変えるとミグは、その女性に口を開く。
「あ…ははは……。えと…」
「?」
「…あの、お名前は――?」
「あぁ、名前ね。私は――ルクチェ。あなたたちは――?」
「私達は――――」
―――――…
――――…
そうして、ルクチェという優しいそうな女性と出会い、船に乗り込んだレティシア達三人は、ルクチェと部屋を隣にした。
部屋に入ってすぐに船の甲板に上がってみたいというミグと一緒に、ルクチェも誘って三人で甲板に来ていた。
港を出て少ししかたっていないというのに、もう大分遠くに見えるルーセスト大陸のサユラナの街並が、レティシアの目には少し霞んで見えるような気がする。
行く当てもないレティシア達は、ルクチェが向かうという大陸行きのチケットと、同じチケットを買った。そうして、とりあえずの行き先が決まって向かう大陸は、イオネ大陸――。
イオネ大陸はルーセスト大陸の少し北に位置していて、少し小さい大陸でもある。
ルクチェが、船は途中で燃料補給などをそれぞれの大陸の港で行い、途中で乗客を乗り降りさせながら何大陸かを各船が回っていて、イオネ大陸に着くまでにも一箇所中継地点を通り、大体1日ほどで着くと言っていた。
ルクチェはそのイオネ大陸のはるか北の町から来たそうで、町長の娘なんだとか。
町長より少し使いを頼まれて、戻る途中なんだと言っていた。
「ところで、ティアラ達は当てもなしにどうして旅に出たの?」
ルクチェに一番聞かれたくない質問をされ、レティシアは困った様な表情を浮かべて慌てていると、ルクチェが何かを察したように甲板の手すりに手をかけると微笑んだ。
「ひょっとして、家出とか――?」
ぎくぅっっ…
レティシアは、思わずしどろもどろに訂正しようかと思ったが何も浮かばずに、ため息を吐いた。
「あはは…当たりでしょう? で? どうして?」
「い…いや……それは、その――」
と困っていると船の甲板を見回っていたミグが戻って来て横にいた様で、話に割って入って来た。
「――ルクチェさんっ」
「――あら、エルフィン。どうしたの? もう色々見て来たのかしら?」
「あ、うん。あの、そういえばルクチェさんって、町長の娘さんひとりで使いを頼まれて、かなり北なのに危険じゃないの? 魔物だっているでしょ?」
かなり自然にミグは、レティシアの危機を回避した様だった。
ルクチェは振り返って微笑んだ。
「あぁ、そりゃ私たちの町は代々精霊が宿る町と言われていて、精霊使いの町なのよ。こう見えても、ちょっとやそっとじゃやられたりしないわ。町長である私の父は、精霊のお告げも聞く程の力を持っていて、それを私も受け継いでいるからね――」
レティシアは顔をしかめながら黙って聞いていたが、ミグは驚愕した様に口を開いた。
「――えっ! 精霊使い…って精霊召喚士でしょ?そこって…ミールティアの町…とか?」
ミグは、何故か精霊使いのいる町がどこか知っていた。
「あらー良く知ってるわね。そう、精霊召喚士…のいるミールティアの町。そして――、私はミールティアの神殿の巫女なのよ。まだまだだけどね」
そう言ったルクチェとミグの話で聞き覚えがある町の名前について、考えていたレティシアは、ふと思いついて口を開いた。
「あっ。そうか、ミールティアって…あれ? 名前に入っ―――んぐぐっ」
そうレティシアが言っている途中で、ミグは慌ててレティシアの口を押さえ、少しルクチェからざっと離れると、聞こえないように小声だが怒鳴りつけるように言った。
「お、お前馬鹿かっ…? そんな事言ったら素性がバレるだろうがっ……俺達の名前に入ってるそれは、生まれた時に洗礼に来た者が、どこの神殿から来たのかって事で名をつけてるんだよっ。それも、一般人には神殿名を名前につける習慣はない。もう一つ言っておくと、ミールティアは王族に頼まれた時しか、洗礼に訪れることはない。ってことは、簡単に俺らがどういう素性かわかっちゃうんだぞっ、簡単に言ってどうするっ…!」
レティシアの名前は――レティシア=ミールティア オーグロンド・リーディア・マールシェスタ オブ エンブレミアである。エンブレミア王国では、名前の次から順に、洗礼を受けた神殿名・祖父の名前・母の名前・国と城名――とこの様に名を付ける習慣になっており、しかしこれはいつも使用するわけじゃなく、正式な儀の時にしか呼ぶ事はないので、レティシアはすっかり忘れていたのであった。
ちなみに、結婚をするとそれにさらに相手が王族ならば、相手が洗礼を受けた神殿名。貴族ならば、家名などが付くのでより一層長くなり、混乱しそうである。
「…………ぁ、そ…そぉか……そぉだったっけ。あんまり使わないから忘れてた」
「もー…しっかりしろよ。俺達は逃亡者なんだぞぉ?」
とルクチェに背を向けて話していたミグの後ろで、ルクチェの声がする。
「………なるほどね。そういうことか…ふぅーん」
「!?」
「!」
ばっと振り返ったミグのすぐ後ろには、ルクチェが腕組みしながらうんうんと頷いている事を、レティシアはミグより先に目で追い、既に知っていた。とっくのとうに、現実逃避していた。
「ル…ルクチェ……さん。い、いつの間に……」
そうミグが口を開いた時には、ルクチェはにっこりと微笑みながらもしっかりと二人の腕を掴んで、部屋へと連れられ始めていた。その間、二人は『お前が変な事言うからこうなったんだぞ』『違うっお前がっ』と小声でこっそりと言い合い、ルクチェの部屋に連れて来られてベッドに二人座らされた時には、既にお互いに不機嫌そうにそっぽを向いていた。
ルクチェがその様子に、ハァ…とため息を吐きながら言った。
「――ここなら誰かに聞かれる心配はないわ。さ、どういうことなのか…説明してくれる?」
ルクチェはそう言いながらも、穏やかな微笑を二人に向けている。
そっぽを向いたまま答えない二人に、ルクチェは言った。
「別に怒ってるわけじゃないのよ? ただ、ちょっと教えて欲しいだけ。さっき言ってた様に、ミールティアは王族の元にしか洗礼の依頼を受けても伺うことはないわ。実際に洗礼に来た者にしか基本的に洗礼しないわけ。名前にミールティアを名乗っているならば、何カ国かあるけど…その内のどれかの王族ってことになるわね…。でも、その中にティアラ王女とエルフィン王女…いや、女の子だと思ってたけど王子はいない。よって偽名である。まぁ、身分を隠さなければいけないだろうから、仕方ないけどまぁ、そういうことよね?」
―――な、なんという頭の整理された的確な憶測…………。
リュシファーほどは怖くなく穏やかに微笑んでいるというのに、目の奥にある光は見通す様に揺らめいていて、でも何か暖かい様な優しい光を携えているし…ルクチェ、…侮れない。
……ここは、ミグに任せよう。…どうするんだ――ミグ……。
レティシアはちらっと横目でミグを見ると、ミグはぎこちなく微笑みを浮かべて考えている様子で、その瞳は同じ様にレティシアの方にちらっと向けられては、何も策がない様に首を横に振った。
レティシアは、ミグにも手がないのなら…、もうどうしようもないことを悟っていた――。
ミールティアの神殿の巫女――ルクチェ。
――実に侮れない者の様である――。
―――――……
――――…
つづく。
ルクチェという女性との出逢いの回です。
しかも、大変なことになりました。
二人はわりとろくなことしませんが…そこはまぁ見ていて微笑ましい様な感じで今のところ書いてます。今回は二つ続けて書きました。